経済産業省は日本企業に「リスキリング」の必要性を提唱している。「リスキリング」とは、時代の流れを見据えて今後必要とされるスキルや知識を新たに獲得する教育を指す。この取り組みを加速させているのが、DX(デジタルトランスフォーメーション)だ。デジタル時代の到来によって、事業やサービスなどに次々と新たな変化が起きている。それらにスムーズに対応していくためにも、新たなスキルを再習得、再構築しなければいけない。そこで、今回はそもそも「リスキリング」とはどんな意味なのか、リカレントとどう違うのか、先進的な企業はいかに取り組んでいるのかを解説していきたい。
「リスキリング」とは? 導入ステップや事例を解説

「リスキリング」とは? 意味を解説

「リスキリング」とは、働き方の多様化や技術の進展などにより、社会が大きく変わり行くなか、新たな職業に就いたり、今の職業で今後求められる業務を遂行したりするために必要なスキルや知識を獲得する取り組みを意味する。ただ、遥か先のための準備では決してない。むしろ、今すぐにでも起きる、起き得る変化への対応として捉えておく必要がある。「リスキリング」は欧米の有名企業などが先行して、かなり早い時期から進めていたが、近年では日本企業も導入に意欲的だ。

「リスキリング」と類似した言葉との違い

「リスキリング」と類似した言葉にリカレントやOJTなどがある。これらは、どう違うのであろうか。それぞれとの違いを解説していこう。

●「リスキリング」とリカレントの違い

「リスキリング」とは、新たに生まれようとしている事業や業務のために、必要なスキルや知識を身に付けていくことを意味する。一方、リカレントは現在の業務をより良くしていくために、学び直して習得したスキルや知識を生かしていくことを指す。

●「リスキリング」とOJTの違い

OJT(On-the-Job Training)は現在社内で進められている業務を体験し、その流れ、やり方を社員に理解してもらうという手法だ。新規の事業や業務に関するスキルを身につけるリスキリングとは違い、既存の事業や業務に対して行うことを基本としている。

「リスキリング」が注目されている理由

日本企業でも「リスキリング」が注目されている主な理由は3点ほど挙げられる。

●企業のDX推進の加速

まずは、企業のDX推進が加速していること。スピーディーかつダイナミックな事業変革に向け、今多くの企業がDXに取り組んでいる。しかし、課題として、高度な専門性を持ったデジタル人材が不足していると良く指摘される。その課題を解決するためにも、「リスキング」の必要性が高まっている。

●コロナ禍による働き方の変化

次に、コロナ禍による働き方の変化だ。今や主流はテレワークであり、顧客・取引先とのやりとりも対面ではなくオンラインへと移行している。こうした働き方が定着したことに伴い、新たに身に付けなければいけないスキルも多数出てきている。それらに対応するためにも、「リスキリング」が注目されているのだ。

●政府のリスキリング支援の強化

近年、政府が支援強化に乗り出しているのも、リスキリングが注目されている理由だ。岸田文雄首相は、2022年10月に「新しい資本主義実現会議」で、リスキリング支援に力を入れることを表明した。岸田政権が掲げる「新しい資本主義」を実現するには、個人への投資が重要だと考えられているからだ。これにより、それまで3年間で4000億円規模だった個人への投資強化策に、5年間で1兆円もの強化支援金が投じられることになった。経済産業省では、2023年に「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」を開始している。

「リスキリング」を企業が推進するメリット

次に、「リスキリング」を企業が推進することでどんなメリットがもたらされるのかを解説したい。

●新たなアイデアの創出

まずは、新たなスキルを身に付けることで、従来にないアイデアが創出されやすくなる。それらを上手く活用して、新製品や新事業として成果を生み出していければ、売上の拡大につながる可能性が高まる。社内に新しい風を吹き込むという意味でも、「リスキリング」を行う価値は大きい。

●業務効率化

習得したスキルや知識を業務の効率化に活かすこともできる。特に自動化が上手く図れるとルーティンのような仕事に対する負荷が大幅に軽減される。それによって、本来専念すべきコア業務や新たな業務に今まで以上の時間を割くことが可能となる。残業時間の削減にもつながるはずだ。

●企業文化の継承

これまで会社が築きあげてきた独自の文化や社風を守ることができるのも「リスキリング」のメリットである。企業文化を知っている従業員であれば、従来から受け継いできた自社の強みや優位性を活かしながら、「リスキリング」によって習得した知識やスキルを上手く融合していけるはずだ。社内に新たな取り組みを展開していくという流れになっても、スムーズに進む可能性が高いといえる。逆に、「リスキリング」を一切行わず、既存の従業員を軽視して、新たな人材を迎えることを重視するような会社であれば、企業文化や社風を継承することは難しいだろう。

●採用や育成のコスト抑制

労働人口が減少するなか、新たな人材を採用し、教育も行っていくのはなかなか難しい。しかも、いずれもコストが相当掛かってしまう。それよりも、「リスキリング」を上手く活用して既存の従業員を戦力化していけば、コストは抑制しやすいと言って良い。例えば、既存社員を「リスキリング」によって、新たな雇用を創出できる分野の事業へスムーズに異動させることができれば、採用コストは削減できるはずだ。

