「100年企業を支えるJTBの人財力」〜創立100年を超えたJTB。これからの100年を支える人財力とは〜

科学的な根拠が欠如している人事分野

林さんは「企業の人事力」という著書を上梓されました。その中で、「人事は遅れた分野」だとはっきり仰っています。どのような点が他の領域と比べて遅れていると考えていらっしゃいますか?

現状を正しく認識し、合理的・科学的に分析されていないことです。例えば、会計の分野であれば国際的な会計基準というものがありますし、情報システムの分野であれば設計の手順が決まっていたり、業界の標準が決まっています。しかし、人事の分野では統一的な理論もありませんし、世の中に定着している仕組みもありません。

また、人事管理とは、「人という資源」を的確に管理するものです。しかし、日本の人事管理を語る時、哲学的であったり、心情的な側面が強く、合理的で科学的根拠に基づいた客観的な指標が確立されているとは言えません。たとえば、人事部の方に給与項目の設定や給与の水準について聞くと、「昔からそうだったから」といった回答がなされ、合理的な説明がほとんど聞かれません。これは、いかに理論化が遅れていて、科学的な根拠が欠如しているかということの表れと言っていいでしょう。このようなことから考えても、人事が進んでいる分野とは言えないと思います。

なぜ、人事は遅れた分野のままとなってしまっているのでしょうか?

現在の人事管理の外形は高度経済成長期にできたものだと言われています。国の景気や企業の業績がずっと伸びている間は、人事の問題は深刻にならないものです。しかし、バブル崩壊やリーマンショックがあり、景気の動向がおかしくなり始めてから、企業でも今の人事管理では通用しないのではないかと危惧されるようになりました。確かに、新しい人事管理のあり方が議論され変化したところもありますが、それでも蒸気機関車が電車になり、新幹線が登場したような大きなテクノロジーの変化は見られません。長い間、人事管理が変化しなくても企業が成長してきたことで、どのようにして改革に着手すればいいのか分かっていないことが原因だと思います。

今こそ「企業の人事力」が試される時

そこで今、「企業の人事力」が必要とされているわけですね。

かつて、日本の企業は成長を続け、強い時代がありました。それを支えたのは、ヒト・モノ・カネ・情報です。日本のモノづくりは世界に冠たるものですし、カネについては会計基準のもとに管理されてきました。システムが発達したことで、情報面でも企業に寄与しています。ところが、ヒトの部分だけが遅れてしまっているわけです。今の時代、日本の企業は厳しい局面に立たされています。この状況で生き残っていくためには、グローバル化していかなければいけません。また同時に、コスト、人件費を適正に管理することも必要です。

日本の企業の主要なコストの中で、人件費は極めて大きな割合を占める要素と言えるでしょう。しかしながら、人件費の管理が合理的に行なわれておらず、いまだに年功で決められることもあり、人件費の高騰化を招いています。これでは、日本がグローバル市場で戦えるわけがありません。しかも、労働人口は減り、少子高齢化する社会でなし得なければならないわけです。普通の状態でもグローバル化できなかったわけですから、この社会情勢の中では二重、三重のハードルをクリアしていかなければならないでしょう。だからこそ、これまで人事上の問題がウィークポイントになって発達しなかったことを逆手にとって、成長のエンジンにするくらいの発想が必要です。日本の企業がいわば放置してきた人事力を試す時がきたということだと思います。

現在、人事力が高い企業と低い企業が存在すると思います。その中で、人事力が高い企業の特徴はありますか?

人事力が高い企業には、次のような共通点があります。

  1. 人事の状況を正確に把握している。
  2. 経営戦略や経営目標と人事の仕組みが論理的に連動している。
  3. 経営陣などのリーダーが人事管理を極めて重要な経営機能であると認識している。

人事力を高めるには、強いリーダーシップのもとで、正確に状況を把握し、その状況を改善する施策を的確に導入する必要があります。たとえば先日、ユニクロの柳井社長が非正規社員1万6000人を正社員化する計画を発表しました。このことでコストは2割ほど増加するそうですが、これは合理的な決断と言えます。なぜかと言えば、ユニクロには商品力があるわけですから、非正規社員を正社員にすることによって社員のモチベーションを上げて人材を確保し、サービスの質を高めていく狙いがあると思われます。このように、経営が強いリーダーシップのもとに自分の会社の人事状況や今後の市場の予測を含めて冷静に判断し、他の会社の模倣をするのではなく、経営の状況に応じで人事管理を変えることができるのは、経営と人事が直結している証拠ですし、人事力が高い企業と言えるでしょう。

経営と直結した人事管理が求められている

人事力を高めていくためには、当然人事部が主導しなければならないはずです。しかし、多くの企業では人事の組織が硬直化しているように見えます。林さんは企業の人事組織とのお付き合いも多いと思いますが、実態はどうなのでしょうか?

