HR Technology Conference & Exposition 2017 レポート(後編)

IT技術を活用した人事領域のソリューションが一堂に会す世界最大のイベント「HR Technology Conference & Exposition」。第20回を数える本年は、10月10日~13日にアメリカ・ラスベガス、ベネチアンにて開催されました。HRプロ編集部による現地視察レポートをお届けします。レポート第2弾は講演についてご紹介します。

■全82セッション、最多はTalent Acquisition

今回の講演は全部で82あり、講演内容を分類すると、「Talent Acquisition」が最多の9講演でした。
人材獲得競争が激しい今日では、採用についての議論が最も注目されおり、最新のHRテクノロジーでどのように効果的な採用活動を行うかがテーマとなっています。「UnileverはAIを使っていかに人間らしく学卒採用を行ったのか」「GEはどのようにスキルベースの採用を行っているか」など、企業の人事とテクノロジー企業のトップが事例を紹介するセッションが行われました。


■スタートアップによる講演が多いInnovation in HR Tech

続いて多かったのは「Innovation in HR Tech」の8講演(HR Techについてのゼネラルセッションもこの中に含めています)です。「スタートアップ スポットライト:新しいHRテクノロジーは何か、次に来るのは何か」では、HiringSoloved、IDEO company、TrustSphere、Textio、NextWaveといった急成長HR tech企業のCEOが最新のHRテクノロジーについて語りました。


■プレイベントとして開催されたWomen in HR Tech

「Women in HR Tech」はプレカンファレンス・イベントとして開催されたものです。HR テクノロジー企業で働く女性の実態や、重責に就く女性達の活躍について、またダイバーシティを向上させるHRテクノロジーなどがテーマでした。


■出展企業数が3位のEmployee Engagementはセッション数も7つで3位

出展企業数で3位の「Employee Engagement」は、セッション数でも7講演で3位でした。「エンプロイーエンゲージメントをドライブするHRテクノロジーの役割」では、エンプロイーエンゲージメントのシステムを提供するGlobeforce、Virgin Pulse 、SAP Success Factorsの役員が登場し、テクノロジーがエンプロイーエンゲージメントに与える影響について話しました。


■クラウドの導入事例が語られたCore HR & Workforce Management

同じく3位の「Core HR & Workforce Management」では、クラウドによって統合的に管理できる最新のHCM(Human Capital Management)システムの事例発表がありました。「クラウドによる統合タレントマネジメント Cumminsのアプローチ」では、グローバル展開するジーゼルエンジンメーカーのCumminsの人事責任者が、Oracle HCM Cloud を使って、どのようにグローバル人財管理をトランスフォーメーションしたのか、また通常3か月かかるプロセスを2週間に減少させた方法などについて発表しました。


■新登場のカテゴリー「HR Research Insight」「Small and Mid-Size HR Tech」「Diversity & Inclusion」

「HR Research Insight」「Small and Mid-Size HR Tech」「Diversity & Inclusion」の3つは、今回新しく追加されたカテゴリーです。
「HR Research Insight」では、「リサーチレポート:ピープルアナリティクスの経済的インパクトの計測」「タレント・インテリジェンス:隠されたタレントプールを発見する」といったテーマのセッションが行われました。HRテクノロジーが浸透することで、人事関連のデータが蓄積し、分析が可能になったことで、新しい知見がビジネスに活用されるようになってきました。日本ではHRテクノロジーの活用が不足しているため、こうしたデータの蓄積も不十分であり、1日も早いHRテクノロジー導入が望まれます。
「Small and Mid-Size HR Tech」では、34拠点・従業員数500人未満の配管業、The Granite Groupが、従来の紙による人材管理からHRテクノロジーを活用してビジネスを加速した経緯を話しました。HRテクノロジーは大企業のものだけでなく、中小企業も活用すべきであるとの提言です。
「Diversity & Inclusion」では、病院と保険を運営するCarolinas HealthCare Systemの人事トップとSAP SuccessFactorsの製品責任者が、職場のダイバーシティがいかに重要か、また最新のHRテクノロジーがダイバーシティにどのように貢献するのかについて発表しました。
HRテクノロジーのトレンドを示すこれらの新しいカテゴリーは、今後は事例セッションが増えていくことが期待されます。


■元グーグル人事担当上級副社長 ラズロ・ボック氏基調講演:イノベーションを起こすための6つのステップ

今回のカンファレンスの目玉といえるのが、元グーグル人事担当上級副社長で著書「WORK RULES!」で知られるラズロ・ボック氏のオープニング基調講演です。タイトルは「From Moonshots to Roofshots : What Everyone Gets Wrong About Innovation and How to Get It Right(ムーンショットからルーフショットまで:イノベーションについて誰もが間違えていることと、どうやってそれを正しく得るか)です。ムーンショットとは、ケネディ大統領が唱えた「アポロ月面着陸計画」のことで、困難だが壮大な挑戦を意味し、ルーフショットは短期間で継続的な達成を指します。イノベーションを生み続けているグーグルでの成功・失敗の経験をもとに、組織がイノベーションを生み出すための6つのステップについて語りました。

