江戸時代に幕府から発せられた「棄捐令」(きえんれい)というのをご存じだろうか?いわゆる「徳政令」のことである。何が「徳」なのかさっぱりわからないが、時の権力者が強引に一般民衆に対して行った逆らえない命令のことだ。権力は得てして公儀の名の下に、「既得権益保護」のために無茶苦茶なことをする。
民はいつの時代も愚弄される

「徳政令」の歴史

徳川幕府の三大改革は、歴史の教科書にも載っていた徳川吉宗の「享保の改革」、松平定信の「寛政の改革」、そして水野忠邦の「天保の改革」。ほぼ50年おきに改革が行われたが、いずれも倹約から始まって、租税強化で終わるワンパターンの改革だった。
「棄捐令」は寛政の改革の時に発せられた徳政令で、財政難に陥った旗本・御家人を救済するために貸金業者(債権者)である「札差」(ふださし)に対し、債権放棄や債務繰り延べをさせた「武士救済法」である。この借金棒引きという劇薬を「札差」は泣く泣く飲まされたわけだ。いわば官による民業圧迫政策であり、一時的な効果はあったものの、結局は経済の疲弊を助長しただけで終わった。

明治の世に移ると「地租改正」「廃藩置県」「徴兵・学制改革」の三大改革が行われたが、これらに勝るとも劣らない改革として目にとまるのが「秩禄処分」である。

これは、当時国家財政の3割を占めていた士族階級への給与の支払を廃止する改革で、数年分の給与の代わりに「秩禄公債」(国債)を一括して交付するという、言わば士族の早期退職制度だった。これにより、政府の財政はドラスティックに改善したが、士族の多くが生活を維持するため秩禄公債を売り払わねばならなかった。プライドを傷つけられた士族が、その不平不満を爆発させたのが佐賀の役を皮切りに九州・山口で起こった争乱である。
私が敬愛する江藤新平は佐賀の役で首謀者に祭り上げられ、政敵大久保利通から抹殺されてしまったが、これらの争乱も西郷隆盛の西南の役で終止符が打たれた。

現代の秘匿された「徳政令」

このように、時の権力者は様々な形をとり、一般国民に徳政令を命じてくる。そして、権力者側の既得権益は国民の目が届かないところで守ろうとする。その姑息なやり方は現代でも脈々と受け継がれている。例えば、この10月から開始された「厚生年金と共済年金の一元化」の中にも巧みに入り込んでいる。

この年金一元化だが、表面的には共済年金を厚生年金に統合する形になっているため、優遇されていた共済年金の特権はなくなってしまったように見える。しかし、つぶさに両年金を比較すると本質が見えてくる。例えば、年金制度の将来の維持可能性の判断指標に「年金扶養率」がある。年金受給者を何人の現役世代で支えているかを示す指標だ。これが、厚生年金は2.39であるのに対し、国家公務員共済年金は1.53。つまり、OB・OGを含めた公務員の人口構造は日本全体の人口構造以上に逆ピラミッド化し、共済年金の将来を考えたら、厚生年金と統合した方が安定し得になるのだ。

また、毎年の年金の支給額に対して、何年分の「積立金」を保有しているかを示す指標に「積立比率」がある。これによると、厚生年金の4.2年に対し、国家公務員共済年金は7.8年と共済年金の積立比率が高くなっていた。これは、将来の維持可能性が低ければ多くの積立金を持っていないと早期に破綻してしまうから、当然と言えば当然のことだ。問題は、両年金の統合にあたり、共済年金はすべての積立金を持参金として差し出すべきところ、厚生年金の積立比率4.2年と同じ年数分の積立金しか統合の対象にしなかった。残った3.6年分の積立金は、公務員優遇年金の権化たる「職域加算」分の支払に充てる予定なのだ。

さらに言えば、公務員共済は元々「長期給付=年金」と「短期給付=健康保険」の二本立ての制度となっていた。今回、一元化されたのは「長期給付=年金」であるが、実は「短期給付=健康保険」の制度は従来のまま維持されている。我々の感覚からすれば、健康保険も民間事業者が加入する「協会けんぽ」に統合すればいいのに、と思ってしまうが、そこはやはり権力者の既得権益の世界。共済組合という組織体を残したかったのだ。なぜか。共済組合は彼らの有力な「天下り先」だからに他ならない。

大方こんな調子で時代は流れていく。過去と現代は違う、古の出来事は笑い飛ばしておけばいい、とは言えない世界を我々は生きている。今後も、様々な形で一般国民は権力者に翻弄されるのだろう。複雑化した社会では、鵜の目鷹の目以上の眼力で本質を捉え、権力を監視していく必要がある。さもないと、貧弱な情報しか与えられず、全く権限を持たない我々は蚊帳の外に置かれ、不条理な改革を押し付けられていく。江戸~明治~大正~昭和~平成と時は流れても、官と民の力関係は変わらないのだろう。

株式会社WiseBrainsConsultant&アソシエイツ
社会保険労務士・CFP(R) 大曲義典

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