社会が大きく変わりゆくなか、労働者を取り巻くビジネス環境も複雑化の一途をたどっている。どう適応したら良いのかが分からず、日々プレッシャーを感じながら働いている方も多いのではないだろうか。そうしたなか、今注目されているのが「レジリエンス」という概念だ。一体どのような意味を持っているのか、なぜクローズアップされているのか、組織や従業員がレジリエンスを高めるメリットはどこにあるのか、などを紹介していきたい。
レジリエンス

「レジリエンス」の意味は? メンタルヘルスやストレス耐性との違いも解説

まずは、「レジリエンス」の意味や近年注目されている背景、類似した言葉との違いを理解していこう。

●「レジリエンス」とは

「レジリエンス」とは、「復元力」、「弾力性」、「再起性」、「回復力」を意味する言葉である。もともとは、物理学の分野で使われていたが、ストレス社会が広がるなか、近年ではさまざまな困難な環境や状況に対してしなやかに適応して生き延びて行く力として心理学で使われている。また、企業や行政などの組織論、社会システム論においてもリスク対応能力、危機管理能力として位置づけられている。

この概念が注目されるようになったのは、1970年代だ。きっかけの一つとなったのが、第2次世界大戦にナチス・ドイツによるユダヤ人の大量虐殺行為「ホロコースト」を経験した孤児たちの研究であった。過去のトラウマから立ち直れない元孤児がいる一方、逆境を乗り越え充実した人生を送っている元孤児もおり、「適応力」、「復活力」があるかどうかが違いを生み出していることが判明した。

●「レジリエンス」が注目されている背景

「レジリエンス」が、近年注目されている背景にはビジネス環境や労働環境の変化に伴い、ストレスを抱えている人が増えていることが挙げられる。

その一端が、厚生労働省が発表した「平成30年度 労働安全衛生調査(実態調査)の概況」から窺える。これによると、現在の仕事や職業生活に関して強いストレスを感じている労働者の割合は58.0%。実に6割近くを占める。また、ストレスの要因としては、「仕事の質・量」が最も多く、以下「仕事の失敗、責任の発生等」、「対人関係(セクハラ・パワハラを含む)」の順になっている。職場では仕事の量がますます増えており、求められるクオリティーも、責任も高まっている。加えて、職場の人間関係も問題が多いとあって、ストレスを感じる労働者の割合が加速している。このような状況に適応していくためにも、いかに「レジリエンス」を高めていくかが今注目されているといえる。

●組織レジリエンスとは

「レジリエンス」は個人だけに求められる能力ではない。組織がビジネス環境の変化や自然災害などの混乱や危機を乗り越え、繁栄・存続していくためには、それらを予見、準備、対応、適応する能力が不可欠となってくる。この適応能力を「組織レジリエンス」という。

例えば、2001年の米国同時多発テロ、2007年の世界金融危機(リーマンショック)、2011年の東日本大震災、さらには2020年の新型コロナウイルスの感染拡大などはいずれも、多くの企業に強力な組織レジリエンスの必要性を痛感させた。組織レジリエンスの強い企業は、ダメージからスピーディーに回復、再起し、さらに強靭な組織へと生まれ変わることができた。

不透明な時代と言われているだけに、今後も想定外の事態がいつ起こるかは分からない。そのためにも、組織レジリエンスの強化がますます求められているといえよう。

●「レジリエンス」と類義語との違い


(1)メンタルヘルスとの違い
さらに、「レジリエンス」の考察を進めていくにあたって、ここで類する言葉との違いも整理しておきたい。まずは、メンタルヘルスとの違いだ。メンタルヘルスとは、ストレスや悩みを軽減したり、緩和し心の健康状態を維持したりするために他者が当人に行うサポートを意味する。心の健康・精神的健康・精神衛生・精神保健などと訳される。一方、レジリエンスは起きた困難にどう適応するか、いかに上手く回復できるかを意味する。問われるのは、あくまでも個人や組織となってくる。

