かつて人は企業や組織でコストと見なされることが多かった。しかし、近年は人的資本という言葉に代表されるように価値あるアセット/キャピタルとの考え方が広まっている。この傾向を後押ししたのが、人事関連データを定量的に把握・分析・活用することを可能にしたHRテクノロジーと言えるだろう。

2018年12月には人事・組織のマネジメント標準規格「ISO 30414」がグローバルで公開され、2020年11月には米国証券取引委員会(SEC)が上場企業に対して人材マネジメントに関する情報開示を義務づけた。日本でも経済産業省の産業人材課の研究会で紹介されるなど、導入の動きが活発化されている。

これを受け今回、ISO 30414やHRテクノロジーとの関りが深い、慶應義塾大学大学院 特任教授 岩本氏、株式会社SP総研 代表取締役/人事ソリューション・エヴァンジェリスト 民岡氏、サムトータル・システムズ株式会社 マーケティングディレクター 古沢氏の3名を招き座談会を実施。ISO 30414の概要をはじめ、それぞれの視点からISO 30414が企業や人材マネジメントに与える影響、海外と日本企業の動きの比較、今後の展望などを語っていただいた。
岩本教授・民岡様・古沢様

「人的資本の開示」の流れが本格化

――まずは簡単に自己紹介をお願いします。

岩本氏:慶應義塾大学ビジネス・スクールで、産学連携で人材マネジメントなどを研究しています。2013年ごろからHRデータを活用した研究をしており、2015年4月にはHRテクノロジー企業とユーザー企業の経営者・人事担当者が参加するHRテクノロジー普及推進団体「HRテクノロジーコンソーシアム」の活動を始めました。現在はISO 30414リードコンサルタント/アセッサー認証を取得するなど、ISO 30414との関りが深くなっています。

民岡氏:2021年に株式会社SP総研を立ち上げ、人と仕事のマッチングに特化した活動を行っています。HRテクノロジーコンソーシアムにも2017年から参画し、「人的資本の開示」やISO 30414を日本に広める活動に携わっています。HRテクノロジーに深く関わるようになったのは、IBMに所属していた2016年からです。

古沢氏:東芝、IBMなどIT企業での経験を経て、サムトータル・システムズ株式会社に入社しました。サムトータルにて、約10年にわたり、ラーニングマネジメント、タレントマネジメント関連のHRテクノロジーに関するコンサルテーションに携わっています。また、外資系企業のマネージャー経験から、多くの人事や人材育成、人材教育にかかわってきました。

――岩本先生にISO 30414の概要をご説明いただければと思います。

岩本氏:ISO 30414は人的資本データの取得、測定、分析、報告に関するガイドラインです。労働力、ダイバーシティ、リーダーシップ、後継者計画、生産性、採用・異動・離職など11の領域で58のメトリック(測定基準)が設けられています。人的資本を内部及び外部にレポーティングするための国際規格です。

――ISO 30414が生まれた背景を教えてください。

岩本氏:2008年のリーマンショックにさかのぼります。当時、金融資本主義が非常にネガティブに捉えられました。投資家からは財務諸表だけでは投資の判断ができないとの声が高まり、非財務情報が注目されるようになりました。非財務情報のメインは人材です。人材情報を開示するための標準を作るべきだと、機関投資家から強い要望が上がったんですね。

これを受け、国際標準化機構(International Organization for Standardization)が人材マネジメントの国際規格を開発し、2018年12月にISO 30414が出版され世界中で注目されるに至ります。また、HRテクノロジーの発展で人材データの取得、測定、分析が容易になった点も見逃せません。ISO 30414は、HRテクノロジーのツールと切り離せないところがあるのです。
岩本教授
――グローバルではISO 30414とどのように向き合っているでしょうか。

岩本氏:人的資本開示の量と質が、業績や株価に相関するという論文が多く出されています。アメリカでは、証券取引委員会(SEC)が上場企業に対して人材マネジメントに関する情報開示を義務づけました。ISO 30414をベースに人的資本の開示の義務化が進んでいる状況です。ドイツではドイツ銀行とその子会社が決算資料と一緒にISO 30414の認証を取ったHRレポートを公表しています。

今後、こうした動きが活発化することはほぼ確実です。他方、日本企業にも格付け機関から人的資本の開示を要求される例などが出てきています。当然、ただ開示すればいいということではなく、いかに人材を正しくマネジメントしているかが問われます。もはや人的資本の開示は、人事にとどまらず経営の話となっているのです。会社を持続的に成長させるために人材をデータで理解し、経営に反映させることは必要不可欠と言えるでしょう。

日本でもISO 30414が浸透し始めている

――日本国内では、ISO 30414の認知は広まっているでしょうか。

岩本氏:表立ってISO 30414に取り組んでいるという企業はまだ少ないのが現状ですが、水面下では人的資本開示の動きは確実に広まっています。ISO 30414に関する講演が開かれると、一度に500人が集まることもあります。また、ISO 30414コンサルタントの資格は、国内では私を含めまだ7人しか持っていませんが、今年になって取得を希望する人が殺到しているとの情報も届いています。
民岡様
民岡氏:HRテクノロジーコンソーシアムでセミナーやワーキンググループを実施する時も、「人的資本の開示」やISO 30414がテーマになります。それはこちら側が無理に話を持っていくというよりは、自然の流れでそうなります。なぜなら、ISO 30414の根底に流れている人材を「価値あるアセット/キャピタル」と見なす考え方は、サステイナビリティー(「持続可能性」)やSDGs、ESGと相性が良いからです。特にここ2年、コロナ禍を一つの契機に働き方や人材に関する考え方は変えざるを得なくなりました。HRテクノロジーコンソーシアムが啓蒙しようとしていた思想と、世の中の流れが合致してきたと言えるかもしれません。

また、当社にはHRテクノロジーの最新トレンドを知りたいという要望が多く寄せられますが、その際に必然的にISO 30414が話題に上ります。ISO 30414を知らなかったというケースがまだまだ多いのが実情ですが、ほとんどの方が興味を持たれます。特に、人材マネジメントや組織運営と真摯に向き合っている人事のリーダーや経営陣には共感度が高い。知らなかったのが悔しい、知ったからには具体的に取り組んでいきたいという反応をされます。
古沢様
古沢氏:岩本先生と民岡さんのおっしゃっていることは、実感としてよくわかります。当社はWebでさまざまな情報を発信していますが、ISO 30414をテーマにするとアクセス数が非常に伸びます。HRテクノロジーも以前から人気ですが、ISO 30414に関してはそれ以上の関心があるようです。ただ、ISO 30414に準拠するための体制を一度に整えようとするのは少々無理があります。お客様では、まずはラーニングを中心に、コンプライアンス、DXなどを皮切りに徐々に適用範囲を広めていくという方向性が見えます。

民岡氏:ISO 30414を見据えて人事ソリューションを刷新しようとするケースもありますが、日本企業の伝統的な考え方や文化、風土に合わないところがあるのも事実です。その課題を解消しない限り、ISO 30414が広まらないと言いますか、人材マネジメントを根本的に変えるのは難しいと感じています。

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●「人的資本の開示」の流れが本格化
●日本でも「ISO 30414」が浸透し始めている
●人材マネジメントは、人の価値を「スキル」で表現することが前提となる
●本当の意味で「企業は人なり」と言うべき状態になった


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