三菱電機のカルチャー変革から学ぶ 組織風土改革の秘訣(後編)――「愚直に、楽しく」が生んだ現場の明るい兆しと、個人の志が牽引する「自走する組織」への挑戦

前編では、三菱電機が長年の課題だった「縦割り」や「言ったもん負け」の組織風土と正面から向き合い、現場の有志45名から始まった泥臭くも戦略的な変革のアプローチについて触れた。トップの覚悟とボトムアップの両輪で進められた取り組みは、表面的なニーズにとどまらず、社員の内発的なウォンツを引き出すことで、共感度の高い2割の層を火種に全社への波及を目指した。

しかし、組織変革は制度を整えただけでは完了しない。行動変容と成果につながるかが問われる。後編では、成果が見えなかった2年間をどう乗り越え、3年目に何が変わったのかを掘り下げる。(以下敬称略)

目次

改革から3年半、組織はどう変わったか――「愚直に、楽しく」が生んだ現場の明るい兆し

狩野:組織の風土は一朝一夕に変わるものではありません。実際に目に見える成果や手応えが出てくるまで、どのように乗り越えられたのでしょうか。

小野田:ご指摘のように、すぐに成果が出たわけではありません。組織風土がどれだけ変わったかを測る指標として、社員のエンゲージメントスコアを観測していましたが、最初の2年間はスコアにほとんど変化が見られませんでした。

石山:KPIに関する指摘を頂くこともありましたが、設定はしませんでした。数値目標を作ってしまうと、それを達成すること自体が目的化してしまう恐れがあったからです。まずは現場の小さな成功体験、いわゆるスモールサクセスを積み重ねることを優先しました。

小野田:小さな成功のきっかけの一つが、「さん付け」の推奨でした。役職に縛られず、「〇〇さん」と呼び合うことで、過度に上下関係を意識させないようにしようというシンプルな取り組みです。これは現場でも真似しやすく、全社に広がっていきました。当社は「殿」を付ける風習があったほどですので、効果は大きかったと感じています。

狩野:目的を定めすぎず、現場が実践しやすいアプローチで小さなゆらぎを起こしていったと言えます。とはいえ、成果が見えない中で継続するのは根気が必要です。泥臭く続けるための秘訣は何だったのでしょうか。

小野田:「愚直に、楽しく」のスタンスを大切にしました。例えば、「そこじゃない 本題入れず 時間切れ」という川柳を会議室の目立つところに配置して、遊び心も取り入れながら、効果的な会議を行うよう啓発しています。かつての痛いところも、ポジティブな要素に変えていく姿勢を意識したのです。

現場の具体的な行動変容と、文明から文化への昇華

狩野:日本企業の「あるある」を巧みに表現されています。的確な表現だと感じました。

小野田:川柳は好評でしたので、最近では社員からも川柳を募集するようになっています。こうして地道な活動を3年続けた結果、直近のエンゲージメントスコアは大きく改善されました。

狩野:具体的に、スコアのどの項目に変化が表れたのでしょうか。

石山:重点指標としていた項目の中でとりわけ向上したのは、挑戦を促す風土に関する項目です。ビジネスイノベーション本部が主催する新規事業コンペへの手挙げ企画や、現場の社員が自発的にAIを活用した業務改革を行うなど、自発的な動きが各地で生まれています。

小野田:以前は「言ったもん負け」と言われていたバッドニュースの報告に関しても、しっかり上げた人を称える表彰制度の導入などが進みました。人材の流動化によって現場に新しい視点も入り、なぜこういうやり方をしているのかとオープンに議論する雰囲気が生まれ始めています。

石山:管理職の意識も大きく変化しました。当社には社内副業制度があり、変革業務に兼務で携わる社員がいます。以前であれば、自部門の業務に専念してほしいという考えが主流だったでしょう。しかし現在は、変革への参画を歓迎し、成長の機会として捉える管理職が増えつつあります。

狩野:オフィス環境やDX化、評価制度の刷新など、ある意味広く他企業でも取り入れられる物質的や制度的な発展を私は「組織の文明化」と呼んでいます。しかしながら、それだけでは「文化」にはなりません。「さん付け」や対話、ユーモアを取り入れた啓発といったソフトの改革。これらの小さな変化が積み重なることで精神的な豊かさや価値観が根付き、世代を超えて引き継がれていく文化となります。

