採用難、ビジネスのグローバル化、多様性豊かな組織作り……。現在の企業が抱えるさまざまな課題を解決するためには、誰もが心の中に持っている偏見や根拠のない思い込み=「アンコンシャス・バイアス」への対策が不可欠といえる。ここでは「アンコンシャス・バイアス」がどのようにして生まれ、どんな悪影響を組織に及ぼすのか、またどのようにして改善していくべきか、具体例とともに解説する。
「アンコンシャス・バイアス」の意味や事例とは? 職場で起きる具体例や対策も解説

「アンコンシャス・バイアス」とは

「アンコンシャス・バイアス(unconscious bias)」は、自分では気づかないまま心の中に持っている偏った見方・考え方、根拠のない思い込み、先入観・固定概念などを意味する言葉だ。「今どきの若い者は」や「やはり女性には無理な仕事だったか」といった発言の裏には、「アンコンシャス・バイアス」が存在すると考えていいだろう。

●「アンコンシャス・バイアス」がビジネスシーンで注目されている背景

女性管理職、外国籍の人材、非正規社員、短時間労働者、ノマドワーカー、高齢者の再雇用、LGBTQ+など、労働者の働き方や属性は多様化し、いわゆる“ダイバーシティ”が加速している。また近年多くの企業が取り組んでいる「SDGs(持続可能な開発目標)」の中にも、「ジェンダー平等」や「不平等の撤廃」が目標として掲げられている。

円滑なダイバーシティを実現し、差別・格差・不平等を撤廃するために、対処しなくてはならないのが「アンコンシャス・バイアス」だ。

たとえば女性社員による“お茶くみ”や、部下への“飲みニュケーション”の強要などは「うちの職場は考えが古い」と笑い話にされたり、企業によっては問題視されることすらなく放置されたりしている。だが、何気ない一言の中に含まれる偏見、固定概念に基づいた意思決定、さまざまな慣習の裏にある「アンコンシャス・バイアス」は、人間関係や従業員のモチベーションを悪化させ、組織としての生産性を低下させる恐れがある。こうした弊害を防止するためにも、「アンコンシャス・バイアス」への対処が重要視されるようになっているのである。

●「アンコンシャス・バイアス」は、こうして起きる

「アンコンシャス・バイアス」は、さまざまな要因によって生み出される。まずはエゴイズムだ。自分の立場を守りたい、自分の価値観・考え方・やり方を正当化したい、否定されたくない、自分を良く見せたい……。そんな自己防衛心と保身の姿勢、新たな価値観や環境の変化を認めたくないという思いが「アンコンシャス・バイアス」へとつながる。

慣習・常識への固執も、大きな問題となる。長らく“当たり前”だったことでも、時代が進むにつれて“非常識”となることもある。その変化に気づかず、あるいは変化を認めようとせず、現代に相応しくない言葉を発し、行動を取ってしまうことで、組織の中で浮いてしまったり非難されたりすることになるのだ。

また、人にはそれぞれ“触れられたくないこと”や“劣等感”、特有の“こだわり”がある。そうした部分を刺激されたり否定されたりすると、冷静な思考・判断ができなくなり、思わず「アンコンシャス・バイアス」に満ちた言動を見せてしまうことがある。

おさえておきたい「アンコンシャス・バイアス」の事例

「アンコンシャス・バイアス」は、いくつかのタイプに分けられる。代表例が、以下のようなものだ。

●正常性バイアス

危機的な状況に陥っても、自分に都合の悪い情報やデータを無視・過小評価して「自分は大丈夫」、「うちの会社には関係ない」、「ただの偶然だ」などと思い込むことである。目の前にある重要な問題への対処が遅れてしまうという危険性をはらむ姿勢だ。

●集団同調性バイアス

「みんなが言っている」、「うちの会社ではこうしている」など、所属する集団内での常識や主流となっている考え方に同調すること、また周囲にも同調するよう強いることである。悪しき慣習やコンプライアンス違反に対し、意見する者がいなくなる恐れがある。

