多くの人とコミュニケーションを取る必要があるビジネスパーソンは、円滑な人間関係の構築のために怒りの感情をコントロールする必要がある。そこで注目されているのが「アンガーマネジメント」だ。怒りの感情は、その感情を持つ本人と感情を向けられた相手、そしてその場に居合わせた人すべてにストレスを与えてしまう。ダイバーシティの推進により、多様な人材が一つのチームで仕事をする機会が増えている今、どのような人とも円滑な関係を築けるようアンガーマネジメントを習得しておきたい。パワーハラスメントのない環境づくりにも役立つ、「アンガーマネジメント」とは何かを解説する。
「アンガーマネジメント」の意味とは? 企業や従業員への効果、方法などを解説

「アンガーマネジメント」の意味や必要性とは

「アンガーマネジメント」とは怒りの感情とうまく付き合い、感情をコントロールするための心理トレーニングを指す言葉だ。アンガーマネジメントでは、「怒らない方法」を学ぶのではなく、自分の怒りの感情と向き合い、理解し、適切に表現できるようトレーニングを行う。

そもそもアンガーマネジメントは、犯罪者の矯正を目的として1970年代のアメリカで生まれたとされている。現在ではその手法が一般化され、アスリートのメンタルトレーニングや青少年教育、企業研修などに用いられている。

●怒りの感情のメカニズム

自分の怒りの感情と向き合うためには、なぜ怒りの感情が生まれるのかを理解する必要がある。

怒りの感情は2次感情である。怒りの感情が表出する前に、人は1次感情である「辛い、悲しい、苦しい、不安」といったマイナス感情を抱えている。これらのマイナス感情が大きくなり許容範囲を超えたとき、初めて怒りの感情が生まれるのだ。

1つのコップが心の中にあるさまを思い描いてみてほしい。コップの中には、日々生まれるマイナス感情が溜まっていく。その感情がコップからあふれ出たとき、それらの感情が「怒り」となって表出してしまうのだ。

●現代のビジネスパーソンに「アンガーマネジメント」が求められている背景

怒りは誰しもが持つ感情だ。近年のビジネスパーソンにはこれをコントロールするスキルが求められている。怒りの感情はときにパワハラにつながり、ストレスによる生産性の低下を招いてしまう。そのため、各々が怒りの感情をそのまま表に出すような環境は望ましくない。

「アンガーマネジメント」を従業員それぞれが身につけることで、社内のパワーハラスメントの防止、定着率の向上、人間関係の円滑化と生産性の向上が期待できる。社内の環境を良好なものにし、採用した人材の離職を防止できるとして、多くの企業がアンガーマネジメントに注目しているのだ。

そもそも「怒り」にはどのような種類やタイプがあるのか

怒りという感情には複数の種類とタイプがある。自分はどのようなときに怒りを感じやすいのか、怒りの種類やタイプを見て振り返ってみよう。

●怒りの種類

(1)長期間持続する怒り
過去から今までの長い期間、思い出すたびに怒りの感情を生んでしまう怒りがある。過去のことにいつまでも苦しめられてしまう怒りの種類だ。怒りの感情が憎しみや恨みにつながってしまうこともある。

(2)強く感じる怒り
怒っていることが周囲に明らかにわかるほど強い怒りがある。感情のまま怒鳴ってしまったり、怒りの感情が長時間引かずいつまでも攻撃してしまったりする怒りのタイプがこれにあたる。強度の高い怒りの感情は、パワハラにつながってしまうこともあるため注意しなければならない。

(3)頻繁に起こる怒り
日常の些細なことに怒りを感じてしまい、一日に何度も繰り返す怒りがこれにあたる。頻繁に怒りの感情をあらわにする人は、周囲から「常に機嫌が悪く近寄りがたい」と思われてしまうだろう。

(4)攻撃性のある怒り
人やモノにあたるような怒りもある。人をたたいてしまう、モノを投げてしまう怒りは、人間関係に亀裂を生む。また、攻撃性が自分自身に向かい、強い自責の念から自傷行為に走ってしまうケースもある。