(2)ストレス耐性との違い
ストレス耐性(stress tolerance )は、レジリエンスを構成する要素の1つとして位置づけられている。定義としては、個人が肉体的・精神的・心理的に受けたストレスにどの程度耐えられるかを表した力となる。当然ながら、ストレス耐性が高ければストレスに対する耐久性を持ち合わせていることになる。

(3)ハーディネスとの違い
ハーディネス(hardiness)も、レジリエンスを構成する能力と考えられている。ハーディネスとは、ストレスを受けて自力で跳ね返すような特性を意味する。頑健性と置き換えても良い。これに対して、レジリエンスは傷ついても回復できる、傷つきながらも進んでいける、という特性を表している。

「レジリエンス」は、どのような人材が高めるとよいか

強い組織を作り上げるには、レジリエンスを持った人材が必要といえる。ならば、どのような人材こそレジリエンスを高めていけば良いのだろうか。

●ストレス耐性が低い方

まずは、仕事絡みでストレスを溜めやすい方である。具体的には、40代以降のビジネスパースンが挙げられる。課長など中間管理職的なポジションに立つケースが多いので、上や下の層の間に立ってどう立ち回っていけば良いかと日々悩みがちになるからだ。また、真面目一筋の方、頑張り屋と周囲から言われている方もストレスを溜めやすいので、レジリエンスを高める必要がある。

●変化の激しい業界にいる方

変化、変革はある日、突然やってくるというわけではない。特に現代社会は日々ものすごいペースで変わりつつある。もちろん、そのスピード感は業界によって若干は異なってくる。技術革新が速い業界、顧客ニーズが劇的に変化していく業界の方には、ぜひレジリエンスを高めてもらいたいものだ。

●役職者の方

人材不足や働き方改革、多様化する部下への対応に加え、昨今はリモートワークの拡大などもあって、役職者はかなりのストレス、プレッシャーを感じながら働いている。そうした厳しい状況のなかでも、グループや組織をけん引し、目標に向かってチャレンジしていかないといけないので、役職者にはレジリエンスが不可欠な能力となってくる。

「レジリエンス」が高い人材にはどのような特徴がある?

「レジリエンス」が高い人にはどんな特徴があるのだろうか。今度は、共通してみられる特徴を説明していこう。

●思考が柔軟

まず一つ目は、思考に柔軟性があること。それだけに、局面がどんなに厳しくなっても、発想を転換し道を切り開いていける。また、結果の良し悪しに関わらず、事実を受け入れ、目標を柔軟に見直し、たとえベストでなくてもベターを目指す姿勢を持っている。日々劇的に変わり行く時代を耐え抜くには重要な行動といえるだろう。

●感情をコントロールできる

二つ目は、目の前の状況に一喜一憂せず、感情をコントロールできること。「何が自分にとって大切なのか」、「物事の本質は何か」を理解できているので、どんな場面においてもより良い方法を選び取り実行していける。どうしても、感情のアップダウンが続く人は精神的な疲労が溜まりやすくなり、状況を適切に見極めることも難しいといえる。

●自尊感情が備わっている

三つ目は、自尊感情(self-esteem)が養われていること。自尊感情とは、自分には価値があり尊敬されるべき人間であると思える感情を意味する。自尊心・自己肯定感と言い換えても良い。困難に遭遇しても、「無理だ」と決めつけるようなことは絶対にしない。むしろ、「自分ならきっとできる」という考えで臨んでいける。

●挑戦し続けられる

四つ目は、常に前向きに考え挑戦を続けていけること。とかく何かに失敗すると、「諦める気持ち」が込み上げてくる。だが、レジリエンスの高い人は、悲観的に考えたりはしない。むしろ、「ここをこう変えたら、次は成功するに違いない」と考える。だからこそ、何度でも挑戦できるのだ。

