複業時代のキャリア開発と組織のあり方(前編)管理せず、信頼する。社員の人生と企業成長を同期させるロート製薬のカルチャー

多様な働き方が社会に浸透してきているなか、企業は社員の成長と組織の発展をどう両立させるか問われている。この新しい社会の流れと合致する独自の組織論を、時代に先駆けて実践してきたのがロート製薬株式会社だ。

同社は、社内起業家支援プロジェクト「明日ニハ」や、週3~4日勤務を可能にする「ビヨンド勤務」など、次々と先進的な人事施策を展開している。既に2016年には「社外チャレンジワーク(複業)」や「社内ダブルジョブ(兼務)」を制定。こうした制度は会社側が組織を変えるために導入したものではない。結果として組織変革につながっているが、出発点は常に社員個人の意思であったという。これは創業以来、脈々と受け継がれてきた「人を信じて任せる」風土があったからこそ実現した施策と言える。

今回、多くの企業の組織変革を支援してきたHRインスティテュートの国友秀基氏が、ロート製薬 人事総務部副部長の山本明子氏に、同社の「人を信じる経営」の真髄と、複業時代における多様なキャリア開発のあり方について迫った。その内容を、前編・後編の2回にわたってお届けする。(以下敬称略)

目次

「人事の立ち入り禁止プロジェクト」が導き出した複業解禁

国友 ロート製薬さんは、2016年に業界に先駆けて「社外チャレンジワーク(複業)」や「社内ダブルジョブ(兼務)」を制定しました。今でこそ複業は多様な働き方として受け入れられつつありますが、当時はまだ「優秀な人材は会社に引き留める」ことが常識でした。その常識を覆す、革新的な動きに驚かされたことを記憶しています。なぜ、先進的な制度を導入できたのでしょうか。

山本 実はこの2つは人事が主導して作ったのではありません。きっかけは、社内の有志で構成する「人事制度改革プロジェクト」からの提言でした。特徴的なのは、このプロジェクトに「人事は入ってはいけない」ルールがあったことです。

国友 「人事制度改革」と銘打っているにもかかわらず、人事が介入しないのは大胆なアプローチですね。

山本 人事が加わると、どうしても「現行の制度では難しい」「評価はどうする」と、既存の枠組みで物事を考え、発想を狭めてしまいます。このため、あえて専門家の人事を排除し、自由な発想を求めました。当初は評価制度への不満など、既存制度の改善に関する議論も少なからずあったようです。しかし、プロジェクトが進むにつれ、徐々に議論の潮目が変わっていきました。

やがて「そもそも自分たちはどういう働き方、生き方をしたいのか」という本質的な問いに行き着きました。キーワードは「倍速」でした。成長のスピードを倍速にするには、一つの場所にとどまっていては難しい。ならば二足のわらじを履く、今でいう「二刀流」を目指そうと、社外チャレンジワークと社内ダブルジョブが生まれました。

国友 よくあるのが「流行りだから」と形から入ることです。制度を形骸化させ、いつしか制度そのものが忘れさられてしまいます。しかし、御社のアプローチは真逆です。社員の「こうありたい(Will)」という渇望が先にあり、それが後から制度として結実しています。

山本 そうなんです。制度は社員たちの声が起点となり、ボトムアップで作られました。人事は社員の思いを受け取り、細かい運用ルールを整えて制度として着地させたに過ぎません。

「審査なし」「手挙げ制」――20年かけて培った「自分で考える」基盤

国友 現場の願いから生まれた制度とはいえ、実際に運用するとなると、社内からの反発や懸念はなかったのでしょうか。例えば、社内ダブルジョブは、他部署に自部署のメンバーのリソースを割くことになります。抵抗感を持たれても不思議ではありません。

