2. 自分の間違いに気づける人の特性

少し脱線します。世界初の抗生物質であるペニシリンを発見した、細菌学者のA. フレミングの話です。フレミングは、ブドウ球菌の培養実験をしていたときに、異物が混入してしまいました。それが原因でシャーレの中に青カビが発生し、実験は失敗してしまいました。しかしフレミングはあることに気づきました。青カビの周りだけ透明だったのです。つまり、細菌の生育が阻止されていたのです。これが、世界初の抗生物質であるペニシリンにつながったのです。
ここで伝えたいことは、ペニシリンの開発物語ではありません。恐らく多くの研究者も、同じような失敗に遭遇したものと思います。その中で、フレミングだけが抗生物質の可能性に気づいたのです。先ほどは、自分の間違いを気づかせてくれるきっかけの3要素を説明しました。しかしそうしたきっかけが訪れても、そこから何かを気づくことができる人もいれば、そのきっかけが目の前を通り過ぎていってしまうだけの人もいるのです。
この違いは何にあるのでしょうか。個人特性に焦点を当てて分析をしました。1,031人に対する定量調査を実施し、その調査データを因子分析という手法で分析した結果、次の5つの特性が抽出されました。

間違いに気づける5つの特性
●成長志向:いろんなことを吸収して、少しでも仕事ができるようになりたいと常に思っていること
●自己能力への謙虚さ:自分にはまだまだ劣るところがあると、常に思っていること
●意図的な自己否定:良いと思っても、あえて問題点がないかを考えるようにしていること
●立場を変えた検討:特定の立場からではなく、さまざまな立場に立って考えるようにしていること
●正しいことへの回帰:他人が何と言おうとも、真にやるべきことをやりたいと思っていること
なぜ、自分を変えることができないのか
さらに、その中でも特に重要なものを見出すために、重回帰分析という手法で分析しました。その結果が図表2です。色の濃淡で関係性の強さを表しています。それまで正しいと思い込んでいた間違った考えからの脱却には、「成長志向」と「意図的な自己否定」の2つが、統計的に関係がありました(注4)。この2つについて、他の研究結果も参考にしながら掘り下げます。

2-1. 成長志向
“ツァイガルニク効果”というものがあります。有名な社会学者K. Z. レヴィンと弟子のB. W. ツァイガルニクとの共同研究で、人間は達成された課題よりも未達成の課題の方が記憶に残るということが発見されました。例えば、あなたが6~7人で定食屋に行ったとします。全員が別々の定食を頼んだとしても、優秀なウェイター・ウェイトレスであれば、誰が何を頼んだかを覚えられます。そして料理ができ上がったら、お客様に確認することなく、注文した人の前に出すことができます。ところが料理を出し終わったら、誰が何を注文したかをすっかり忘れてしまうそうです。料理を出していない(課題が達成されていない)ときは脳が緊張状態にあるために、記憶に残っているのです。
何かを達成したいとか、自分はこうなりたいと強く思っていれば、常にそのことが頭から離れません。そのため、見聞きしたものが引っかかるのです。恐らくフレミングも、感染症を撲滅したいと強く思っていたのではないでしょうか。身近な例に戻せば、良い商品を開発したいと強く思って試行錯誤している人であれば、お客様からのちょっとした不満からでも、商品開発上のヒントを感じることでしょう。一方で、毎日をぼーっと過ごしている人にとっては、単なる不満でしかありません。

このように、自分の間違いに気づくためには成長志向が大切ですが、注意すべきことがあります。間違った成長志向からは、間違った気づきしかもたらされないということです。例えばマネジャーになったにもかかわらずプレイヤーとして成果を上げたいとしか思っていない人は、マネジメント上の問題点にはなかなか気づけません。
目指すべき内容は、状況に応じて適切に変わるべきものです。昇進したのであれば、昇進後のポジションにふさわしい成長志向を抱かなければならなりません。そこで大切になるのが、人事・人材開発部門の介入です。社員の成長志向のベクトルを正すために、それぞれのポジションに応じた期待役割を認識させる必要があります。

