近年、VUCAという言葉が当たり前になるくらいの勢いでビジネス環境が激変。そこに新型コロナウイルスなどの社会環境の変化が拍車をかけた。これに伴い、企業も変化を余儀なくされ、新たな価値、それを生み出す組織文化の醸成が求められている。そんな、かつて直面したことのない状況に多くの企業が試行錯誤をする中、現状を打破する鍵の一つになるとして、人類学に熱い視線が送られている。

本稿では、人類学的アプローチで多くの企業のプロジェクトを牽引している北陸先端科学技術大学院大学 比嘉 夏子氏と、エンゲージメントカルチャーの醸成やリーダーシップ開発を行うウィルソン・ラーニング ワールドワイド株式会社の小原 大樹氏との対談についてレポートする。人類学者は「文化」をどのような視点で捉えているのか、変化が起こる時、そこに何が起きているのか。また、人類学では対象にどのようなアプローチを行っているのか…。二人の対談は多岐に及んだ。


プロフィール


  • 比嘉 夏子 氏

    比嘉 夏子 氏
    北陸先端科学技術大学院大学 知識マネジメント領域助教 
    博士(人間・環境学)

    人類学を専門としポリネシア島嶼社会の経済実践や日常的相互行為について継続的なフィールドワークを行う他、企業等の各種リサーチや共同研究に参画。著書に『贈与とふるまいの人類学―トンガ王国の〈経済〉実践』(単著、京都大学学術出版会)『地道に取り組むイノベーション―人類学者と制度経済学者がみた現場』(共編著、ナカニシヤ出版)などがある。人類学的な調査手法と認識のプロセスを多様な現場に取り込むことで、よりきめ細かな他者理解の方法を模索し、多くの人々に拓かれた社会の実現を実践的に目指す。

  • 小原 大樹 氏

    小原 大樹 氏
    ウィルソン・ラーニング ワールドワイド株式会社
    L&D事業部 L&Dセールスグループ 執行役員

    営業組織の部門責任者と兼務で、2013年より「新しい学びのカタチ」プロジェクトを立ち上げ、異領域で先行する学びのスタイルやツールを企業内人材育成の文脈に乗せ換えるとどんな価値が生まれるのかを実験する活動を続けている。大手企業において、リーダーシップ開発研修や次世代リーダー育成プログラムを多く担当している。直近では、「エンゲージメントカルチャー」に関するプロジェクトのリーダーを務める。

文化は固定されたものではなく、変わり続けていくもの

WLW小原様
小原氏:ここ2〜3年、お客様との対話の中で組織文化が一つのキーワードとして頻出するようになりました。外部環境が大きく変わり、企業は組織を変えていかねばならないと強い危機感を持っています。エンゲージメントカルチャーなどを扱う私たちも改めて「文化」について捉え直さねばならないとの認識です。また、異なる分野の見方を学ぶことで、より組織文化への理解が深まるという期待もあり、独自の視点で文化を見つめる人類学の先生にお話をお伺いしたいと考えて今回の対談を企画しました。

比嘉氏:私たちが思っている以上に人類学という学問をビジネス界の方に注目していただき、興味深く、嬉しく思っています。

小原氏:比嘉先生は多くの企業と共同研究やプロジェクトを推進されていらっしゃいます。

比嘉氏:はい。商品開発や新規事業開発をはじめ、地域創生など分野を問わず、さまざまな企業や団体とご一緒させていただく機会が増えました。
小原氏:さっそくお聞きしますが、人類学者は文化をどのように捉えているでしょうか。企業や組織側の観点から言うと、ある集団で当たり前に起きる思考や行動の習慣やパターンと捉えることが多いと思います。はっきりこれと定義づけすることは難しいのですが、組織文化は、その集団の持つ行動様式と考えられるということだと思います。

比嘉氏:人類学でも文化の定義を明確に定めることは難しく、特に昨今の議論では、一つの固定されたものを文化だという見方はしません。文化は重層的で、変わり続けるダイナミックなものであり、その変化を見るのが人類学であるともいえます。組織文化も現場の中で変わりゆくものを捉えようとしているので、そこは共通しているのではないでしょうか。

トップダウンでもボトムアップでもない。文化を変えるために大切なこと

比嘉様A
小原氏:文化が固定されるものでなく変化し続けるというのはおっしゃる通りだと思います。その中で、私たちは、その組織の文化が良い状態になるように関わらせていただくのですが、人類学の視点では、文化を意図的に誰かが変えたり作ったりできると捉えているでしょうか。

比嘉氏:小さな営みが積み重なることで文化が形成されるので、その小さな積み重ねを変えれば、文化もおのずと変わりうるでしょう。ただし、これは長いスパンでの話で、今日アクションを起こしたら、来月に変わっているということはありません。そもそも一つの文化は何十年、何百年とかけて形成されるので、変えるにも同等の時間が必要になるでしょう。

トップダウンで一気に文化を変えようとしても、意図通りに変化せずに残る習慣などは必ず出てきます。ワンマンで強引に変えても、サステナブルではない。一時的な成功に過ぎません。ただ、ボトムアップならうまくいくかというとそうでもなく意思決定のハードルなどが存在します。大切なのはトップと現場がうまくすり合わされて、有機的に連携することです。

小原氏:マネジメント層がボトムアップで良くなろうとする取り組みを支援するような環境を作ることや、小さな現場の営みをきちんと見守っているということが結果として大きな変化を生み出しているということは実際に企業の中で起きていることだと思います。誰かが新たな文化を作るというよりは、トップも含めた社員一人ひとりのリーダーシップによる変化が既存の組織風土にうまく絡まって、新たなものを生み出していくようなイメージのほうが近いかもしれませんね。

そして、このような取り組みには、比嘉先生がおっしゃる通り、やはり一定の時間がかかる。一方で、実際のビジネス現場では、今は外部環境が激しく変化しているので、適合しなければならないことが短いスパンで起きています。

比嘉氏:変化することは大切ですが、あまりにも急いで目指してしまっていると感じます。徐々に変わるほうがリアリティを持ちますし、少しずつでも変えていこうという試みが大切です。小原さんから見て、変化できずに悩んでいる企業はあるのでしょうか。

この後、下記のトピックが続きます。
続きは、記事をダウンロードしてご覧ください。
●変えようとする現場を支える環境構築が、組織文化をうまく形成する条件
●組織文化の形成を邪魔する、悪しき習慣を変えていくためには
●いまビジネスパーソンが身に着けるべき人類学的なアプローチ方法とは
●対象を「ぼんやり眺める」ことで組織の「当たり前」をとらえなおす
●企業のトップが今こそ理解すべき「余白」の重要性とは


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