心身ともに健康で、かつ社会的にも満たされた状態であることを表す概念の「ウェルビーイング(Well-being)」。その考え方は、健康的な生活や充実した人生を実現するために必要というだけでなく、企業経営にとっても欠かせないものとして世界的に注目を集めている。ここでは「ウェルビーイング」について、その意味や経営面での意義、具体的な取り組み例などを解説する。

「ウェルビーイング」の意味と注目されている背景とは?

「ウェルビーイング(Well-being)」は、直訳すれば「幸福」ということになるが、1つの概念として注目されるようになったのは、1948年に発効した世界保健機関(WHO)憲章の前文が契機だった。

いわく「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態(Well-being)にあることをいいます(日本WHO協会による訳)」。

これ以降、「ウェルビーイング」という言葉は、単に「幸福」という意味を超える概念として世界中に広まった。そして現在では、以下のような理由から企業経営との関りが注目を集めているのである。

●人手不足とビジネスのグローバル化

少子高齢化による人手不足、終身雇用の崩壊と転職の一般化、さらにビジネスのグローバル化が進んだことで、世界的に優秀な人材の“奪い合い”が発生している。

激化する採用競争を勝ち抜き、また離職を防止するためには、もはや待遇面の優位性を打ち出すだけでは不十分。従業員とその家族が「満たされた状態」になれるよう努力している姿勢を示すことが、企業としての魅力を高め、人材確保につながる状況となっているのである。

●価値観の多様化

企業には、国籍や文化的な背景がそれぞれ異なり、価値観も多様な人たちを受け入れて、存分に能力を発揮してもらい、豊かなワーク・ライフ・バランスを実現してもらうことが求められている。多彩な雇用形態、個々の従業員にマッチした働き方などに配慮し、まさしく「満たされた状態」で仕事にあたってもらう、という経営姿勢が必須のものとなっているのだ。

●働き方改革の推進とテレワークの普及

働き方改革とは、大雑把にいえば「総労働時間を削減しつつ、生産性を高める」ことを企業に求めるものだ。相反する課題を解決するためには、従業員を「満たされた状態」に置き、高いクリエイティビティを発揮してもらうことがカギとなる。「ウェルビーイング」への注力が働き方改革の成否を左右するわけである。

また新型コロナウイルス感染症の拡大によって、テレワークが急速に普及した。この新しい働き方の中でストレスを感じる者、自宅で過ごす時間が増えたことで自分自身や家族の幸福についてあらためて考えるようになった者など、新たな課題が表出し始めている。こうした事態に対応するためにも「ウェルビーイング」という考え方が注目を集めているのである。

日本における「ウェルビーイング」の現状は?

労働安全衛生法の第三条では、事業者は「快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない」としている。さらに同法は2014年の改正により、50人以上の労働者がいる事業所にストレスチェックを義務づけた。

また経済産業省は、従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践する“健康経営”を推進。優れた健康経営を実践している上場企業を「健康経営銘柄」として選定するなどの活動をおこなっている。同じく経済産業省による『SDGs経営ガイド』では「従業員が心身ともに健康で働けることが重要」との文言も見られる。

このように法律・政策の面で「ウェルビーイング」への配慮を示している我が国ではあるが、その実現や効果という点では、まだまだといわざるを得ない。

たとえば国際連合が発表している「世界幸福度報告」の国別ランキングでは、デンマークやスイスなど、北欧を中心とするヨーロッパ諸国が上位を占めているのに対し、日本は2019年が58位、2020年が62位、2021年が56位。先進国の中では幸福度下位の常連となっている。

また日本企業が、「ウェルビーイング」に対する意識が高いとされる外資系企業に、採用や業績の面で後れを取ることは、もはや当然の光景と化している。法律・政策に頼らずとも、自発的・能動的に「ウェルビーイング」重視へと向かうことが求められる時代だといえるはずである。

米ギャロップ社が唱える「ウェルビーイング」の5大要素

従業員がどのような状態であれば「満たされた状態」といえるのか。これについてはアメリカのコンサルティング企業・ギャロップ社が、「ウェルビーイング」を構成する5つの要素(The Five Essential Elements of Well-Being)を発表している。

(1)キャリア・ウェルビーイング

自分の時間をどのように使うか、何に時間を費やすか、毎日することを好きになれるか。仕事、勉強、家事、子育て、ボランティア活動など、日々の時間を費やしている行為に感じる幸福。

(2)ソーシャル・ウェルビーイング

強固な信頼や愛情に基づく人間関係に関わる幸福。

(3)フィナンシャル・ウェルビーイング

自身の経済生活を効果的に管理できているか、報酬、資産の管理・運用など経済的な幸福。

(4)フィジカル・ウェルビーイング

健康状態と、物事をやり遂げるための十分なエネルギーを持っているかどうか。ポジティブかつエネルギッシュに生活や仕事に取り組めているという、身体的・精神的な幸福。

(5)コミュニティ・ウェルビーイング

住んでいる地域や属している組織と良好な関係で関われているか、という地域社会での幸福。

あくまでも一企業の見解ではあるが、「ウェルビーイング」を考える際には確かに重要なことばかりだ。これら5つの要素について従業員は「満たされた状態」といえるのか、現状分析や具体的な施策立案のための指針となってくれるだろう。

「ウェルビーイング」のために実践すべき取り組みとは?