人事組織だけの問題ではないと考えています。例えば、情報システム領域は企業にとって非常に重要なテーマですが、だからといって経営陣が具体的にどのパソコンを使って、システムをどのように変更するかについて議論しないのが普通です。しかし、人事の話が役員会で出ると、成果主義の内容や役職定年制の導入など、細かい話に言及してしまいがちです。本来は、経営計画に沿って、企業が発展していくための人材戦略の方向性を示したり、それに対する枠組みを与えるのが経営陣の仕事なのですから、人事の施策そのものは人事のプロに任せるべきなのです。そうした意味でも、経営と直結した人事管理ができる環境を整えることが、経営側には求められてくると思います。

人事組織を変えることよりも、まずは経営者の意識を変えなければいけないわけですね。

その通りです。日本の場合、経営者の意識が変わるとすれば、それは外圧でしょう。企業の業績が悪くなったり、競合関係が激しくなって初めて、人事の改革は後追いによって行なわれると言われています。日本の企業が発展していくためには、経営と直結した人事管理を先手をとって行うべきです。経営者に早くその点に気づいてもらいたいですね。

日本もバブル崩壊後、リーマンショックもあり、厳しい状況になかで危機意識が生まれ、経営改革・人事改革のチャンスとなるはずでした。しかし、今はアベノミクスの効果も見られ、2020年には東京オリンピックも控えています。このまま、企業の業績が伸びていくと危機意識が薄れ、また従来の人事管理のままでいいと感じてしまう企業が多くなるかもしれません。そのあたりは危惧されていますか?

現在、景気が短期的に良い状況の中で、賃上げをしているのは大企業の一部のみで、多くの企業は人事施策について慎重な姿勢を崩していません。しかし、この状況であるからこそ、人事管理の役割はたくさんあります。

日本の大手企業における人員構成は、50歳代がやや多く、バブル期に採用された40歳代が極端に多い。バブル崩壊もあって、30歳代は少なめで、20歳代は極端に少ない状況です。本来は年齢が若くなるにつれ、人員が増える台形が望ましい構成ですから、企業の人員構成はいびつな状態となっていると言っていいでしょう。これは、団塊の世代やバブル世代の大量採用が、大手企業の人員構成に大きな影響を及ばしている証拠です。

バブル崩壊後、各企業でリストラが行なわれ、団塊の世代が対象となりました。この時、すでに企業に突出した年齢層の社員がいることが人事管理上、障害になることが明らかになったはずです。しかし、リストラなどの経営努力によって業績が一時、回復したことで、この問題は棚上げされてきました。

現在、企業で深刻になっているのがバブル期に大量採用した世代の問題です。今ではこの世代が企業の中核をなすようになり、人件費の高騰や管理職社員の余剰、活性化の阻害など、大きな負担となってきています。そもそも、景気の良さに踊らされて大量採用をしたことが、人事理論上はナンセンスでした。このバブル期大量採用世代の問題は、当時の経営者が仕込んでしまった時限爆弾と言ってもいいでしょう。これから10年、20年の間、経営者は過去からの時限爆弾の処理を求められることになります。さらに、バブル崩壊後、大手企業は新卒採用を抑制してきましたが、それに輪をかけてリーマンショック後は新卒の採用を減らしました。30歳代、20歳代の社員が少なくなっているのはこのためです。ということは、10年後、あるいは20年後にグローバル化を進めるうえで必要となってくる企業の中核を担う人材が不足していきます。

今後、企業が発展していくためには、こちらも足かせとなってくることは間違いありません。それに気づかなければ、大変なことになるはずです。このような問題は、中長期的なビジョンに立たず、短期的視点で新卒採用を続けたことが原因となっています。新卒採用を軽視して、損益ばかりを重視した極端な大量採用、あるいは採用抑制をした経営者や人事部は、企業の将来に対する責任を持っていたとは言えません。これを是正するためには、今後20年間の自社の人件費や人員構成のシミュレーションを数字で定量的に出して、判断していかなければならないと思います。

若い労働力が少ないということは、企業の発展やグローバル化にも障害を及ばす可能性が高くなるわけですね。それと同時に、日本は少子高齢化に向かっており、中高年社員の問題も深刻です。現在は、60歳で定年を迎えても、65歳まで再雇用することが義務化されました。こうした中高年社員の活用については、どのようにお考えですか?

まずは、経営者や人事組織も高齢化の深刻さを認識し、中高年社員を積極的に活用すべきです。中高年が一定年齢に達すると一律的に役職定年にする企業もありますが、それは妥当でしょうか?その前に、企業が中高年社員に対し、技術教育と意識改革を進めるべきでしょう。そのような企業努力をせず、一律的に中高年社員をお荷物扱いするのは間違いです。中小企業では、若年社員と同等の働きをしている中高年社員がたくさんいます。中高年社員に厳しいスタンスを取っているのは、労働市場が発達して若年社員の採用が容易な業界や、大企業と言ってもいいでしょう。もちろん、中高年社員の甘えという部分も否定できませんが、もっと企業側も人事制度や教育を見直すべき時に来ているはずです。

人事組織は連動が必要な機能を集めて編成されるべき

これらの問題点を踏まえたうえで、人事改革はどのように進めていけばいいのでしょうか? 人事から企業を変革させるポイントなどを伺いたいと思います。

人事管理上の課題に1億円を投下して、業績が数十億円も上がると思っている経営者はほとんどいないと思います。それは、直接的なビジネスへの影響力がないと思われているからです。これは大きな間違いです。まずは、経営者が自分の企業を冷静に分析して、経営戦略の遂行において組織上の問題がどこにあるのか、人事管理上の問題がどこにあるのかを正しく把握することが第一歩です。次の段階としては、その認識された問題を人事と経営が連動してスピーディーに改革することが必要です。これができる企業しか生き残れないと私は思っています。

個々の企業は自社の組織上、人事管理上の状況を把握できていないのでしょうか?