文明はある時点で独自の文化として内面化される。エンゲージメントの改善は、その転換点だったのかもしれません。カルチャー変革とは、一時的なイベントではなく、新しい当たり前をつくる営みだと言えそうです。

小野田:新しい当たり前が社内に根付き始めた今、「自走する組織」という次なるステージに向けた挑戦を始めています。その一環としてこれまでの全社変革プロジェクト「チーム創生」の活動をさらに発展させるべく、2025年4月に「カルチャー変革室」を常設しました。

「カルチャー変革室」が描く未来――「マイパーパス(個人の志)」と共創による「自走化」

狩野:カルチャー変革室について詳しくお聞かせください。御社をどのように発展させたいとお考えでしょうか。

小野田:従来のチーム創生の活動をさらに発展させ、社員一人ひとりが自ら課題を発見し、主体的に行動・挑戦を続ける組織の実現を目指しています。これまでは私たちが変革を推進する立場でしたが、これからは社員一人ひとりの主体性が何よりの鍵になります。また、カルチャー変革室にDE&IやWell-Beingなどのテーマも統合し、より本格的に自走する組織への挑戦を進めています。

石山:自走を象徴するスローガンとして、「Changes for the Better “Start with ME”」というメッセージを掲げています。このMEは三菱電機の略であると同時に、私(ME)というダブルミーニングになっています。私から変わり、三菱電機を変えるという思いを込めているのです。

狩野:自分事として変革と向き合うためのメッセージだと捉えられます。

石山:この言葉を海外のスタッフに伝えたところ、大事な言葉だと強い共感を得られました。主体性というものは、国境や文化を越えてグローバルに通じる価値観なのだと改めて実感しています。

個人の志と企業の存在価値を重ね合わせる「マイパーパス(個人の志)」と、他社との共創

狩野:一人ひとりが自走するためには、会社からの指示を待つにとどまらず、自分自身の「こうありたい」という内発的な動機が不可欠です。そこに対してはどのようなアプローチをされているのでしょうか。

小野田:内発的動機付けを引き出すため、マイパーパスを明確にする取り組みを進めています。自分は何に価値を置いているのか、個人のパーパスと会社の存在価値がどう重なり合うのかを、一人ひとりに考えてもらう活動です。グループのミーティングなどで、自分が考えたマイパーパスを互いに共有し合う場も設けています。

石山:個人の内面に関わることなので強要はしませんが、賛同してくれる人たちで共有し合い、お互いの理解を深めることを大切にしています。他方、経営幹部には率先して自身のマイパーパスを言語化し、全社員に向けて発信してもらっています。

狩野:イノベーションは会社だけでなく、個人からも生まれます。会社に求められるのは、個人の志を尊重し、発信できる場と文化を整えることです。個人の志と会社のビジョンが重なったとき、やらされ感のない自走が生まれる。そうした個の立ち上がりは、やがて社外との関わり方にも変化をもたらすのではないでしょうか。

石山:強く同意します。変革の取り組みを続ける過程で、業界の異なる他社様からお声がけいただくことが増え、新たなネットワークが生まれ始めました。お互いの悩みを共有したり、ワークショップを体験し合ったりと、会社を越えた共創の動きが自発的に起きています。

小野田:当社は現在、オペレーショナルな企業から、新たな価値を生み出すイノベーティブカンパニーへの変革を目指しています。三菱電機は持っている技術領域が非常に広範ですから、社会課題の解決に向けて社内の多様な事業を掛け合わせることで、大きな力を発揮できると考えています。そこに社外との共創も加わることで、プロセスそのものがイノベーティブな組織になることに挑んでいます。

狩野:着実な変化が見て取れます。江戸時代には、異なるものを尊重する「尊異論」という言葉がありました。江戸という都市は、全国から集まる多様な人々を排斥するのではなく、むしろ異質なものの混ざり合いを力にして発展してきたとも言われています。

御社も今、社内の縦割りを越えた横のつながりを生み出し、さらに社外との共創という新しい刺激を取り込もうとされています。その多様な価値観の掛け合わせこそが、新たなイノベーションの源泉になるのではないでしょうか。個人の志を起点とした「Start with ME」が、今後どのような化学反応を生み出すのか注目しています。