●怒りのタイプ

(1)公明正大
ルールを守らない人に対して怒りを感じやすい人がこのタイプに分類される。自分の中にある信念を大切にしており、正義感や道徳心を強く持っているという特徴を持つ。自分の中の正義や道徳に反する人を見ると、怒りの感情を抱き、その権利の有無にかかわらず他人をジャッジしようとする傾向にある。

(2)博学多才
いわゆる「完璧主義」の人が陥りやすい怒りのタイプ。向上心があり、困難にも立ち向かう前向きさとパワーを持つ。その分、自分だけでなく他人にも厳しく、自分と考え方が異なる人や、何事も適当にあしらおうとする人に対して怒りを感じやすい。

(3)威風堂々
リーダー的素質を持つ、自分に自信がある人、プライドの高い人が「プライドを傷つけられた」と感じた際に怒りを感じやすい人はこのタイプにあたる。プライドが高い分、周囲の目を気にしており、低く評価されたと感じたときや物事が自分の思い通りに進まなかったときに怒りを感じやすい。

(4)天真爛漫
自分に正直で意思や感情を素直に人に伝えられ、行動力もある人は、意思表示がはっきりできない人に対して怒りを感じやすい。また、自分の意思を自由に表現できない場に行くとストレスやイライラを感じやすくなる。

(5)外柔内剛
いつも笑顔で人当りもいいけれど、実は頑固で自分の意見や意思を曲げられない人は、自分の価値観にそぐわない人に対して怒りを感じる。怒りを相手に伝えられず、イライラを我慢してストレスをためやすいという特徴も持つ。自分の信条に反する仕事をするとき、自分のルールから外れる出来事に遭遇したときにストレスを感じやすい。

(6)用心堅固
慎重で他人に対して警戒心が強いため、周囲に頼ることが苦手で、自分一人で抱え込みすぎてストレスを感じてしまう人がこれにあたる。警戒心が強いため、他人が急に心理的な距離感を縮めようとするとストレスを感じてしまうことがある。また、自分や他人を自分の価値観でラベリングし、他人に対して劣等感を抱き、妬みの感情となって怒りを感じることもある。

「アンガーマネジメント」の企業や従業員への効果

「アンガーマネジメント」の実践によって、企業や従業員には次のような効果が現れるだろう。

●ストレスの緩和

怒りの感情をコントロールできるようになると、怒りの感情によって生まれるストレスを緩和できる。怒りの感情は、怒りを向けられた相手だけでなく、自分自身に対しても強いストレスを与えるものだ。

あとに冷静になって、怒りの感情を表出した自分に後悔して余計にストレスをため込んでしまうこともある。「なぜ自分は怒っているのか」を客観的に見て理解し、素直に受け入れ、感情的になることを避けられるようになれば、怒りの感情によるストレスを軽減できるだろう。

●組織内のコミュニケーション活性化

組織内で誰かが怒ると、怒られた人だけでなくその状況を見聞きしている周囲まで委縮しストレスを感じてしまう。「また誰かが怒られるかもしれない」と考え、怒りやすい人に対してコミュニケーションを取りづらくなるだろう。

「アンガーマネジメント」を実践できれば、萎縮せず誰に対しても意見を伝えやすい環境を構築しやすくなる。不機嫌な人、イライラしている人がいなくなるだけで、社内の雰囲気が良くなりコミュニケーションも活性化されるのだ。

●パワハラ防止

上司が部下に対して強い怒りを感じ、表出させると、それがパワハラにつながってしまうことがある。パワハラはされている本人のみならず、それを見ている周囲にも悪影響を及ぼすものだ。

特定の部下に対して怒りを感じやすい、些細なことでイライラして怒ってしまう人も、「アンガーマネジメント」を身につけることで「パワハラにならない指導」を行えるようになる。

●感情のコントロール

「アンガーマネジメント」研修を通して、なぜ怒りの感情を抱くのか、その原因を特定して対策を行えるようになる。怒りの感情をそのまま表出させるのではなく、怒った事実を受け入れて「では何をすればいいのか」と次の段階を考えられるようになるのだ。