山本 確かに導入当初は、現場を預かる部門長たちの間には「うちのメンバーから手を挙げている人はいるのか?」と不安に思っている人がいたのは事実です。心中穏やかとはいかなかったでしょう。しかし、山田(代表取締役会長)から改革の推進に対して、ポジティブなメッセージが繰り返し示され、社内の空気も少しずつ変わっていきました。「手を挙げてもいいんだ。むしろ求められている」という雰囲気が醸成されたのです。実際に蓋を開けてみると、なんと100人もの手が挙がりました。これほど多くの社員が挑戦の意欲を秘めていたことは、会社としても大きな発見でした。ただ、いきなり全員の希望を叶えるのは運用上の難しさもあったため、30人からのスタートとなりました。

国友 30人を選抜するにあたって、何らかの選考基準や審査は設けたのでしょうか。通常であれば、客観的な基準でフィルタリングしたくなるところです。

山本 明確な線引きや細かい審査基準は設けませんでした。重視したのは、社員の「思い」です。細かく審査してふるいにかけるというよりは、手を挙げた社員の情熱を「信頼」する。集まった100人分すべての申請書に経営幹部が目を通し、そこに書かれた本人の意思の明確さと覚悟で決定されました。

国友 それにしても、100人もの手が挙がったことが驚きです。御社からは社員の前向きさや自律心が伝わってきます。以前から活発だったのでしょうか。その土壌はどこで培われたのでしょうか。

山本 自分のキャリアを自分で考える土台となったのは、年に一度自身の希望を申告する「マイビジョンシート」です。2000年ごろから運用を開始しました。当初は単なる異動希望調査に近いものでしたが、次第に「5年後の自分はどうありたいか」「そのために直近の1年で何をするのか」を問いかけるものに変容していきました。

また、挙手制の「昇格チャレンジ制度(ランクアップチャレンジ)」を設定し、「昇格」におけるプロセスが本人の意思から始まる仕組みなどの積み重ねがあってこそ機能しています。

当社では自らの意思で手を挙げなければ、審査の土俵にすら乗れません。こうした20年以上にわたる取り組みが功を奏し、自分のキャリアは自分で考え、自分で設計するものだとの認識が根付いてきました。そうした基盤があったからこそ、複業解禁の際にもスムーズに多くの手が挙がったのだと思います。

「社員は会社の所有物ではない」――管理を手放す勇気

国友 20年という時間の重み、継続することの重要性を改めて感じます。

山本 過度な管理をしないスタンスの根底には、経営トップが常々口にしている「社員は会社の所有物ではない」という哲学があります。英語の「Belong to」の概念は明確に否定されており、社員一人ひとりの個性や自律性を尊重し、会社のために働く労働力としてではなく、成長をともに歩むパートナーであると考えています。

国友 その感覚は非常に共感できます。当社では意図的に「従業員」という言葉を使わないようにしています。従業員は「従」うことを生「業」とする、と書きます。そこに「会社が上、従業員は下」というニュアンスを感じてしまうのです。当社のミッションは「主体性を挽き出す」です。そのミッションを掲げる私たちが使う言葉としてはふさわしい言葉ではないと感じるのです。「神は細部に宿る」と言いますが、その組織における言葉の使い方には、その組織の文化そのものが現れますね。

山本 本当にそう思います。当社も従業員という言葉は使わず、「社員」や「メンバー」と呼んでいます。 社員を縛らない姿勢は、言葉遣いだけに限らず、実際の制度運用にも表れています。例えば、テレワークの導入時も、最終的には細かい運用ルールを作らない方針に着地しました。当初はルールを作ろうとしていたのですが、途中で「ルールを決めてしまうと、それに従うだけの集団になってしまう」と気づいたからです。確かにルールがあったほうが楽ですし、社員もそれを望んだ側面はあります。

しかし、それでは思考停止に陥ってしまいます。「どう活用すれば成果が出るかは、各部門で考えてほしい」と委ねたところ、試行錯誤がありながらもそれぞれの部門で最適な働き方が自律的に生まれました。

