仕事は意味付けだ

第11話:米倉誠一郎教授と日本のイノベーションを考える(後半)
稲垣 米倉先生の新著、「松下幸之助:きみならできる、必ずできる (ミネルヴァ日本評伝選)」を私も拝読し、「きみならできる、必ずできる」という名言を知りました。この言葉はすごいですね。

米倉 「どんな仕事にも意味付けをする」というのが、マネジメントにおいて一番大事な仕事じゃないでしょうか。ですから、従業員に「いまあなたがしている仕事はこのような意味があるのですよ」と、その意味をきちんと伝えていなきゃいけないと思います。それを伝えれば、従業員はやる気が出るし、伝わらなければ、やる気は出ません。

よく言われるのは、二人の石工の話ですね。石を削っている人に「何をしているんだ?」と訊いたら、「このくそいまいましい石を削ってるんだ」と返ってきた。で、もう一人の人に何をしているのかと訊いたら、「いま、世界で一番美しい教会の基礎の部分を作っているんですよ」と返ってきた。二人の仕事は、はたから見たら、同じ仕事なんです。だけど、一人には「お前、ここ削っておけ」と、部分図しか見せておらず、もう一人には「この石を削ると教会のこの部分になるから」という風に、“仕事の意味”がきちんと与えられていたんです。だから、どんなボロ工場であっても、「俺たちはこういう風にやって世界をこういう風に変えて、だからお前の仕事はこういう意味があるんだ」という風に、ちゃんと仕事に意味付けをしてあげるようなマネジメントをやっていれば、従業員の仕事ぶりは、全然違ってくるんですよね。

つまり、今の日本のマネジメントは、そこを忘れているんです、 “心の琴線に触れるようなフレーズ”を従業員に伝えてあげることを。マネジメントって一番大事なのはそこじゃないでしょうか。松下幸之助で言うところの「きみならできる、必ずできる」です。このように声をかけてあげれば、従業員は必ず、「じゃあやってやろう!」となりますから。マネジメントのセンスは、従業員の心の琴線に触れられるセンスと言ってもいいでしょう。

世界に誇る日本のトータルクオリティコントロール

稲垣 日本人の素晴らしいところはどこでしょうか。

米倉 やはり、仕事のクオリティの高さというものがあると思います。これは急に生まれたものじゃなくて、さまざまな前提の大きな積み重ねから生まれてきたものを日本のマネジメントが追及してきたことなんじゃないかと思います。ただ単に「これをこうしなさい」、というマニュアルがあるのではなく、「その工程の前はどうなっているんだ、その前はどうだ」といって徹底的にクオリティにこだわった結果、日本特有の「トータルクオリティコントロール」という概念が生まれていったんじゃないでしょうか。

最初は単に、どうすればうまく作業できるかだけを追求していたけれど、それだけじゃやっぱり質は良くならなくて、価値観や理念をどういう風に共有しておかなければならないのかとか、インセンティブはどうするのかとか、事故が起こったときに、誰にラインを止める権利を与えるのかとか、また、自分が意思を持って判断したことをちゃんと評価しようとか。そういうことをじっくりじっくり積み重ねてきて、日本企業は強くなったんですよね。その途方もない積み重ねが厚い層となって、日本は他国が真似することのできない強さを作ってきたんだと思います。

日本人へのメッセージ

稲垣 最後に、日本人に向けてメッセージをお願いします。

米倉 まだまだ、世界の現場は改善すべきことがあるし、日本の過去の経験にもいいものがある。そして今や通用しないものもあります。短絡的に、昔はこうしていたという押し付けや、思考を停止したど根性主義はもう通用しません。長靴を履いて現場を回って、Socialize(社交的活動をする)して、Shared Value(価値観共有)を浸透して、一人ひとりの創意工夫を愛でて、基本的につまらないルーティンワークの中にどれくらい喜びを見いだすか。そういったことに今まで以上に力を注がなくてはなりません。

日本人は、かっこよく言えば、知のEnabler(自立を促す存在)なんだと思います。いろんなナレッジを持っている人たちの触媒になって、それらをもっと大きく開化させる、それが世界における日本人の役割です。欧米人だったら、食事を摂りながら仕事をするとか、所長が現場に出てくるなんてことはなかったけど、日本人はやりますね。それはカッコいいとかカッコ悪いじゃなくて、何のためにやってるかといったら、そうしたことで、仕事に意味付けをしてきたんです。そういうことに我々日本人は長けていたんです。過去形ですがね。何にしても、Socializeして現場をと近い距離感を作って、仕事に意味付けをしてあげる人間になるリーダーになる、というのが大事ですね。

このことに関連して、孟子がすごくいいことを言っています。「普通のリーダーはこれは俺がやったと言う。優れたリーダーは民衆がやったと言う。真に優れたリーダーは『これは私たちがやった』と民衆に言わせる」と。日本の真のリーダーはこうあるべきじゃないかと思うんですよね。従業員たちに、「これは私たちがやったんだよね」って言わせるんです。つまり、常に仕事に意味付けをしてあげる伝道師たれと。

いまは、かつて勝てたときの喜びを、みんな忘れちゃってるんです。仕事は勝ってなんぼなんですよ。それはインドネシア人に教えるところじゃなくて、本当は日本人に教えなきゃいけないんでしょうね。勝つっていう喜びを。


取材協力:米倉誠一郎(よねくら せいいちろう)さん

1981年一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。1990年、ハーバード大学にてPh.D.(歴史学)を取得し、1997年より一橋大学イノベーション研究センター教授。1999年~2001年および2008年~2012年3月まで、同センター長。2012年3月よりプレトリア大学ビジネススクール(GIBS) 日本研究センター所長を兼務。現在、法政大学、一橋大学の他に、Japan-Somaliland Open University 学長をも務める。企業経営の歴史的発展プロセス、とくにイノベーションを中心とした経営戦略と組織の史的研究を主たる研究領域としている。経営史を専門とする一方で、関心領域を広く保ち、学際的であることを旨としている。季刊誌『一橋ビジネスレビュー』編集委員長、及びアカデミーヒルズにおける日本元気塾塾長でもある。『経営革命の構造』(岩波新書)、『創発的破壊:未来をつくるイノベーション』(ミシマ社)『イノベーターたちの日本史:近代日本の創造的対応東洋経済新報社』(東洋経済新報社)、『イノベーターとしての人間・松下幸之助』(ミネルヴァ書房)など、著書多数。
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