●ステレオタイプバイアス

性別、年齢、国籍、職業といった属性に対する先入観や固定概念を指す。「長距離ドライバーは男性の仕事」、「外国人は自己主張が強くてマイペース」、「ゆとり世代は指示待ち人間」など、根拠のない思い込みや狭い範囲から得た知識をもとに決めつけてしまう姿勢のことといえる。人間の多様性や可能性を否定しているわけで、企業においては、採用・配属、従業員個々のパフォーマンスなど、広い範囲に問題を及ぼすことになるだろう。

●確証バイアス

自分の意見や信念、価値観、仮説などの正しさを証明する情報のみ集め、反証となるデータや反対意見は無視・排除する姿勢のことである。客観的・科学的な判断を否定することになり、意思決定において重大な過ちを犯してしまう危険性がある。

●ハロー効果

ある人物・事象を評価する際、目立つポイントだけを注視して偏った判断をしてしまう姿勢である。例えば、「学生時代の部活が自分と同じなので、いい人物に違いない」といった考え方が相当する。本質を見ず人物・事象を評価することになり、採用・配属時のミスマッチなどを引き起こす。

職場内で見られる「アンコンシャス・バイアス」の具体例

近年、政治家・著名人の失言をきっかけとして性差別や偏見が注目されるケースが増えている。だが「アンコンシャス・バイアス」は、もっと身近な場所に蔓延しているといっていいだろう。たとえば企業内では、以下のような形で「アンコンシャス・バイアス」が表出することになる。

●職場における「アンコンシャス・バイアス」

「お茶くみは女性の仕事」、「女性は結婚・出産を契機に退職する」、「男性は稼いで女性は家庭を守る」、「男性が育児休暇を取るなどもってのほか」など、男女の役割を固定して考えている者は多い。

「若手は雑用から」、「今どきの若者には根性がない」、「ゆとり世代はプライドが高い」、「昭和生まれの社員は考えが古くて融通が利かない」、「年配の社員はパソコンを使いこなせない」など、年齢や世代に対する思い込みも根強い。

また、「障がい者に難しい仕事は任せられない」、「大企業からの転職者なのでキッチリとした仕事ができるはず」、「LGBTQ+の人たちは何を考えているかわからない」、「彼は血液型がA型なので神経質だ」など、相手の属性から能力や特性を決めつけてしまうこともある。

「自分の意見や立場を守ろうとして相手の話を遮ったり無視したりする」、「“普通、こうするでしょう”と自身の価値観を押しつける」など、一方的な態度で周囲と接する者も存在する。

●人事評価における「アンコンシャス・バイアス」

偏見に基づいて相手を判断・評価する人も存在する。「残業や休日出勤の多い者を“仕事に熱心”と評価する」、「アフター5の飲み会に付き合わない者は職場に不満があるのではと考える」、「気に入った部下が失敗しても問題視しない」などだ。

●採用における「アンコンシャス・バイアス」

「体育会系なので根は真面目」、「女性は営業職や管理職に向かない」、「介護や育児と仕事の両立は難しい」、「前に勤めていたのが中小企業なのでたいして期待できない」など、相手の出自・現状などから能力や性格を断定し、採用・非採用が決められてしまうケースがある。

「アンコンシャス・バイアス」が企業や従業員にもたらす悪影響とは

採用、ビジネスの現場、人事評価などの各シーンにおいて、さまざまな意思決定に「アンコンシャス・バイアス」は反映されてしまう。結果として、望ましくない人材の採用・配置・昇進や職場の雰囲気悪化など、多くの影響を及ぼすことになる。

●個人やチームに対する影響

マネージャーが「アンコンシャス・バイアス」を持って部下に接すると、社員のストレス増大とモチベーション低下、上司・部下間の関係悪化などが生じる。仕事のアサインに偏見・差別が混じれば、優秀な人材の成長機会が奪われ、昇進も遅れるといった事態が起こりうるだろう。

