複業時代のキャリア開発と組織のあり方(後編)「成長は義務」の真意とは?内なるダイバーシティがロート製薬にもたらした化学反応

前編では、ロート製薬の「社員は会社の所有物ではない」という強固な哲学と、いかにして現在の自律的な組織が作られたかに触れた。会社が社員を過度に管理せず、信じて任せることは、一人ひとりが自らの足で立ち、成果を出さなければならない厳しさと表裏一体だ。同社には「成長は義務」という言葉が存在する。これは自由な働き方を享受するための前提とも言える。

後編では、自律的なカルチャーを支える精神性、「個の確立」が組織にもたらす恩恵に迫る。社内起業家支援プロジェクト「明日ニハ」などが育む「内なるダイバーシティ」が、本業に化学反応を起こした事例も紹介しながら、これからの時代に求められる企業と個人の新しい関係性を紐解く。(以下敬称略)

目次

「成長は義務」――自由と責任の健全な緊張感

国友 お話を伺っていると、御社には「自由」や「ボトムアップ」の風土が徹底されていると感じます。ただ、「自由」には「責任」が伴います。他者から管理されないのであれば、自分で自分を律しなければなりません。そのあたり、御社独自の規律のようなものはあるのでしょうか。

山本 当社には、成長し続けることが当たり前であり、「成長は義務」という共通の価値観があります。初めて聞くと驚かれる言葉ですし、私自身も「少し強い言葉だな」と戸惑ったのは事実です。しかし、これは会社が強制的に何かをやらせるという意味ではありません。会社は社員を縛ろうとはしない、信じて任せる。一方で、自由を享受するからには、自律した個人として成長し続ける責任を有するというものです。会社は成長のための機会やフィールドを提供しますが、そこでどう学び、どうキャリアを築くかは、あくまで個人の責任です。

国友 示唆に富みます。当社が属するコンサルティング業界には、「昇進するか、さもなくば去れ」という「UP or OUT」という言葉があります。しかし、私どもでは「UP or UP(アップアップ)」と言い換え、「互いに共育しあいながら、溺れてしまわないようにアップアップ(成長)もがき続けよう!」ということを意味しています。御社の「成長は義務」は、この考え方に近いものを感じました。すると、誰もが成長し続けなければならないという意味では、そこには厳しさや緊張感もあるのではないでしょうか。

山本 おっしゃる通り、楽な環境ではないと思います。むしろ、社員も厳しいと捉えながらも、「自分のためになる」と前向きな意識を持っているので、この風土が成り立っています。 例えば、既にお話しした「昇格チャレンジ制度」の手挙げ制もそうです。自ら手を挙げなければ、土俵にすら乗れません。チャンスは誰にでも平等にあるけれど、それを掴みに行くかどうかは自分次第。言い訳のできない厳しさがあるからこそ、社員は自律的に考え、行動するようになるのだと思います。

「知の解放」がもたらす、予期せぬ化学反応

国友 御社の場合、社外複業にとどまらず、社内起業家支援プロジェクト「明日ニハ」のような取り組みまで行われています。社員の個のスキルが高まり、社外でも通用する力を身につけると、人材流出の懸念がいよいよ現実的なものとして生じるはずです。その点のリスクについてはどうお考えですか。

山本 意外に思われるかもしれませんが、独立して辞める人はほとんどいません。むしろ、ロート製薬という「リスクヘッジ」があるからこそ、外で思い切りチャレンジできているように感じています。組織で働くことの安心感と、組織を出ることの挑戦心。両方を満たせる環境にあることが、結果的に社員の定着につながっています。さらに副次的な効果としては、周囲の社員への刺激になり、組織の活性化につながっています。

国友 社員を囲い込まず、むしろ能力や知見を社会へと「開放」する。そうして解き放たれた「知」が、巡り巡って自社に還流される、ということでしょうか。具体的に、本業に好影響をもたらした事例はあるでしょうか。