小野田:示唆に富む視点です。私たちも、多様性のある視点や価値観の中にこそ、新しい価値の種があると捉えています。社内のカルチャーを変えていくことは地道な営みですが、そうした土壌を整えることが、結果としてイノベーションを生み出す競争力につながるはずです。

変化の激しい時代に企業人事が担うべき役割とは

狩野:最後に、変化の激しい時代で自社のカルチャー浸透に取り組む読者に向けて、メッセージをお願いします。これからの人事や変革推進部門は、組織の中でどのような役割を担うべきだとお考えでしょうか。

石山:カルチャー変革室のようなコーポレート組織は、現場に対してどうしても上から目線で指示を出す存在に見られがちです。しかし、変革は経営層や変革組織が押し付けるだけでは決して進みません。だからこそ私たちは、自らの役割を伴走者と表現しています。現場の社員が悩んだときに、フラットな立場で相談に乗れる壁打ち相手として、現場と一緒に考えていく姿勢を何よりも大切にしています。

小野田:カルチャー変革は、成果が出るまでに長い時間がかかります。その厳しい時間に耐え、乗り切るには、変革を推進する側が現場感を絶対に忘れないことが重要です。トップの思いを現場に伝え、同時に現場のリアルな声や悩みをトップに届ける。その両者に寄り添いながら、同じ会社の仲間として共に乗り切っていく存在でありたいと考えます。

狩野:フラットな視点を持つ伴走者というあり方に、非常に共感します。私からも最後に一つお伝えしたいのは、組織変革で最も重要なのは、組織や会社は経営陣含め、我々のものであるという当事者意識の浸透です。

人間という字は、人の間と書きます。組織とはまさに人と人との営みであり、そこには必ず人間同士の空気感や関係性が存在します。デジタル化やDXが進み、効率や生産性が追求される今の時代だからこそ、人と人との間にある温もりや、人間らしさを大切にする文化を取り戻すことが、カルチャー変革を成功に導く最大の鍵になるはずです。お二人の泥臭くも温かい実践の数々に、私自身も胸が熱くなりました。本日は貴重なお話をありがとうございました。

小野田・石山:こちらこそ、ありがとうございました。

前編はこちら
https://www.hrpro.co.jp/miraii/post-4497/

【対談者プロフィール】
■小野田 桂吾氏
三菱電機株式会社
カルチャー変革室 室長
東北大学文学部卒業後、2004年に三菱電機に入社。調達部門にて半導体や電気電子部品、素材などの契約・価格交渉を担当。全国の拠点をはじめ、タイやシンガポールなど海外拠点の赴任経験を経て、2022年に経営企画室へ異動。全社的な戦略的意思決定に携わりながら、組織風土改革を推進する全社変革プロジェクト「チーム創生」メンバーとして活動。現在は、2025年度に新設された「カルチャー変革室」の室長として方針策定や施策立案を担っている。

■石山 鮎子氏
三菱電機株式会社
カルチャー変革室 戦略・推進グループ グループマネージャー
慶應義塾大学文学部卒業。2016年、キャリア採用で三菱電機に入社。営業として海外向け新規インフラ設備の市場開拓・顧客提案・入札対応などの業務を担当。2021年に発足した全社変革プロジェクト「チーム創生」のメンバーとなり、2022年からはその専属メンバーとして3年間、プロジェクトの活動に携わる。現在は2025年度に新設された「カルチャー変革室」の戦略・推進マネージャーとして、各組織の自走化に向けたボトムアップ活動を伴走・支援している。

■狩野 尚史氏
株式会社HRインスティテュート 
取締役 プリンシパルコンサルタント
大手建材メーカーにて、商品研究&開発部門、BtoBセールス部門、販売チャネルのIT化推進リーダーを経てHRIに参画。ビジネス開発&人財開発に強いミッションを持つ。新規ビジネスプランニング支援、ビジネスモデル構築、戦略構築を中心にコンサルティングに従事。研修講師として主にビジネスモデル構築研修、戦略シナリオ研修、マーケティング研修などを担当。

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