過去の成功体験に縛られるな

稲垣:では、日本が改善すべきことは何でしょうか。

米倉:大きく2つあるのですが、1つ目は、「過去の成功体験に縛られるな」ということです。多様性を認めないmonolithic(一枚岩的)な、「これはかつて俺たちがやったことなんだから、お前らもできないわけがない」というような考え方は捨て去るべきでしょう。暗黙知の共有とか、一人ひとりの知のインセンティブを与えるとか、褒めるということをすっかり忘れて、「あるべき形がこれだと。だからこれを学べばいい、このままいけばいい」と思っている人が、まだまだたくさんいます。過去の成功がいまの成長を邪魔している、という皮肉でもありますよね。例えば、優秀な外国人の新人に事務作業をさせているとき、「なぜこの仕事をするのですか?」と問われ、「それは君が新人だからだ」と答えてしまう。そんなのはありえないでしょう。

その裏にあるさまざまな会社の考え方やシステムを伝えて初めて、人は共感するんです。それなのに「昔からこうやってきたから」とか、「これで日本は成功したんだからこの通りやるんだ」と言ってしまうのが、日本人の弱いところですね。多様性のマネジメントに、本当に慣れていないんだと思います。

稲垣:私もインドネシアでローカルスタッフを教育するポイントは、「モノサシ(どの程度・どの頻度で)」、「理由(なぜやるのか)」、「ベネフィット(あなたにどんないいことがあるのか)」を伝えることである、と常々言ってきました。そのことと同じですね。

米倉:そうですね、共感しないと人は動きません。もう一つ、いまの日本人にに求めることは、「失敗を蓄積することも大切だ」ということです。我々はKnowledge Managementと呼んでいますが、ナレッジはナレッジタンクに入れておき、皆で共有できるようにしなければならないと考えています。でも、日本ではそれが暗黙知だとかなんとか言って、言語化も共通化もしないから、その暗黙知を理解できない外国人は、同じ失敗を何度もしなくてはならない。成功よりも、特に失敗の蓄積が大切です。ナレッジマネジメントの要諦は失敗です。「失敗をどれくらい蓄積できて、それを誰もが見れるようになっているか」というのが、企業の底力になっていくのだと思います。

第二部:
「マネジメントの一番大事な仕事は、仕事に意味を付けるということ」は12月末に公開予定です。
第10話:米倉誠一郎教授と日本のイノベーションを考える(前半)
取材協力:米倉誠一郎(よねくら せいいちろう)さん

1981年一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。1990年、ハーバード大学にてPh.D.(歴史学)を取得し、1997年より一橋大学イノベーション研究センター教授。1999年~2001年および2008年~2012年3月まで、同センター長。2012年3月よりプレトリア大学ビジネススクール(GIBS) 日本研究センター所長を兼務。現在、法政大学、一橋大学の他に、Japan-Somaliland Open University 学長をも務める。企業経営の歴史的発展プロセス、とくにイノベーションを中心とした経営戦略と組織の史的研究を主たる研究領域としている。経営史を専門とする一方で、関心領域を広く保ち、学際的であることを旨としている。季刊誌『一橋ビジネスレビュー』編集委員長、及びアカデミーヒルズにおける日本元気塾塾長でもある。『経営革命の構造』(岩波新書)、『創発的破壊:未来をつくるイノベーション』(ミシマ社)『イノベーターたちの日本史:近代日本の創造的対応東洋経済新報社』(東洋経済新報社)、『イノベーターとしての人間・松下幸之助』(ミネルヴァ書房)など、著書多数。
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