イスラム教は「寛容と多元主義の必要性」を説く

稲垣 日本人が簡単に入信できるものなのですか?

小尾 入信自体は簡単です。イスラム教徒になるために何が必要かというと、まずはイスラム教徒2人の前で宣誓をすることです。あとは「六信五行」といって、「信ずべき6つの信条と、実行すべき5つの義務を守る」という非常にシンプルなことなんです。「六信」とは唯一神アッラー・天使・使徒・経典・来世・天命。「五行」とは、信仰告白・礼拝・喜捨・断食・巡礼です。
六信の「使徒」というのは神の言葉を預かってきた預言者、つまりメッセンジャーです。ユダヤ教におけるモーゼ、キリスト教におけるイエスが、これに当たりますね。イスラム教では、ムハンマドが伝えたことを、信じて実践しましょうということです。そしてアッラーが唯一の神といっています。メッセンジャーはムハンマド以外にも歴史上に複数いたけれども、アッラーのほかに神はないという考え方で、一神教と多神教を分けています。

稲垣 ユダヤ教・キリスト教・イスラム教は同じ神だと聞いたことがありますが、ユダヤ教・キリスト教の神もアッラーなんですか?

小尾 そうです。誤解のないよう解説すると、「アッラー」とはアラビア語で「神」という意味です。アラビア語で書かれたキリスト教徒の『聖書』には、英語の「ゴッド」に相当する単語として「アッラー」と表記されています。

稲垣 そうすると、アラビア語を使うクリスチャンは、「主」という意味でアッラーと呼ぶ、ということですね。

小尾 そうです。インドネシアでもクリスチャンがキリスト教のミサに行ったらアッラーと言っていますよ。

稲垣 特定の信仰を持っていない私からの素人質問なのですが、イスラム教も他の宗教も、それぞれ素晴らしい理想を掲げているのに、宗教に関するいろいろな“いざこざ“を目にします。なぜこのようなことが起こるのでしょうか。

小尾 私が思うに、結局は宗教がアイデンティティに直結しているからだと考えます。どこかの集団に所属することの証が、宗教に入信することと同義になっている。また、時の権力者が、宗教を使うと人をまとめやすいという考えから、利益のために人をグルーピングして、安心感・満足感で人を惹きつけようとする場合もある。だから、自分の信仰する宗教以外を認めないということは、相手のアイデンティティを否定しているのと同じことになり、対立してしまう。これは「本来の信仰」からはかけ離れた考えです。

稲垣 では、ムスリムの方々は、他の宗教をどのようにとらえているんですか?

小尾 『コーラン』の中には、「我らはお前達を男と女に分けて創った。そして、いろいろな種族や部族をなした。これはお互いを知り合うためである」と書いてあります。つまり、それぞれのもつ多様性を認めるのがイスラム教なんです。多様性を通じてのみ、人は自分自身という人間の形と重要性を真に知ることができる。イスラム教では「寛容と多元主義の必要性」を説いています。

稲垣 その多様性というのは、多宗教も含めてですか?

小尾 すべての多様性です。キリスト教も仏教も、黒人も白人も。すべてみんな仲良くしなさいというのが、『コーラン』の本来の教えなんですよ。

稲垣 すべての人にイスラム教を布教しよう、という意味ではないんですね。

小尾 ないです。というのも、全部の人間をイスラム教にするのであれば、神は最初からそうしているという考えです。

稲垣 当社は多様性や異文化適応力を研究していますが、アイデンティティを持つことが行き過ぎると、排他的になってしまって良くない。しかし、反対に、持たなすぎるとアイデンティティ・クライシスが起こって自分を見失ってしまいます。そのバランスをどのように保つべきとお考えでしょうか。

小尾 例えば、私は日本人なので、イスラム教徒になろうがインドネシアに住もうが、自身が持つアイデンティティは「日本人」であって、それは変わらない。でも、日本以外にもいろいろな国があるのは事実なんですよ。大事なことは、自分と異なる存在を認めるということです。

稲垣 「自分と異なる存在を認める」というのはどういうことですか。

小尾 「自分が1番」ではないということ。つまり、相手に対するリスペクトが大事です。「あの人はこういった考えで、自分の考えはこう。でも、争う必要は何もない。意見や違いがあって当然だよね」と、まずは認め合うことだと思うんです。何か問題が起きた時に、話し合ってお互いに納得するところを認め合おう、ということが大事です。『コーラン』の教えで大切なのは、「人に感謝される人間になること」なんです。

インタビューを終えて

これから日本は多くの外国人と接することになるが、日本人や自分自身と異なる価値観を否定せず受け止める、相手をリスペクトする、ということが、日本のグローバル化におけるカギになると感じている。これは、普段日本人としか接していない人や、自分と考え方の近い人としか接していない人にとっては、意外と難しいことだ。しかも、残念ながら多様性を肯定するのが難しい日本人に少なくないと思う。6年前、インドネシアに飛び込む前の私も、このような典型的な日本人だった。

6年前にインドネシアに行くまで、イスラム教というのはつかみどころのない宗教、というイメージが強かった。しかし、人のいいインドネシア人とたくさん接することで見方は徐々に変わった。さらに、今回小尾さんに教えてもらったことで、頭でも理解できるようになったように感じる。個人的には、今回お聞きした「イスラム教は多様性を認める宗教」という考えがすばらしいと思う。何より、六信五行という強烈な信条や義務を守り、約1,400年「組織」を拡大し続けているイスラム教のエネルギーはやはりすごかった。
取材協力:小尾 吉弘(こび よしひろ)さん
1959年、奈良生まれ。大阪外国語大学イスパニア語科卒。総合商社にて入社以来、30年にわたり、海外不動産案件に従事。83年よりインドネシア(ジャカルタ)に駐在。ジャカルタの中心地でのオフィスビル・商業施設の開発を担当。89年には、「MM2100工業団地」開発に立ち上げから携わる。96年より、フィリピンにても「リマ工業団地」開発を立ち上げる。2003年以降、総合商社退職後の現在もMM2100開発・運営会社社長として、企業誘致と、投資環境や労使関係の改善に取り組む。2012年、工業団地内に職業専門高校を設立し、即戦力となる人材育成にも注力。2006年イスラム教に入信。MM2100にモスク建設に関わる。2019年、メッカに巡礼(ハッジ)している。
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