企業が「リスキリング」を進めるリスクを把握しよう

企業が「リスキリング」を進めるうえで把握しておくべきリスクもある。主な3点を紹介しよう。

●学習環境の整備の負担

リスキリングを効果的に行うには、経営戦略・事業戦略に基づいた人材育成を進めていく必要がある。まずは、必要なスキルを明確にし、従業員にそのスキルを身につける場を提供するための学習環境を整備しなければいけない。実際にリスキリングの研修などを実施した際に、従業員の労働量や業務時間が増え、残業を強いることになっては元も子もない。

●社員のモチベーション維持

新たなスキルを身につけるには、相応のエネルギーとストレスが伴うものだ。当然、習得度にも個人差があり、途中で意欲がなくなってしまう従業員が現れる可能性もある。そうならないように、従業員にスキル習得のメリットを明示し、モチベーションを維持させることが大切だ。

また、習得できたとしても、実際の業務で活用する場面が少なければ従業員にとっては徒労に終わってしまい、士気が下がってしまう。そのため、継続的に取り組む場を与える必要もある。

●費用がかかる

研修の実施や参考書の購入などの費用以外にも、外部にリスキリングを依頼するケースでは、当然その分の委託料がかかる。また初期投資にかかるコストだけでなく、それを継続するためのコストも考慮しなければいけない。必要なスキル習得と、その効果を持続させるために、どの程度の費用がかかるのかを正しく把握しておきたい。

「リスキリング」導入の5つのステップ

実際に企業において、「リスキリング」の施策を導入するための5つのステップを説明していく

(1)人材像やスキルを定める

企業の方針や目標によって身につけるべきスキルは異なる。そのため、まずは自社の経営戦略や事業戦略に結びつく人材像とスキルを明確に定める必要がある。ここを可能な限り具体化することで、その後の進行がスムーズになる。

(2)理想と現実を整理する

次に、目指すべき理想と現実のギャップを見定める。理想に対して不足しているスキルを把握し、習得すべきスキルに優先順位をつけることが肝要だ。なお、従業員のスキルをデータベースに集約して分析することで、習得度を定量的に評価することができる。

(3)教育プログラムを作る

習得を目指すスキルが決まったら、従業員が効率よく身に付けることができそうなプログラムを考える。研修やオンライン講座、eラーニングなど実施方法は様々で、外部ベンダーに委託する方法もある。ただし、プログラムの構成や順番には留意が必要だ。いくら高品質のプログラムを用意しても、学ぶ順番を間違えれば、習得度は落ちてしまうからだ。

(4)従業員に取り組ませる

プログラムの準備ができたら、実際に従業員に取り組ませる。取り組みの最中には従業員と積極的にコミュニケーションを取り、プログラムに問題が無いかや個々の習得度のチェックをしていくと良い。従業員が課題や悩みを抱えている場合には、サポート体制を作るなど対策が必要だ。

(5)リスキリングしたことを実践で活用する

スキルを習得しただけでは意味がない。業務の中で新しいスキルを実践する場を与えることで、初めて効果が生まれる。また、実践したら必ず業務の振り返りと効果の検証を行おう。改善を繰り返すことで、スキルが磨かれていくからだ。

従業員の教育支援に向けた「リスキリング」実践のポイント

次に、従業員の教育支援に向けて「リスキリング」を実践するとなった際に、どんな点に重きを置いたら良いのかを紹介したい。

●社内の協力体制の整備

まずは、社内で協力してもらえるような体制を作っていく必要がある。社内の関係者は経営陣や管理職、従業員など、さまざまな層が想定される。「リスキリング」が今なぜ自社に必要なのかをロジックと情熱を持って語り掛け、多くの賛同者を得ていきたい。

●モチベーション維持の仕組み構築

繰り返しになるが、「リスキリング」の大きな課題は、スキルや知識の習得意欲が徐々に低下してしまうことだ。モチベーションを維持していかないと確かな成果をもたらすことはできない。そのためにも、“同じ目的意識を持った人同士で刺激しあう”、“インセンティブを用意する”、“「リスキング」を通じての成長を何らかの形で実感する”など、さまざまな仕掛けを講じていく必要がある。

●適した教育コンテンツの選定

会社として、どのような教育コンテンツを用意するかも、大きなポイントだ。その選択を誤ると効果が期待できなくなってしまう。なかには、「何が課題なのかを熟知しているのは自分たちだ」、「自社の実情に即したプログラムであるべきだ」という理由で、コンテンツの内製化にこだわるケースも見かける。社外の教育制度も大いに検討・利用する価値があるため、外部の専門家やベンダーに積極的にアドバイスを求めるのもいいだろう。

●スキルの可視化

「リスキリング」を実行するには、従業員が現在保有しているスキルと今後必要となるスキルを明確に把握しなくてはいけない。スキルのギャップがどこにあるかが分かるからだ。そのためにもスキルの可視化が必要となってくる。方法としては、スキルマップやスキルデータベースの構築を推奨したい。一部には、「日本企業はスキルの可視化が苦手である」という指摘もあるが、「リスキリング」の成否に掛かってくるといっても過言ではないだけに、壁を乗り越えてもらいたい。