2-2. 意図的な自己否定
ここでのキーワードは、“確証バイアス”です。人間は合理的に考えようとしても、考えることはできません。無意識のうちに偏ってしまうのです。これを意思決定バイアスといいます。そのうちの一つに確証バイアスがあります。これは、自分の主張や仮説を裏付けるものを探してしまい、そうでないものを無視してしまうことです。
ちょうどこの調査を実施していた頃に、私はインフルエンザの予防接種を受けに行きました。医師から注意されたことの1つは、その日は飲酒をしてはいけないということです。ビール1杯ぐらいなら大丈夫なはずだと思ってホームページを検索したのですが、病院機関のどのホームページにも飲酒禁止と書かれていました。そんなことはないだろうと一生懸命探したところ、「ビール1杯ぐらいなら副作用はない」という(いま思えばちょっと怪しい)医療コンサルタントのページに、ついにたどり着きました。これだ!と思った私は1杯だけ飲んでしまったのですが、これは完全に確証バイアスに陥っていたのです。
意思決定バイアスは無意識のうちになされるため、是正することは簡単ではありません。図表2にある「立場を変えた検討」ぐらいでは駄目なのでしょう。「他の立場があることは認めるけど、自分にも自分の立場がある」で終わってしまうかもしれません。自分自身を否定するぐらいの極端さが必要です。だからといって、本当に否定する必要はありません。思考実験のように、否定してみるだけでよいのです。

ただし、ここでも注意が必要です。自己否定をし過ぎると、ものごとが進まなくなってしまいます。機会を逸してしまうこともあるでしょう。時には、少しぐらいおかしいと思っても、前のめりになってチャンスをつかみに行くというようなことも必要です。度を過ぎた自己否定は、意図的に否定しましょう。

3. 自己変革サイクル

ここまでを整理します。初めに説明したことは、きっかけです。自分の間違いに気づくためには何らかのきっかけが必要であり、「失敗」、「他者」、「事実」に関連するものが効果的だと説明しました。
ただし、誰もがそうしたきっかけに反応できるわけではありません。そうしたきっかけをものにできる人には、「成長志向」と「意図的な自己否定」という特性がありました。強い成長志向を抱いていれば、何かのきっかけが生じたときに、自身の行動や態度と結び付けて考えることができます。とはいうものの、結局は自分を正当化してしまうこともあるでしょう。そうならないためには、実は自分が間違っているのでは、と敢えて自分に問いかけるような強烈な内省が必要です。こうしたサイクル(図表3)を回すことで、自分の間違いに気づくことができるようになります。

ただここまででは、自己変革の半分です。冒頭で説明したように、間違いに気づけたからといって、必ずしも行動を変えることができるとは限りません。我々社会人を取り巻く仕事環境には、行動変容の障害がたくさんあるのです。

何が行動変容を妨げるのでしょうか。また、どうすれば乗り越えることができるのでしょうか。後編で説明します。
なぜ、自分を変えることができないのか
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富士ゼロックス総合教育研究所では、1994年より人材開発問題の時宜を得たテーマを選択して調査・研究を行い、『人材開発白書』として発刊しています。『人材開発白書2016』は「ミドルの自己変革力」をテーマに分析をしました。本コラムはその分析結果にもとづいて書かれています。なお、『人材開発白書』のバックナンバーは、弊社のホームページよりダウンロードできます(http://www.fxli.co.jp/)。
注1: まずは17社の協力のもとで140人に対する自由回答調査を行い、200以上の具体的なきっかけを収集した。そしれそれらを類似のもの同士をまとめて抽象化し、10種類程度に集約した。その抽象化コメントで調査票を作成し、1,031に対する定量調査を実施した。調査では頻度と効果を回答してもらい、効果のデータの上位を抽出した。

注2: 米長邦雄(2006)『不運のすすめ』角川書店をもとに作成。自己変革の事例として本事例に最初に着目されたのは、アンラーニングを研究されている松尾睦先生(北海道大学大学院教授)であり、同氏の了承とアドバイスのもとで掲載。

注3:伊藤かつら氏(日本マイクロソフト株式会社 執行役)および小林いづみ 氏(日本マイクロソフト株式会社 人事本部 HRマネージャー)へのインタビューによる。インタビューはそれぞれ2015年10月22日および2015年8月13日に実施され、所属・役職は当時のもの。

注4: 誤解のないように補足するが、5つの因子のすべてが、間違いに気づける人の特徴であることは確かである。その中でも自分の間違いに気づける確度が特に高いものが統計的に抽出されたということである。
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