日本人の生産性を高めるには、評価が肝要だ

稲垣:ワーク・ライフバランス社の考える、日本のあるべき姿はどういう状況ですか?

大塚:私たちは、数字などの目標を持たないようにしています。そのKPIを達成することが目的になってしまうからです。ただ、「いつかワーク・ライフバランスという言葉や私達のようなコンサルティングの仕事がなくなる日がくることを目指そう」という思いは唯一持っています。

稲垣:日本はその状態に向かって進歩していますか?

大塚:2006年の時と比べて進歩していますかと問われたら確実に進歩はしています。例えば労働時間についても、2006年当時は36協定を結んだとしても天井がなかった時代ですから。協定の意味があるかどうかもわからないなかで労働時間の上限というキャップをつける議論が生まれた。それは労働時間という概念を皆さんが意識するきっかけになったはずです。2006年にはまだお問い合わせの内容が、「子どもができたので仕事を続けていいか迷っています」っていうお悩みが結構多かったんですよ。どちらかというと育児と仕事をどう両立させて、仕事を続けさせるかが企業の課題でした。従業員側も続けていいのだろうかっていう悩みを誰かに相談したいっていうフェーズですね。

それが今は仕事を続けるのは当たり前。企業側もそうですし、従業員側も復帰っていう考えが当たり前なんです。ただ「復帰したあとにどういうふうに働いたらお役に立てるんでしょうか」とか、「せっかく復帰してもらった人達に、持っている能力を最大限に活かして成果を上げてもらうにはどんなサポートが必要なんでしょうか」というお悩みが2006年の頃に比べて増えてきました。なのでお悩みの質が変わってきているなというのは現場から伺う声としてもありますね。
ただ進んでない部分があるとすると、リーダー層の割合です。例えば役員とか部長、事業部長までいく人というところになってくると、少しやっぱり時間がかかることではあるので、物足りない数字だと思われるかもしれないですね。

稲垣:なぜそこは進まないのでしょうか。

大塚:まず、役員や管理職に引き上げる母数が足りません。その本質的な課題は恐らく評価だと思います。どういう人材を評価するのか、どういう働き方を評価するのか、何を成果とし、その成果をどう評価していくのか。その評価のマネジメントや、評価者トレーニングといったところが後手に回っている部分は大きいと思います。今ワーク・ライフバランスコンサルティングのご依頼をいただく先進的な企業は、評価のご相談をいただくことが多いですね。

稲垣:そうですね、日本の評価システムは本丸だと思います。長く働くことが一つの成果になっている。残念ながら日本の生産性は低いですね。

大塚:ここは実は今回コロナ禍で非常に明るみに出た部分だったかなと思っています。ワーク・ライフバランスの真髄って、ワークに一辺倒になると、その軸が折れたときにすべてを失ってしまうことになるから、ライフでもいろんな軸を持つことが大切ですよ、というところなんです。仕事にも私生活にも軸があることで人生としてのバランスがとれる。ワークがうまくいかない時はライフに支えてもらえばいいし、ライフがうまくいかない時はワークが支えになってくれることさえあるでしょうね。ライフだけ充実していても支えとしては心もとないわけです。なのでワークとライフをシナジーさせて相乗効果を生み出していこうねっていう概念をずっと15年間提唱してきています。バランスっていうよりはシナジーっていう言葉がフィットすると考えているんですね。特に日本人は仕事が大好きな方、仕事に熱意のある方が多いので、仕事にもライフが相乗効果をもたらしてくれるよっていう言い方をすると、初めて「納得できた」とか、「気持ちよく受け取れた」なんていうふうに言ってくださったりします。

稲垣:このコロナ禍で日本人の仕事の仕方は変化しましたか?

大塚:最近、当社が開発した「朝メール.com」へのお問合せが急増しているんです。朝、仕事を始める前に一日の予定を、業務内容・所要時間と合わせて組み立てて、チームや社内に共有するんですね。そして、夜、仕事を終える前に予定通りに進んだかどうか、進まなかった場合は何が原因だったのかを振り返る。非常にシンプルなツールなのですが、なんと、コロナ禍前後で7倍もお問合せが増えました。なぜだろう、と思ってお客様にヒアリングさせていただくと「今までは部下が目の前で仕事をしていたので、何をしているのか、何に悩んでいるのかなどがよくわかった。でも、リモートワークになった今、どこで何をしているかなど様子がまったく見えなくなって不安で……」という声を管理職の方々からいただきました。また、現場の皆さんからは「リモートワークで誰も見ていない、と思ったら、だらだら仕事をしてしまって……」「むしろ残業が増えてしまって……」なんていうお悩みをうかがいました。