●社内認知度の向上

欧米企業と比較すると、日本企業における「リスキリング」の認知度はまだまだ高くない。社内に向けて海外の先進的な事例を紹介したり、最新情報をこまめに発信し続けたりしていくことで認知度を高めていくことも重要になってくる。

●抵抗感のある社員への説得

「DX時代に生き残るためにもリスキリングを実践していこう」と呼びかけても、「今さら新たなスキルや知識を習得したくない」という社員は、必ずいるものである。「リスキリング」の必要性やメリットを明確に説いていくのはもちろん、社員一人ひとりのスキルを可視化し、新しい職務にはこんな可能性があると提示する。そうすることで、社員のモチベーションを引き出していくことができるだろう。

「リスキリング」における企業の事例紹介

AT&T、AmazonやWal-Martなど、海外では「リスキリング」の先進企業が数多い。近年は日本企業でも徐々に導入されつつあり、ここではその代表的な事例を5つ紹介しよう。

●富士通

富士通は、時田社長体制のもと、「ITカンパニーからDXカンパニーへ」を経営戦略として提唱している。2020年度の経営方針においても、成長投資の加速を発表。社会やお客様に新たな提供価値を創造していくとともに、自らがDX企業へと抜本的に変革していくために、今後5年間で5000億円から6000億円もの投資を行うという。会社および13万人もの社員の変革に向けた重要な施策として打ち出しているのが、「リスキリング」に対する取り組みだ。内部強化を図りたいという意向が窺える。

●日立製作所

日立製作所は、「デジタル対応力を持つ人材の強化」を重点課題の一つに掲げている。その一環として、社員に対して「リスキリング」を積極的に推奨している。特に、DXに関する基礎的な教育は重要なテーマと言える。さまざまなデジタルスキル向上のためのプログラムを開発しているのが、日立製作所グループの人材育成をトータルに担う日立アカデミーだ。2020年度には、「デジタルリテラシーエクササイズ」という名の基礎教育プログラムを日立製作所と連携して開発・提供した。エクササイズは、4つのステップから構成されており、DXの概念や課題発見のトレーニング、課題解決の手順、問題解決の実行などを段階的に学んでいく。これを日立製作所グループの全従業員16万人が受講することによって、DX人材を戦略的に育成していきたいと考えている。

●三井住友フィナンシャルグループ

三井住友フィナンシャルグループは、「人の三井」と形容され、人を重視する文化を築いてきた。そんな同社は2021年3月から「SMBCグループ全従業員向けデジタル変革プログラム」というデジタル研修を進め、グループの全従業員約5万人を対象にデジタル技術に対する意識向上の機会を設けている。同プログラムでは、社員一人ひとりが動画コンテンツを通じて、デジタル技術について学ぶ意味やデジタル環境がどう変化しているかを学ぶことができる。また、ワークショップを開催したり、外部の有識者を読んで勉強会を実施したりなど、「マインド」、「リテラシー」、「スキル」という段階ごとにプログラムを組んでいるのも特徴だ。

●旭化成

旭化成では、2022年12月から独自のeラーニングシステム「CLAP(Co-Learning Adventure Place)」を運用している。このシステムは外部のeラーニングコンテンツと連携し、従業員がいつでも、経営知識や語学、プログラミング、マーケティング、効率化スキルなど、社内外の約11,500の幅広い教育コンテンツを受講できる。また、DX推進の一環として、デジタルスキルなどの習得やカリキュラムの進度に応じて証明書を発行する「DXオープンバッジ制度」も実施し、自律的な学習を促している。

●KDDI

KDDIは、中期経営戦略においてDXを最注力領域と定め、「人財ファースト企業への変革」を掲げている。そのなかで、全社員のDXスキル向上とプロ人財化を目指し、2020年に「KDDI DX University」を設立した。このプログラムは、大学のようにDXに関する知識やスキルを体系立てて学習できるのが特徴で、業務に即活かせる実践的なカリキュラムを従業員に提供している。また同社は、2022年度から全従業員を対象とした「DX基礎スキル研修」も開始している。

まとめ

新しい事業やサービスが次々と生まれている変化の激しい時代にどう適応していくか。同じ仕事であっても必要とされるスキルが大きく変わってきている。そうした動きに拍車を掛けているのが、DXだ。「リスキリング」も、DXによってもたらされる変化に対応するためにと説かれることが多い。日本企業にとってみれば、DX推進と「リスキリング」はセットで進めるべきテーマなのかもしれない。いずれも、欧米との差があるだけに、海外の取り組みも参考にしながら、自社に合った進め方を講じてみてはいかがだろうか。

よくある質問

●「リスキリング」が注目される理由は?


デジタル化による企業のDX推進の加速、コロナ禍による従業員の働き方の変化に対応するため。また、リスキリング支援の強化などで政府からの推進が行われているため。

●「リスキリング」とリカレントの違いは?

「リスキリング」は、新規事業や業務のために、必要な知識やスキルを身に付けること。リカレントは、現在の業務をよりよくするために、学び直すことを指す。
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