第1は、人々と価値あるミッションをつなぐ(Connect people with a mission that matters)ことです。たとえば業界1位になるといったことが目指す姿であれば、もし1位になったときに意味を失ってしまいます。ミッションは決して達成しえないものであり、だからこそ人がそこへ向かっていくための力を注ぐことができ、生産性に貢献すると言います。
第2は、本質的な動機付けを行う(Tap into intrinsic motivators:the team, autonomy, pride)です。指示どおりの仕事をする時給払いのTシャツ工場と、社員に任せて生産したTシャツの数に応じた給与支払いをするTシャツ工場では、後者のほうが生産性が向上しました。管理して働かせるより、社員を信頼してやり方を任せるほうが、働く人も会社もハッピーになるのです。
第3は、恐れを減らし心理的な安心感を増加させる(Reduce fear and increase psychological safety)。人は失敗することに恐怖を抱きます。また優秀な人ほど、失敗の経験がない人生を送ってきているので、一度失敗するとそれ以上伸びなくなってしまいます。失敗の恐怖を激減させること、そして自由に発言でき、受け入れられると感じる環境をつくることが重要だと説きました。

第4は、ムーンショットとルーフショットのポートフォリオを組み立てる(Build a portfolio of moonshots and roofshots)。イノベーションというと、野心的で不可能とも思えるものに挑戦する「ムーンショット」を想起しますが、それだけではいけません。日々の積み重ねで徐々に改善されていく「ルーフショット」も重要で、ムーンショットのように目立つ存在ではないけれども、ルーフショットを行っている人も注目されていることが大事です。
第5は、敵を知ろう―敵はこの部屋にいるのではない(Know your enemy…and it’s not in this room)。企業内にビジネスユニットをつくることで、社内で競って「敵」ができてしまう。社員の関心が社内にばかり向いてしまうと悲惨な結果に陥ります。グーグルではビジネスユニットをつくらない組織にしているとのことです。
第6は、ラッキーになろう、カジュアルな衝突を促進しよう(Be lucky_ encourage “casual collisions”)。偶然や幸運は、ちょっとした出会いや衝突を促進していくことから生まれます。知らない人同士が出会いやすいように社内レイアウトをつくるのもそのためです。

これらのシンプルなことを実施してイノベーションが起こりやすい環境をつくることで、戦略からではなく自然発生的にイノベーションが起こりやすくなるとボック氏は語り、聴講のみなさんの組織からイノベーションが起こるのを楽しみにしていると締めました。

HRテクノロジー企業として世界を牽引しているGoogleの組織づくりの秘訣が語られましたが、なかでも印象に残ったのは、成功だけでなく失敗も認め、失敗した人をほめる文化を作っていることです。組織が大きくなるといわゆる「大企業病」に陥り、社内政治に労力が注がれてしまいがちですが、そうした事態に陥ることを防ぎ、巨大組織になってもイノベーションを生み出す活力を保持するために、創意工夫を重ねるのが人事の役目であると再認識しました。


■AIと機械学習(ML)は次世代HRでどんな位置づけになるのか(Technical Insight: Where Artificial Intelligence and Machine Learning May Take the Next Generation of HR)

最後に、AIと機械学習を扱ったセッションをご紹介しましょう。HR tech領域でコンサルテーションを行うホルガ―・ミュラー氏がモデレーター、IBMのVP レイノルズ氏、OracleのVP バーコウィッツ氏、Googleのモリッツ氏が登壇したパネルディスカッションです。
まずAIについて。
IBMのレイノルズ氏は「顧客企業のHR分野に人工知能=AIであるWatsonを提供しており、IBM社内ではどんな研修がよいかの推奨や、コーチングにWatsonを活用しています」とのこと。チャットでのコーチング役はWatsonが担っているそうです。
Oracleのバーコウィッツ氏は、「AIをAdaptive Intelligenceと呼んでおり、人事領域でマネージャーが意思決定することをサポートする機能としてAIを取り入れています。顧客事例では、組織を再編成するときに、どのチームの誰をどこに異動させたらよいのか、そのポジションに適しているのかといった洞察をAIが提供して、カオスを起こすことなくスムーズな再編を成し遂げることができた」と話しました。

今後のHRテクノロジーはどうなっていくか、という問いに対して、IBMレイノルズ氏 は「AIはタレントマネジメントにおいて価値を提供するでしょう。また社員が自身のゴールを達成するための学習において機械学習(Machine Learning=ML)によるリコメンデーションが進むと思います」と回答。Googleのモリッツ氏は、「企業規模にかかわらず、データによる洞察が、一つひとつの判断・決定をすることになってくるでしょう。採用、給料、昇進、キャリアパスなど、人事にかかわるすべてにデータが活用されるようになります」と発言しました。
最後に、参加者からの質問で、「人事は予算がない。HRテクノロジーの導入は誰が決定すべきなのですか」という質問に対して、「情報システムやCIO、CTOとコラボレーションしてください。部署を限定するなど小さく始めることも重要です。人事が独自で動くのではなく、協力して進めてください」とIBMレイノルズ氏が回答しました。
Oracleレイノルズ氏は「数週間で始められるシンプルなパッケージがありますから、クイックに始められます。5年前よりずっと少ない予算でも戦略に対して大きなインパクトを与えられます」と述べ、低コストで経営に貢献できると話しました。

AIやMLは、すでにシステムに組み込まれており、導入することが特別なことではない時代になった、というのが2017年のHR Technology Conferenceの新しいトレンドでした。日本は人事のIT化が10年遅れていると言われますが、人口がますます減少する局面において、人の生産性を向上するためのHRテクノロジーを適切に活用しなければ、ビジネスが立ち行かなくなることが目に見えています。AI・MLを含めて、データによる経営を実践していくために、企業人事は1日も早いHRテクノロジーの活用を進めていかなければならないと言えるでしょう。