バリューを伝え、相手の共感を生む語学力

稲垣: あえてお聞きしますが、今はVUCA(Volatility:変動性・不安定さ、Uncertainty:不確実性・不確定さ、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性・不明確さ)の時代と言われていて、従来のPDCAを回すだけではダメだという意見もありますよね。

中島: その通りです。PDCAサイクルを単純に回すだけの経営には落とし穴があります。PDCAが“負のサイクル”に入る時があるんです。それがまさにVUCAですが、従来のPDCAサイクルだけを回していると、周りの環境が変わることで、だんだん縮小経営に陥るケースがあります。

そういう時は、ビジネスモデルの根幹にある、マネジメントシステム全体を変えなきゃいけない。アメリカは、システムを回す根っこに“価値観”がある。そもそも国家レベルにおいても、リバティーだ、フリーダムだと建国の精神を非常に大切にする国柄ですから。彼らには大切にしている会社や事業の“価値観”があって、そこに立ち戻るんですよね。立ち戻って今のシステムを見て、「おかしいな、じゃあ変えよう」と。だからIBMみたいに、パッと生まれ変わることができるんです。これがいわゆる、「バリュー」です。

つまり、「システム」と「バリュー」を高次元で持っているからこそ、アメリカの企業は強いんですね。GAFA(ガーファ:Google、Amazon、Facebook、Apple)はその典型です。しっかりしたマネジメントシステムを構築していて、かつ自分達の使命とかミッションといった強いバリューを持っているんです。

稲垣: なるほど、システムとバリューか。システムはともかく、日本でも理念や行動指針など、バリューのほうは少なからず意識しているかも知れません。

中島: そうですね、日本もバリューから生まれるものづくりの精神やチームワークは、強固なものを持っています。しかし、グローバルで企業を統括するには、それを日本人だけでなく、多国籍の人たちに説明し、共感してもらわないといけない。そのために、絶対的に足りないのが語学力です。

日本人はよく語学ができないと言われますけど、違うんです。語学に時間を費やしていないだけです。語学はゴルフの練習と一緒で、時間をかけさえすれば、できるようになります。集中して勉強し、ちゃんと実践練習すれば、成果は出るんです。楽天では、TOEICで何点取るには何時間勉強すれば達成できる、という方程式を作っているみたいですが、要は、時間をかけるということです。

稲垣: 中島さんは、いつから英語を意識的に勉強されたんですか?

中島: 留学に行った27歳の時です。それまでは大学受験で勉強した程度でしたから。冗談みたいですけど、それが初めての海外で、パスポートもそこで初めて取りました。(笑)

稲垣: もともと海外へ行くことは決めていたんですか?

中島: 決めていました。学生時代から常に「グローバル」というのを自分のテーマに据えていました。会社を選ぶ時も、グローバルで活躍できそうだと思ったから富士通を選択しました。私の母校の広島学院の教育のメッセージが、「Be men, Be Japanese, Be men with the eyes open to the world. Be men for others」なんです。世界の人のために、世界の人とともに生きる人間になれ、と。因みに、男子校だったので「men」という言葉を使っているんですが(笑)。

稲垣: その言葉を胸に、自分の生き方を貫かれるというのは素敵ですね。まさに、中島さん自身にブレないバリューがあると言えますね (笑)。ここまでのお話で、日本の課題がはっきりと見えてきました。最後に、日本人のいいところ、利点は何でしょうか。

中島: 我々の強さの1つは、やっぱり性質としての「几帳面さ」ですね。決まったルーティンをきちんとやるところ。あと、「チーム作り」は得意だと思います。ヨーロッパの企業を見ていて思うのは、彼らの国は社会階層が多いので、なかなか1つにまとまりにくい、ということです。そういうところはアメリカも同じですね。アメリカにはさらに、人種の壁というのもあります。その点、日本は社会階層が少ない国なので、1つのチームを作ってみんなの知恵を集めるのが非常に上手だと思いますね。
第5回:「グローバルで通用する人事」になるための課題とは?

インタビューを終えて

今回、日本の人事改革において明確なキーワードを頂いた。それは、「システム(経営数字)」と「バリューを伝える語学力」だ。これまでの日本の人事は、人の気持ちの機微や組織の力学をとらえることばかりに重きを置き、かつ「それらは数字では表現しにくい仕事だ」という逃げ口上を述べながら、P/L、B/Sなど「数字」に対して強い意識を持ってこなかった。これは昔、私が人事部にいたときの自戒の念でもある。そして、「バリュー」は、伝わって初めて意味を持つ。当社もインドネシアに子会社があるが、私が大事にしているバリューをメンバーに伝えられているかと自問すると、もっと努力が必要だと感じた。

早速、自分自身が行動に移したいと思う。10月からグロービスで、ファイナンス講座を受講することにした。会社を15年経営してきたから経営数字は身についている、という過信を捨て、もう一度学び直してみようと思う。そして次回のインドネシア訪問時に、メンバーと当社のMissionを題材に議論する。何はともあれ、まずは行動だ。
取材協力
中島 豊(なかじま ゆたか)さん
日本板硝子株式会社 CHRO(最高人事責任者)、グループファンクション部門 人事部 統括部長
中央大学ビジネススクール特任教授

東京大学法学部卒。ミシガン大学経営大学院修了(MBA)。中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了(博士)。富士通、リーバイ・ストラウス、GMで人事業務に従事し、Gap、楽天、シティ・グループの人事部門責任者を経て現職。企業の人事部門での実務経験を背景に、人的資源管理論や人事政策論を専門とする。【著書】『非正規社員を活かす人材マネジメント』『人事の仕事とルール』『社会人の常識-仕事のハンドブック』(日本経団連出版)【訳書】『ソーシャル・キャピタル』(ダイヤモンド社)『組織文化を変える』(ファースト・プレス)

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