山本 ある社員が明日ニハを活用して新たなビジネスチャンスを生み出したケースがあります。明日ニハを通じ偏食に悩む親子を支援するネットワーク事業を立ち上げ、社外で評判を呼びました。ドラッグストアなどの取引先からは「その事業をやっているロートさんと一緒に、地域の健康課題に取り組みたい」と相談を受けるようにもなっています。一社員の情熱から始まったプロジェクトが、今では本業の営業部門をも巻き込み、ビジネスチャンスに結びついています。

国友 本業とは異なる場所での経験が、結果として本業を強くしています。御社では一つの職種や領域だけに留まり続ける、固定されたキャリアの方は少ないのでしょうか。

山本 結果的にそうなっているケースもありますが、基本的には異動が前提となっているため、少数派かもしれません。一つの専門性を突き詰めるにしても、キャリアを少しずらすことも効果的だと考えています。 例えば、目薬の研究で培った「角膜への浸透技術」をスキンケアの領域にずらすことで、「肌への浸透技術」など新たな価値を生み出せます。自分のコアとなるスキルを異なる領域と掛け合わせることで、新しい価値が生まれると考えています。

国友 この道一筋と固執するよりも、軸足を少しずらしてキャリアの幅を広げるほうが、内なるダイバーシティが高まり、変化に強い人材になれます。結果として組織全体の活性化にもつながっていくでしょう。

山本 本当にそう思います。そうした多様な経験を持つ人材が増えることで、組織としての対応力や柔軟性も高まると考えています。

「会社を最大限に活かす」気概が、カルチャーの熱源になる

国友 成長は義務の価値観や、自ら手を挙げる文化。非常に特徴的で、合う人と合わない人が明確に分かれそうです。このカルチャーを維持するためには、入社後の教育もさることながら、入口の採用も重要になるのではないでしょうか。

山本 はい。採用はカルチャーフィットを重要視しています。たとえ成績が優秀であっても、当社の風土に合わなければ採用には至りません。学生に対しても、極端な話ですが「今のロートの商品や事業に興味がなくても良い」と伝えています。

国友 メーカーでありながら商品への興味を問わないのは、かなり思い切ったメッセージです。学生のどういったところを見ているのでしょうか。

山本 ビジョンを持っているか、ロート製薬という環境を成長や自己実現の場としてうまく使う(最大限に活かす)気概があるかどうかです。会社を手段として活用し、共に成長する。そうしたマインドを持った人材を求めています。実際、ある社員は「動物に関わる仕事がしたい」と強い思いを持って入社しました。当時、当社にはアニマルヘルス事業はありませんでしたが、現在は新設され、思いを叶えています。

国友 入口で自律の素養がある人材を見極めていることが伺えます。とはいえ、人間はどうしても楽なほうに流れがちです。入社時の高い熱量を維持し続けるために、工夫されていることはあるでしょうか。

山本 どれほど制度を整えても、言い続けなければ文化は廃れます。そのため、山田をはじめ経営陣が機会あるごとにメッセージを発信しています。また、幹部は新人研修にも顔を出し、新入社員一人ひとりの顔と名前を真っ先に覚えます。オフィスをフラフラと歩いては、新入社員であっても若手であっても、直接声をかけます。その上で「自分で考えること」「挑戦すること」を、繰り返し伝え続ける。こうした地道な行動の積み重ねが、カルチャーになるのだと思います。

国友 なるほど。組織開発の観点でも、カルチャーを作る第一歩は「明文化」です。感覚だけでは人によって解釈がぶれてしまうため、まずは言葉にして指し示す必要があります。しかし、ホームページに綺麗な言葉を並べるだけでは、単なる「絵に描いた餅」で終わります。 明文化したものを、トップやリーダーが背中で見せ、日々の現場の行動に落とし込んでいく。御社の場合は、トップが率先して愚直にやり続けているからこそ、言葉が上滑りせず、社員に浸透しているのではないでしょうか。