国友 多くの企業はリスクヘッジのために厳重なルールを作り、監視することに膨大なエネルギーを費やしています。しかし、管理するためのルール作りやチェック機能にマネジメントコストをかけるくらいなら、そのエネルギーを社員の成長機会やチャレンジのために投資したほうが、よほど生産的です。御社の事例は、社員の自律や自主性を重んじる姿勢が、結果として組織を強くし、イノベーションの土壌を作ることを証明しています。これからの組織の、一つの理想的な姿だと言えるのではないでしょうか。

山本 私たちにとっては当たり前のことでしたが、長年培ってきたこの風土こそが、制度を支えているのだと改めて感じています。

週3日勤務もOK。「ビヨンド勤務」に見るボトムアップの真髄

国友 「個を尊重する文化」の延長線上で、週3~4日勤務を選択できるビヨンド勤務も本格的に動き出しています。これもまた先進的な取り組みですが、会社として社員にどのようなことを期待して導入されたのでしょうか?

山本 ビヨンド勤務も、会社側が「こういう働き方をしなさい」と主導した制度ではありません。「週3日勤務にして、空いた時間で大学院に行きたい」「複業をもっと本気でやりたいから時間が欲しい」という社員の要望が制度化されたものです。

一方、過去に一度複業を解禁した当時、人事から似たような提案をし、失敗した経験があります。育児短時間勤務のような「1日の時間を短くする」制度があるなら、「週の勤務日数を減らす」働き方もニーズがあるのではないかと考え、複業を実施している社員に「週3日勤務などの制度は必要か」と尋ねたことがあるのです。その時の答えは「いらない。必要になったら言う」というものでした。

国友 人事が良かれと思って提案しても、ニーズがなければ響かないことがわかります。

山本 あの時、人事が独りよがりに制度を作っていたら、きっと誰も使わず形だけが残っていたと思います。今回、「平日昼間も活用して挑戦したい複業がある」という個人の声が上がってきたタイミング、つまり社員のニーズがあった上で制度化したからこそ、活用されるのだと思います。既に発案者はもちろんのこと、他にも4人ほどからも制度を使いたいと申請が出ています。

国友 御社では常に「社員のニーズ」が先にあり、組織がそれに適応して形を変えています。ボトムアップ組織の真髄を見る思いがしました。

山本 制度ありきではなく、社員の自発的な意志を会社が制度化に向けて支援する。このスタンスが、ロート製薬らしさだと捉えています。

※後編では引き続き、ロート製薬の自律的なカルチャーを支える精神性、「個の確立」が組織にもたらす恩恵に迫ります。ぜひご一読ください。

後編はこちら
https://www.hrpro.co.jp/miraii/post-4236/

【対談者プロフィール】
■山本 明子氏
ロート製薬株式会社
人事総務部副部長 兼 サステナブル経営推進室副室長
1993年ロート製薬入社。営業、商品企画などを経て、人事総務部に勤務。ロート製薬は2016年「社外チャレンジワーク制度」として複業・兼業を解禁。同時に社内ダブルジョブ制度を開始し、社員の可能性を広げる場を提供。立ち上げ期の制度運営にも関わり、女性と若手キャリア支援などにも尽力してきた。2017年人事総務部副部長就任。現在は、サステナブル経営推進室副室長、健康グループ マネージャーを兼任し、活躍。

■国友 秀基氏
株式会社HRインスティテュート 
プリンシパルコンサルタント
明治大学商学部卒業後、クレジットカード会社における営業、人材開発、内部監査部門を経て2001年よりHRインスティテュートに参画。次世代リーダー育成、女性活躍推進支援、戦略構想、マーケティング思考、課題解決、ファシリテーション等のテーマにおけるプロセスコンサルティングやトレーニングでの実績多数。学生から経営層まで、幅広い対象者に対するコンサルティングやノウハウ・ドゥハウ・トレーニングでのファシリテーショ

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