どのような経営方針や人事施策で従業員に「満たされた状態」になってもらうのか。ここでは具体的な取り組みについて考える。

●労働環境の改善

労働時間の短縮、雇用制度・勤務制度の柔軟化、有給休暇の消化率向上など、働き方改革を推進することが重要だ。労働法の遵守は当然の目標であり、残業や休日出勤の実態をチェックするなど、労働時間と勤怠の監視と管理を徹底しなければならない。またテレワークをはじめとする“ニューノーマル”に相応しい管理体制の構築、労働に対する評価基準など、新たな施策を推進することも求められる。

キャリアコンサルティングやリカレント教育の実施など、従業員の主体的なキャリア形成を支援する施策も重要だ。

●職場環境の改善

デスクの配置や社内設備の有無など、オフィスの状態も「ウェルビーイング」と密接な関係を持つ。コミュニケーションを重視したデスクの配置、リラックスや集中が可能な空間設計、休憩や軽い運動のための部屋の設置、さまざまな部署の人間が自然と集まるオープンスペースの設営、禁煙・分煙の徹底などを通じて、従業員が「満たされた状態」で働けるよう配慮したい。

●健康の維持・増進のための活動

法定検診、それ以外の検診(人間ドックや予防接種など)に対する補助、禁煙の促進、ウォーキングをはじめとする健康増進活動への参加呼び掛け、社員食堂で提供する栄養バランスに配慮した食事、管理栄養士や産業医との連携など、健康経営は「ウェルビーイング」を実現するための重要な取り組みだ。

●福利厚生制度の改善

フィットネスクラブの会費補助で身体を動かす習慣を身につけてもらうなど、健康に関するもののほか、旅行やレジャーの費用、家賃、食費などの補助によって従業員の満足度を高めたい。高齢化や待機児童の多さが問題となっている中では、介護と仕事を両立できるような勤務形態、託児所の設置といった支援策も求められる。

近年、注目度を高めている手法に「ピアボーナス」がある。従業員同士が互いに報酬を贈り合う制度で、「ウェルビーイング」に寄与するものとして普及しつつある。

●メンタルヘルス対策

ストレスチェックによって従業員の精神的な健康状態を把握し、人事施策へとつなげることが必要となる。専門家によるカウンセリングやメンタルヘルス研修などにも取り組みたい。

●コミュニケーションの活性化と企業風土の醸成

いわゆる“風通しのよい職場”は、仕事に対するストレスを軽減し、「ウェルビーイング」につながる。社員専用SNSの導入などでコミュニケーションの機会創出に努め、社員の意見で制度改革が実現するような企業風土や、安心して働ける心理的安全性の高い職場環境を作り出すことが重要だ。

●ツールの導入と相談窓口の開設

従業員の心身の状態を測定・記録するアセスメントやシステム、サーベイなどが多数開発されている。これらを導入し、各種施策が従業員の幸福度にどのような効果をもたらしているのか、可視化して検証し、改善していくことが重要となる。

各種制度の改善提案、心身の健康などに関する相談など、従業員の声をダイレクトに聞くための窓口を開設することも考慮したい。

「ウェルビーイング」が企業や従業員にもたらすメリットとは?

「ウェルビーイング」への取り組みは、企業や従業員にどのようなメリットをもたらすだろうか。

●従業員の健康維持・増進

心身とも健全で「満たされた状態」の従業員が増えれば、従業員の満足度や生産性は上がる。また健康経営を推進している企業に対して、自治体からの奨励金や補助金、金融機関による融資優遇といったインセンティブが用意されている点も大きなメリットだ。

●人間関係の改善、ストレス低減、エンゲージメントとモチベーションの向上

職場環境や人間関係が改善すれば、ストレスは低減し、従業員のメンタルヘルスにも好影響を及ぼす。安心して仕事に取り組める環境が作られ、豊かなワーク・ライフ・バランスが実現し、「満たされた状態」で働くことができれば、生産性も向上するはずだ。

また個々の従業員は、自分や家族の幸福と健康について考え、そのために何をなすべきか、自ら能動的にアクションしていくようになるだろう。自らの意思で高いモチベーションとともに実践し、豊かなワーク・ライフ・バランスを実現していく。その達成感こそが「満たされた状態」、すなわち「ウェルビーイング」につながるのである。

●離職率の低下と採用力の向上

心身とも健康でストレスがなく、モチベーションの高い状態で働いていれば、離職する可能性は大いに低下する。多くの従業員が「満たされた状態」で働いている企業は、学生や求職者への訴求力が高まり、採用力の向上にもつながるはずだ。

●生産性の向上

「満たされた状態」で働いている従業員は高いパフォーマンスを発揮する、という調査結果は多い。「ウェルビーイング」は生産性や業績の向上ももたらしてくれるわけだ。たとえば経済産業省『企業の「健康経営」ガイドブック』では、健康経営に注力している企業の株価は優位に推移しているというデータが掲載されている。

「ウェルビーイング」を重視した経営は不可欠なものとなる

日本では健康経営を積極的に推進する企業が増えつつある。健康第一主義を理念として掲げるキヤノン、「従業員の健康は最も大切な要素」として健康経営に対する取り組みをまとめた『ASICS WELL-BEING REPORT』を発行しているアシックス、従業員の健康作りをサポートする『ウェルビーイング・プロジェクト』に取り組むジュピターテレコムなどが代表例だ。

ただ、従業員の健康は「ウェルビーイング」を構成する要素の1つに過ぎない。心身の健康も含めて、豊かに、安心して、自己実現を達成しながら「満たされた状態」で働くことができる。そんな、より広い意味での幸福を求めることが「ウェルビーイング」の意義である。

「ウェルビーイング」を重視した経営は、優秀な人材の確保と定着、企業価値の向上、生産性のアップなど、多大なメリットが期待できる。人手不足、ビジネスのグローバル化、そしてコロナ禍という厳しい環境の中で企業が生き残っていくためには、不可欠な取り組みといえるはずである。
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