山本 そうだと思います。スマートな仕組みがあるわけではありません。本当に人対人の泥臭いコミュニケーションの文化が、組織風土を作りあげているのだと思います。

国友 お話を伺いながら、御社の組織風土は「あたきび(温かく、厳しい)」と言えるように感じられました。社員の挑戦を応援する温かさがある一方で、自己責任や成長を求める厳しさが共存しています。挑戦する者を全力で支援する温かさと、成果や成長に対するプロとしての厳しさ。この2つが両立しているからこそ、社員は思考停止することなく、自律的に動き続けられると推察できます。

山本 確かに守られるだけのぬるま湯とは明確に異なっていると思います。会社は挑戦のセーフティネットにはなりますが、ハンドルを握るのはあくまで社員自身です。

未来の展望~会社は「自己実現のための舞台」になる

国友 ここまで、現在のロート製薬さんのカルチャーや仕組みについて伺ってきました。これからは少し先の未来についてもお聞かせください。今後、企業と個人の関係性はどのように変化していくとお考えでしょうか。

山本 これからは企業と個人が対等な関係になっていくのではないでしょうか。つまり、会社は社員を選びはしますが、社員もまた会社を選びます。対等な関係の中で、会社が果たさなければならない義務は、社員に対して「成長できるフィールド」を提供し続けることです。

国友 一企業にとっての利益だけを考えれば、社員が外へ出ていくことはリソースの流出であり、損失かもしれません。しかし、視座を社会全体まで高めると、景色は変わります。例えば、ある社員が社外へ飛び出し、自社だけでは得られなかった経験や知見を獲得したとします。優秀な社員がいなくなるという視点では、自社の利益は削がれたかもしれませんが、その社員が一回りも二回りも大きく成長し、獲得した能力を社会の至る所で発揮して、これまで以上に価値を生み出せるようになるとしたらどうでしょうか。

結果として、社会全体の「利益」の総量は確実に増えていくはずです。社員の能力は会社だけのものではありません。「社員の才能は公器」であり、社会に活かされてこそ価値が増えるのだと思います。

山本 個人の可能性が広がることを許容し、応援できる風土を持った会社でありたい。そう考えています。当社も「会社のために働いてほしい」とは考えていません。ロート製薬は自分の人生の目的を果たすための環境であり手段です。自律した個人が、それぞれの志を持って舞台に集い、互いに刺激し合いながら新しい価値を生み出していくことが理想です。

国友 かつての日本は「就社」が当たり前でした。しかしこれからは、自分の人生の目的を果たすために、会社を手段として使う時代です。自律した個人が、それぞれの志を持って会社という舞台に集い、互いに刺激し合いながら価値を生み出していく。そのような関係性が、これからの社会を豊かにしていくのだと確信しました。本日はありがとうございました。

山本 こちらこそ、ありがとうございました。

前編はこちら
https://www.hrpro.co.jp/miraii/post-4231/

【対談者プロフィール】
■山本 明子氏
ロート製薬株式会社
人事総務部副部長 兼 サステナブル経営推進室副室長
1993年ロート製薬入社。営業、商品企画などを経て、人事総務部に勤務。ロート製薬は2016年「社外チャレンジワーク制度」として複業・兼業を解禁。同時に社内ダブルジョブ制度を開始し、社員の可能性を広げる場を提供。立ち上げ期の制度運営にも関わり、女性と若手キャリア支援などにも尽力してきた。2017年人事総務部副部長就任。現在は、サステナブル経営推進室副室長、健康グループ マネージャーを兼任し、活躍。

■国友 秀基氏
株式会社HRインスティテュート 
プリンシパルコンサルタント
明治大学商学部卒業後、クレジットカード会社における営業、人材開発、内部監査部門を経て2001年よりHRインスティテュートに参画。次世代リーダー育成、女性活躍推進支援、戦略構想、マーケティング思考、課題解決、ファシリテーション等のテーマにおけるプロセスコンサルティングやトレーニングでの実績多数。学生から経営層まで、幅広い対象者に対するコンサルティングやノウハウ・ドゥハウ・トレーニングでのファシリテーショ

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