プロフェッショナルを教育する意識・制度

稲垣 少し視点を移して、 日本の「人材教育」についてはいかがでしょうか。

白木 人材教育に関しては、日本は、「プロフェッショナルを教育する意識・制度」が課題と言えるでしょう。

シンガポール国立大学(NUS)の日本語学科のヘッドをしているドイツ人の先生が教えてくれたのですが、NUS卒の優等生が日系企業に就職すると、そのほとんどが3年以内に辞めてしまうそうです。卒業生は日本語もある程度できるし、高待遇で採用されたにも関わらず、です。

稲垣 語学や待遇以外に、どんな課題があるのでしょうか?

白木 その課題こそまさに、プロフェッショナルへの教育です。日本はキャリアに対する考え方がグローバルスタンダードではないのです。

たとえば、日本の大企業は、従業員を新卒で大量に採用して長期雇用を考えている。新卒の側も大企業に入って安心しています。配属についても、本人が「財務をやりたい」とか「マーケティングやりたい」とか言っても、結局は入社後に会社が決めるのが一般的です。

また、大企業は、新卒を「何も知らない人」という前提で扱います。それまで勉強やスポーツ、アルバイトなど、さまざまな経験している22~23歳の大人を、子供扱いするんです。ビジネスマナーを中心に、基本的なことばかり、時間をかけて教えているんです。中にはそれが役に立つ者もいるかも知れませんが、全体的には時間の無駄だし、エリートで採用した人間にはなおさら無駄でしょう。

つい10年くらい前まで、都市銀行や金融に入ると、有名大学を出ていても最初は外回りをさせたり、地方の支店に配属されたりして、あまり世界を意識した金融の仕事をさせてもらえなかったと聞きます。一定期間の研修ならいいんですが、こういうことを何年もやらせたら人は育ちません。大手企業に多い現象かも知れませんね。
第2回:グローバル化に向けた日本の人事課題(2/3)
稲垣 それに関連してなのですが、私の中国人の友人で、清華大学→東工大のキャリアを持つ才女がいます。彼女は数年前、日本で大手化粧品会社に入社し、1年も経たずに辞めてしまいました。理由は、すでに簿記2級を持っていたのに、「新卒全員が受ける研修」というルールの元、簿記の基礎研修に何日も参加させられたから。また、与えられる仕事が単純なことばかりで、「なぜこの仕事をするのか?」と聞いても、「新人だから」としか言われない環境が、つくづく嫌になったそうです。

白木 そういうことですよね。せっかく才能ある人を採用したのに、子供扱いをして、本人の意思も聞かずに、一つのやり方を押し付けてしまう。すべての人を同じレールの上に乗せてしまうんです。

一般的な日本の大企業だと、マネージャーとして自分で采配を振るってやっていけるのは、ようやく40歳近くになってからです。つまり10年以上、自分で判断するということを経験しない。いま世の中を騒がしているゴーンさんですが、彼が日産のCOOについたときはまだ45歳でした。日本のエリートがようやく管理職になってしばらくしたくらいの年で、あそこまでの改革を断行したんです。

彼はブラジル生まれのレバノン人で、フランスのエリート校グランゼコールに入ります。卒業後、ブラジルのミシュランからオファーを受けて入社すると、メキメキ頭角を現し、26歳で工場長、29歳でミシュランブラジルの社長になります。その後、アメリカやベルギーの駐在を経て、30代の後半にはすでにミシュランで、日本で言えば、常務とか専務くらいに昇進しているんです。しかし彼は、同族企業のミシュランではCEOになれないと判断し、辞めることを決断してルノーに移ります。

ルノーに入社後4~5年して、今度は「赤字の日産」を立て直せと言われ、1年間で黒字にするんです。長年黒字化ができなかった60歳代の日本人経営陣を差し置いて、45歳の若い外国人が1年で黒字化を成し遂げたんです。エリート社会と言われる、フランスの超エリートの一例ではありますが、アメリカやヨーロッパだって、仕事ができる優秀な人には30代で重い責任を持たせています。

第3回に続く
取材協力
白木 三秀(しらき みつひで)さん
早稲田大学 政治経済学術院教授

1951年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士(経済学)。国士舘大学政経学部助教授・教授等を経て、1999年より現職。専門は労働政策、国際人的資源管理。現在、早稲田大学トランスナショナルHRM研究所所長、国際ビジネス研究学会会長、日本労務学会理事(元会長)を兼任。

最近の主な著作に『国際人的資源管理の比較分析』(単著、有斐閣、2006年)、『グローバル・マネジャーの育成と評価』(編著、早稲田大学出版部、2014年)、『人的資源管理の力』(編著、文眞堂、2018年)等がある。
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