●楽天家

五つ目は、いつでも「何とかなる」という楽観的な考えを持っている。その考えが行動につながり、結果をもたらしてくれるというわけだ。逆に、悲観的に捉える人は困難に直面した時に、不安感にさいなまれ、進むべき道や改善点といった選択肢を狭めてしまう。ポジティブな思考が、レジリエンスを発揮するために重要だと改めて強調しておきたい。

「レジリエンス」を高めると、企業や従業員にどのようなメリットがあるのか

最後に、「レジリエンス」を高めることでもたらされるメリットについて、企業側・従業員側それぞれの視点から説明しよう。

●企業におけるメリット


(1)ダイバーシティ・マネジメントの推進
グローバル企業では常識とされるダイバーシティ・マネジメント。日本も人材不足が顕著なだけに、外国人労働者の雇用や女性の活用などは喫緊の課題となっている。年齢、性別、国籍、人種が異なる人材を迎えるとなると、社員の思考や価値観は多様化がますます加速していく。それに対応する手段として有効になってくるのが、組織のレジリエンスを高めることだ。欧米ではすでに多くの企業が、レジリエンス理論に基づいた人材育成、組織開発を進めている。日本企業も積極的にレジリエンス研修の導入を図っていく必要があると考えられる。

(2)企業評価指標の活用
変化が激しい時代にあって、どれだけの適応力や耐久力、逆境力などがあるかは、企業の存在価値に直結してくる。投資家もこの点に着目しており、組織レジリエンスを企業評価指標のひとつとして位置づけている。言い換えれば、組織レジリエンスが高い企業は投資家からの信頼を構築しやすいというわけだ。

(3)将来的なトレンド企業への仲間入り
日本でもベストセラーとなった『ワーク・シフト』。その企業版として、英国ロンドン・ビジネス・スクール教授のリンダ・グラットン氏が執筆した『未来企業』では、レジリエンスを「不確実性の増す世界において最も重要な能力」と位置づけている。先行きが不透明であるからこそ、社内・地域社会、そしてグローバルの三つの領域でレジリエンスを高めていくべきであり、そうした企業が未来に生き残れると説く。レジリエンスに向き合うかどうかが、未来企業になる鍵といえそうだ。

●従業員にとってのメリット


(1)ストレスが成長につながる
米国スタンフォード大学教授のケリー・マクゴニガル氏は、著書「スタンフォードのストレスを力に変える教科書」のなかで、「ストレスこそが強さと成功の源。ストレスを避けるのではなく、受け入れてうまく付き合っていくことでレジリエンスが身につく」といった見解を述べている。一般的にはストレスは心身に悪い影響をもたらすと考えられがちだが、適切に向き合えば、人に力を与えてくれるばかりか、大きく成長していく糧にもなるという。

(2)人間関係の改善
ストレスに溢れる現代社会。多くの人が抱えているのが対人関係のストレスではないだろうか。レジリエンスを高めると精神的な柔軟性を持てるので、自身を取り巻く人間関係を前向きに捉えることができるようになる。何か問題があっても解決に向かわせる力が生まれやすいと言われている。

(3)自己評価力の強化
とかく、人間は自分を客観視することが苦手だ。過大に評価しすぎたり、過小評価してしまったりする。レジリエンスは、自分を客観視することから始まる。正しく自己評価できるようになると自分に対する自信を持てるようになるだけでなく、自分に足りない部分にも冷静に向き合うことができる。それが、自己研鑽にもつながり、成長を促してくれるとされている。
「レジリエンス」は持って生まれた能力ではない。努力を続けていけば、その力を高めていける。まずは一人ひとりがレジリエンスを正しく理解し、日々意識していくこと。併せて、人事担当者やチームリーダーが中心となってレジリエンスを強化する施策を行っていけば必ず効果は期待できる。強い組織を作るためにも、個人のレジリエンスを強めていく必要があることを伝えたい。


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