恐らく、企業側は自分たちでは把握していると思っているかもしれません。しかし、我々からすれば、正しく把握している企業はおよそ1、2割だという認識です。

実は把握できていないにもかかわらず、把握できていると思い込んでいる企業が多いということですね。では、どうして人事状況を把握できないのでしょうか?

やはり、合理的・科学的に立って分析していないからです。日本の人事は“人事実務処理部隊”になっています。評価をして、給料を変えて、辞令を出して、採用をして、教育をして・・・ということを淡々とこなしているに過ぎません。しかし、人事が経営へ貢献していくためには、「経営計画に必要な人材を整備する」「人材が生産性高く働くことができる環境を整える」ことが必要です。この2つの目標を達成するために、「採用」、「教育」、「配置」、「評価」、「給与」、「福利」、「厚生」、「退職」といったサブシステムを構築して運用していくことになります。これらが有機的に連動してこそ、人事管理としての効果は高くなっていくはずです。

人事組織が縦割りになっていて、それを繋ぐものがないのが日本企業の現状だということですね。

人事部門の編成は、実務的なボリュームの大きさを基準にするのではなく、連動が必要な機能を集めて編成されるべきです。そのためには、人事を「ポートフォリオ」と「パフォーマンス」という2つの組織に分けるというのが、私の考え方です。「ポートフォリオ」では、企業に必要な人員数の算定や採用計画、採用活動、代謝、人材教育をし、経営計画達成に必要な配置を行ないます。この配置ができれば、経営計画達成のために能力を発揮できる機能が必要です。そこで、「パフォーマンス」では業務指示や評価、給与、非金銭的報酬、健康管理などを担います。しかし、どの企業でもモチベーションを上げるための「パフォーマンス」ばかりに目がいき、「ポートフォリオ」に対する議論が足りていない状況です。実際、採用と人材教育がワンセットになっていれば、無駄な教育をする必要もなくなります。

退職勧告は中小企業への人材供給にもなる

企業に必要な人材が不足している場合、外部市場から中途採用できれば、即戦力になって教育はいらなくなるという考え方ですね。一方で、企業内で必要な人材は適材適所に配置しますが、必要ではない人材にはある一定の条件のもとで、放出することもやむを得ないということですね。

いわゆるリストラということになります。しかし、日本ではリストラという言葉にネガティブな印象を持ち過ぎているのではないでしょうか? 日本の労働市場では、大学の新卒者は大企業かその関連会社、あるいは外資系の企業に就職することを希望します。ただし、日本の大企業や外資系企業は全体の2割程度に過ぎません。それ以外は中堅・中小企業、ベンチャー企業です。こちらには優秀な大卒者がなかなか入りたがりませんから、当然のことながら、中途採用が中心となります。この中堅・中小企業やベンチャー企業では、どんなに業績が良い企業でも人材難が起こっているのです。

日本の場合、リストラするということは、大企業で潜在的に優秀だと思われていた人が、活躍の場を失って外に出るということを意味するとも言えます。企業内で飼い殺しにしておくよりは、早期に別のキャリアを獲得するためのチャンスを与えるべきでしょう。割増退職金や再就職支援などの条件を提示して退職勧奨をすることは、これから伸びる可能性を秘めている中堅・中小企業やベンチャー企業に対して、人材を供給することにもなりますから、非常に重要な社会貢献とも言えるのです。

最後に人事の方々にメッセージをお願いします。

人事部門の求められる役割は大きく変化してきました。経営計画が作成されても、人的資源管理を司っている人事部門が機能しなければ、経営計画が実現できないことが認識されてきています。今や企業における経営計画の中心にいるのが人事部門とも言えるのです。

人事から企業を変革させていくためには、企画力、分析力、実行力を持った人事領域のプロフェッショナルである必要があります。それが今まさに求められている人事像なのです。そうした力をつけてもっと積極的に取り組んでいただければ、人事は企業の発展に大きく貢献できるはずです。そうすれば、人事の地位ももっと上がるでしょう。頑張ってください。

  • 川村 益之氏

    株式会社トランストラクチャ 代表取締役シニアパートナー
    林 明文 (はやし あきふみ)氏

    青山学院大学経済学部卒業。 トーマツコンサルティング株式会社に入社し、人事コンサルティング部門シニアマネージャーとして 数多くの組織、人事、リストラクチャリングのコンサルティングに従事。その後大手再就職支援会社の設立に参画し代表取締役社長を経て現職。講演、執筆多数。