現状を単純に肯定できない、日本(人)は変わる必要がある

野中氏 ミンツバーグさんの話から、コミュニティシップについて言及したいと思います。企業など組織体のイノベーションは、ペアというコミュニティの最小単位から起こるということです。強い絆はペアを媒介に起こり、一人の視点が二人のものになり、やがて大勢を巻き込んでいきます。

伊丹氏 コミュニティを作るのは、日本人にとってある種本能的な行為だと私は感じます。コミュニティだからこそ生まれる知があること理解しているのかもしれません。

ミンツバーグ氏 日本ではコミュニティが自然発生的に出てくると私も感じます。ペアについてもう少し触れたいのですが、私の気に入っている動画に、一人の男が躍り出し、しばらくは誰にも見向き去れなかったが一人の仲間ができることで大勢が加わり、やがて大きなムーブメントになった、というものがあります。ペアが生まれることで、コミュニティが生まれ、ムーブメントになることを端的に表していると思います。

野中氏 MBAは形式知を重視し、何かというと計画や分析から出発します。しかし、まずは仲間じゃないか、という思いが優先されるべきで、大切なのは共感です。

伊丹氏 MBA型の経営は日本の良さを破壊した部分があり、アメリカでもマイナスの影響が出ています。それはサイエンス重視の傾向が強くなり過ぎたからではないでしょうか。

野中氏 価値観の共有など、そうしたものがまずはベースにあるべきで、その上で数値化や分析をするのならいい。サイエンスは否定しませんが、バランスを欠いてはいけません。

伊丹氏 MBAを強調すると、共感やペアリングの否定につながります。コミュニティを生まれにくくしている面があるかもしれません。

ミンツバーグ氏 サイエンスが行き過ぎると、人間は頭だけしかいらないという話になってしまいます。見ることや行動することも同時に重要です。ペアを探す時、分析や計算だけでこの人とペアを組もうとなるでしょうか。また、考えてもわからないという時は、行動に移すことが必要な場面もあるのです。

野中氏 五感を通じて得られた感覚を大事にして、次に科学化を試みる。この順番が基本ですが、今は逆になっています。

伊丹氏 共感をベースにすると、個人個人の小さな動きが、社会を動かすエネルギーになることは十分に考えられます。これから日本は何をしていくべきか。一言お願いできますでしょうか。

ミンツバーグ氏 このままではいけない、ということをまずは認識すべきです。できることは多くあります。小さなきっかけが、大きな改革を起こします。そういったものを起こす準備をすべきだと思います。日本は大国ばかりを見るのではなく、小国と手を取り合い、世界を変えていくべきではないでしょうか。

野中氏 自分の利益を考えながら、相手の利益も考える。つまり、利他と利益を両立させる、そのバランスを保つのはすさまじい努力を必要とします。日本は今、ファイティングスピリッツに欠けています。コモングッドに向かってファイティングスピリッツを発揮してほしいと思います。

伊丹氏 私からも最後に。この10年で日本は蘇りました。ただし、ぬるま湯に浸っては逆戻りします。ぬるま湯経営はやめよと再度申し上げ、セッションを締めくくります。
感情を見直すことで、日本の企業・組織はもっと強くなる! セミナー「人、組織、社会の関係を根本から問い直す」レポート

登壇者プロフィール

ヘンリー・ミンツバーグ(Henry Mintzberg)
マギル大学デソーテル経営大学院(カナダ)、クレゴーン記念教授


マネジメント、戦略、組織、社会のあり方を提唱する現代経営学の巨匠。マネジメントの教育プログラム「IMPM」「リフレクションラウンドテーブル」を創設し、世界に展開。近年は、行政・企業・市民団体の3つのセクターがバランスを取りより良い社会を目指す「Rebalancing Society」を主張している。主な著書に『マネジャーの仕事』(白桃書房、1993年)、『MBAが会社を滅ぼす マネジャーの正しい育て方』(日経BP社、2006年)、『私たちはどこまで資本主義に従うのか』(ダイヤモンド社、2015年)等

野中 郁次郎(のなか いくじろう,)
一橋大学名誉教授、カリフォルニア大学バークレー校特別名誉教授、日本学士院会員。


知識経営の生みの親として知られる。暗黙知と形式知のダイナミックな連動を理論化した、独自のSECIモデルを軸に知識創造理論を確立。世界の経営学に知識経営、ナレッジマネジメントというパラダイムを作り出した。2002年に紫綬褒章受章。2008年にウォールストリートジャーナル「最も影響力のあるビジネス思索家トップ20」にアジアで唯一選出。2017年にカリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクールから同大学最高賞の生涯功績賞を史上5人目として授与。主な著書に『知識創造企業』(共著、東洋経済新報社、1996年)、『流れを経営する』(共著、東洋経済新報社、2010年)、『直観の経営 「共感の哲学」で読み解く動態経営論』(共著、KADOAWA、2019年)等

伊丹 敬之(いたみ ひろゆき)
国際大学学長、一橋大学名誉教授。


一橋大学教授、東京理科大大学院教授などを経て2017年より現職。経済と経営の両面から、企業社会の原理原則と課題を指摘。日本的経営には人と人とのネットワークの安定させることを基本原則とする「人本主義」があると提唱。この土台が、企業が自社の持つ資源や能力を超えた事業に挑む「オーバーエクステンション戦略」を可能にし、見えざる資産を生み出してきたと論じる。2005年に紫綬褒章受章。主な著書に『人本主義企業』(筑摩書房、1987年)、『経営を見る眼』(東洋経済新報社、2007年)、『平成の経営』(日本経済新聞出版社、2019年)等

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