自分自身で感情をコントロールできれば、他人との軋轢も生じなくなり、感情のムラもなくなっていく。これにより、一定の生産性を保って業務を遂行できるようになるだろう。

●相手に許容されやすいコミュニケーションが取れる

怒りの感情を向けられた相手は、それがいくら正しいことであっても「怒られてしまった」という感情から素直に意見を受け入れづらくなる。

「アンガーマネジメント」によって自分の気持ちや相手にしてほしいことを適切に伝えられるようになると、相手に自分の気持ちや意見を受け入れてもらいやすくなる。部下への指導や顧客との交渉時にも、スムーズに意見交換を行えるようになるだろう。

●多様な価値観を受容できる

誰もが自分自身の価値観を持っており、それを大切にしている。価値観が異なる人に対して怒りを抱きやすい人も、「アンガーマネジメント」への理解を通して「人それぞれに価値観がある」ことを理解できるようになる。

他人の価値観を完全に理解することはできなくとも、「多様な価値観がある」ことを認められるようになれば、異なる価値観に対して怒りを抱くこともなくなるだろう。「こういう価値観もあるのか」と認められるだけで、怒らず冷静にコミュニケーションを図れるようになる。

すぐに実践できる「アンガーマネジメント」の方法

ここからは、今すぐに取り組める「アンガーマネジメント」の方法を紹介する。怒りを感じたときに実践してみよう。

●6秒我慢する

怒りの感情のピークは6秒間といわれている。瞬間的に大きな怒りの感情が沸き起こっても、6秒間我慢すれば怒りの感情が消え冷静になれるのだ。

これを利用して「怒りを感じたら1から6までカウントする」「深呼吸をして意識を体に向ける」などの方法で怒りのピークの6秒間を乗り切ろう。

●自分の価値観を広げる

相手に対して怒りを感じるとき、その相手に何かを求めている場合が多い。自分の価値観に合わせてほしいのに相手がそれに合わせてくれない、理解してくれない、自分に従ってほしいなど、相手に対する自分の価値観の押し付けになっていないだろうか。

相手に自分なりの完璧を求めるのではなく、相手の価値観を認め許容できる部分を見つけられるように意識してみよう。

●自分のできることに集中する

いくら努力しても自分でコントロールできない問題にまで、人は怒りの感情を抱いてしまうものだ。例えば、電車のダイヤの乱れによって出社が遅れそうなとき、電車のダイヤを一個人が変えることはできないのにも関わらずつい怒ってしまう。このような経験をした人は多いだろう。

自分でどうにもできない問題に対して怒りを感じても、心身ともに疲れてしまうだけだ。「今、自分は何ができるのか」、自分の行動に意識を集中することで建設的な思考・行動をとれるようになる。

●今いる場所から離れる

強い怒りを感じたとき、攻撃的な怒りを感じたときはとにかくその場から離れてみよう。相手に怒鳴ったり手を出してしまったりしてしまう前に、冷静になるまで別の場所で過ごせば怒りを抑えられる。

●切り替えたり、受け流したりする

相手に自分の伝えたいことが伝わらないとき、あるいは批判されたと感じたときにはイライラするのではなく「気持ちを切り替える」「いったん受け流す」ように意識しよう。

「週末はちょっと遠出しよう」と楽しいことを思い浮かべるだけでも気持ちを切り替えられる。批判された際には、事実のみを受け止めて、それ以外は聞き流すようにすれば怒りを感じることもなくなるだろう。
毎日上司の怒号が聞こえる職場や、多くの人が怒られることに敏感になり萎縮している組織では、活躍できる人材が限られるだろう。「アンガーマネジメント」はパワハラを防止し、社内コミュニケーションの活性化に役立つ。実践にあたって自分が抱きやすい怒りの種類やタイプを知り、適切な対策を取れるようになれば、従業員本人のストレスも緩和されていく。従業員それぞれが生き生きと働ける環境づくりに資する「アンガーマネジメント」。生産性の向上や定着にもつながるため、さっそく職場で実践したり、研修を導入したりしてみてはいかがだろうか。
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