つまり、管理職も社員も、自分たちの時間の使い方や仕事の進め方についてこれまでの方法ではダメだということはわかっているのだけれど、何からどう変えたらいいかがわからない。そのヒントをつかむために「朝メール.com」に関心を寄せてくださっているんですよね。「朝メール.com」を使っただけで時間自律性が増して、残業が2割減った、なんていう嬉しい感想もいただいています。時間は1日24時間、これは総理大臣でも生まれたての赤ちゃんでも等しい資産なわけです。この24時間を何にどう使うのか、ということを考えて、組み立てていくことが、これからの求められるスキルになってきますし、評価のポイントにもなってくるように感じていますね。

小さな成功体験の積み重ねが、組織活性化に

稲垣:生産性を高めたという成功体験も必要ですね。

大塚:本当にその通りで、長く働くことが正解だった時代から、今は正解が変わっているわけです。ただ、18時に仕事を終えることを目標としているある会社の方が「毎日1時間早く帰れるようになったんだけれど、たかが21時の退社が20時になっただけで、まだまだだ」とおっしゃっていました。いやいや、1時間早く帰れるということはすごい成功体験ですよとお話をすると、「そうか、これは成功体験だったんだ、じゃあ明日は19時に帰れるように頑張ろう」という気持ちになれるわけで、そこが大きなポイントだと思います。

稲垣:確かに。日本人はペシミスト(悲観主義)なんですね。

大塚:そうです。減点主義です。5分でも変われたことがすごいし、やってみたことが素晴らしいし、それが明日につながりますねっていうのを組織の外から結構“能天気”に私たちがお伝えし続けると、組織には刺激になりますよね。
稲垣:日本は変われますでしょうか。

大塚:変わらないと国が沈むのではないかと思います。しかし今の中学生・高校生を見ていますと、未来を見ているなと思いますし、自分が当事者であるっていう意識を持ちながら日々勉強したり活動したりしているなと思います。私はそこにはすごく希望を持っていますね。

稲垣:中高生は、当事者であるという意識を持っていますか。

大塚:私もそうですがバブル時代を経験していないので、日本が上り調子だった時期を知らないんですよね。私たちより10歳ぐらい上の先輩達のイケイケドンドン、いつかなんとかなるよみたいな楽観的なムードにはどうしてもなれないところがあるので、結構自分で考えていかなきゃいけないんだなというところが、我々世代にまず強くあります。そんな世代の親に育てられているのが今の若い世代ですので「自分のことは自分で守らなきゃ」とか、「自分自身で道を切り開いていかないと、待っていても誰か助けてくれるなどはありえない」みたいな、そういったマインドの学生さんがすごく増えていますね。当社のインターンの門を叩いてくる大学生の皆さんも同じような感覚です。「組織、大企業に入ったからずっと安泰っていうこともありえないですよね。そんなこと僕らは分かっているんです」っていう前提で、自分の人生は自分で切り開かないといけないと考えていると思うと、まだまだ日本の未来は捨てたもんじゃないんだろうなって強く思いますね。

稲垣:我々世代も、まだまだ自分に新しい考えを取り入れて勉強していかないといけませんね。

大塚:最近「リカレント教育」というキーワードも出ていますけれども、寿命が延びていく世界では、定年という概念すら薄れてきています。社会としても少子化が進んでいますから、高齢者も様々な形で社会への貢献が求められます。体力のある人は80歳くらいまで働いてくださいね、という時代がやってくるかもしれません。そうなると、20代〜80代が社会人生活になるわけですから、60年間もあるんです。当然、ビジネス環境も変化しますから何度か学び直さないといけないと思うんですよね。20代のころに卒業した学歴や経験を鼻にかけて何かをするのではなくて、今何を学んでいますかということが今後のダイバーシティの要素のひとつになっていくかなって思ったりしていますね。

対談を終えて

大塚さんは、とても自然体で素敵な方だった。まさにワークとライフのバランスが取れていて、お互いがシナジーを生む充実した時間を過ごされているんだと感じた。最後に子育ての先輩として、その秘訣を聞いたところ、「親が楽しむこと」とおっしゃられた。仕事も含めて人生全体を楽しむ。確かにその背中を子供たちは見ているんだと思う。ただしそこには24時間という、みんなに平等で増やすことのできない資産があって、その資産をどう使うかが「ワーク・ライフバランス」のカギなんだろうと思う。
取材協力:大塚万紀子さん
株式会社ワーク・ライフバランス パートナーコンサルタント、金沢工業大学大学院客員教授、一般財団法人 生涯学習開発財団 認定コーチ。創業メンバーとして、現場の働き方にそった細やかかつダイナミックなコンサルティングを提供し続けている。自らのマネジメントスタイルを変革してきた過去の経験や、高度なコーチングスキル、コミュニケーションスキルを活かしてさまざまな働き方改革を効果的に遂行。二児の母として、管理職ながら自らも短時間勤務を実践。社会の課題解決に向けた創業支援や、若年層・子どもが自分の可能性を信じてチャレンジし続けられる社会の醸成に向けても精力的に活動中。プライベートでは、MBTI認定ユーザーとして、心理学的側面から心の機能について研究を重ね、ワークショップなどを開催している。
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