また意思決定の際に、管理職が「多数派こそ正しい」と思い込んで少数派を無視したり、逆に自分の考えに固執して周囲の意見を軽視したりすることで、チームとしてのモチベーションも下がることになる。

●組織に対する影響

部門のリーダーや経営層の意思決定が「アンコンシャス・バイアス」によって左右されることの影響は、さらに深刻だ。企業全体としてモチベーションが下がり、生産性も低下するだろう。

採用や評価といった人事領域が「アンコンシャス・バイアス」に支配されると、優秀な人材を獲得できないばかりか、「採用されるのは同じようなタイプの人材ばかり」、「昇進するのも同じタイプ」といった弊害が起きる。

「アンコンシャス・バイアス」を放置することで、偏見や差別が組織風土として定着してしまい、企業イメージの悪化を招くだろう。最悪の場合はハラスメント訴訟にまで発展し、ブラック企業とのレッテルを貼られてしまう可能性も大だ。

●ビジネスチャンスの損失

斬新なアイディアが生まれる背景には、企業内における価値観の多様性がある。イノベーションやビジネスのグローバル化を進めるうえで、多様な人材は何より大切だ。「アンコンシャス・バイアス」によって人材タイプが同一化すると、企業として拡大・成長することは困難となるだろう。

またビジネスパートナーを選択する際に、「社長が20代というのは問題だ」、「歴史のある企業だから心配ない」といった偏見、排他的な考え方、思い込みを持っていると、貴重なビジネスチャンスを失う可能性もある。

企業や従業員ができる「アンコンシャス・バイアス」をなくすための対策とは

数多くの弊害をもたらす「アンコンシャス・バイアス」は、企業内からなくさなければならない。近年は、その方策が研究され、組織的な対策を進める企業も増えている。

●個人およびチームとしての取り組み

「自分は公平・平等に周囲を見ている」と思っている人は多いだろうが、そういう人でも無意識に偏見を抱いているからこそ「アンコンシャス・バイアス」という概念が注目されているといえる。よって、まずは自分の中に“無意識の偏見”が存在することを認めるのが第一のステップとなる。

そのうえで、「自身が抱いている偏見と向き合う」、「これまで社会や社内で常識とされてきたことを無条件に受け入れるのではなく疑問を抱く」、「自分の周囲にも偏見を抱いている人がいると認識する」、「言動を改善する」など、少しずつ「アンコンシャス・バイアス」の払拭に努めたい。

また「アンコンシャス・バイアス」は、表面的な理解だけでは不十分な成果しか出せず、一個人が職場全体の悪しき慣習を改善することも難しい。いま部内や課内でどんな「アンコンシャス・バイアス」が問題となっているのか、具体的な事例に即した形で、チームとしての取り組みも進めたいところである。

●企業としての取り組み

「アンコンシャス・バイアス」の大きな問題は、自分自身では偏見に気づきにくいことにある。まずは経営層や人事部が「アンコンシャス・バイアス」の弊害を認識し、アンコンシャス・バイアス研修やダイバーシティ研修を積極的に導入したい。多様性のあるチームを作り、実践を通じて改善に取り組む手もある。採用に「アンコンシャス・バイアス」が影響していないかの分析と、その改善も重要となるだろう。
偏見や思い込みを徹底排除できれば、採用率の改善、離職率の低下、多様な人材の確保、広範な社員のパフォーマンス向上、生産性向上、ハラスメントの防止、企業としてのイメージアップなど、多くのメリットを享受できるはずである。労働人口減少にともなって人材獲得競争が激化し、さらにはビジネスのグローバル化と多様性あふれる組織作りが当然となった今。「アンコンシャス・バイアス」の排除は、企業マネジメントにおける必須要件といえるものである。
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