同志社のクローバー会

稲垣 クローバー会の歴史について教えていただけますか?

田中 インドネシアでは、2001年に発足された団体で、私はいま5代目の会長を務めさせていただいています。同志社のオフィシャルサイトにも掲載されている団体ですが、基本的には各国で自主的に駐在員が立ち上げ、後から大学のお墨付きをもらっています。各大学でいろいろなルールがあるようですが、同志社の場合はOBが集う会をサポートする「校友会」があって、そこから活動援助金や大学のロゴデータの提供など、活動のサポートをしてくださるという感じですね。

稲垣 いまクローバー会に登録されている方は約100名。とても活性化していると思いますが、雰囲気づくりはどのように工夫されていますか?

田中 普段皆さんは、異国の地でいろんなストレスも抱えながら仕事を頑張っていると思うので、出来るだけ気軽に参加できるような雰囲気を作りたいと思っています。大学の繋がりということで、しがらみなく参加できるので、特にフラットな人間関係を保てるように気を配っていますね。みんな大学時代を思い出すんでしょうね。年が離れていても楽しそうに会話されています。
第8話:常にラーニングゾーンで自己成長を促すセルフコントロールを
稲垣 いま、年間の活動はどのような感じでしょうか。

田中 懇親会を3カ月に1回、ゴルフを年6回実施しています。ゴルフは学内戦も行いますが、近頃は大学の対抗戦が多くなってきましたね。一つは、関関同立戦。これはもう“負けられない戦い”ですね。2014年11月から開始して同志社は3勝、関学が1勝。この時は大学生の気分に戻って全員で同じポロシャツを着て、一致団結して戦います。勝ったら他校の前で自分たちの校歌を熱唱する権利を得ます。これが気持ちいい!(笑)
第8話:常にラーニングゾーンで自己成長を促すセルフコントロールを

コンフォートゾーンとラーニングゾーン

稲垣 このような大学コミュニティの存在を含め、昔と比べて、インドネシアでは外国人である我々もだいぶ暮らしやすくなっているんですね。ノール・M・ティシーの理論で言うところのコンフォートゾーンが広がっているんですね。

田中 そうだと思います。このようなコミュニティがたくさんできていることもそうですし、トイレにも紙があって街も綺麗になってきて、ショッピングモールも建って、とても便利になった。ハードの部分ではかなり進化していて、日本にいるときとあまり変わらない。英語を話すインドネシア人も圧倒的に増えて、駐在しても英語で仕事をすることが可能になっています。それらは素晴らしいことだと思いますが、反面、本当のインドネシアに触れる機会は減ったかもしれません。

1991年、私がワコール時代、インドネシアに初めて来たときは、クローバー会はもちろんありませんでしたし、街も人も整備されていなかったので、いろんな面で心もとなかった。言葉も、英語がなかなか通じないので、スタッフとコミュニケーションをとるために一生懸命インドネシア語を勉強し、いわゆるラーニングゾーンで汗をかきながら生活していたように思います。でもその結果、この国にどっぷり浸かって、インドネシアの文化・習慣・歴史・考え方を深く理解することができたと思います。

インドネシア人からすると、常にコンフォートゾーンから話している日本人には距離を感じてしまうでしょう。この国を理解するために、自らこの国のコミュニティに飛び込み、インドネシア人の文化で生活することも大切だと思います。そのように頑張っている方々の為に、クローバー会のようなコンフォートゾーンを提供するコミュニティが存在していると思っています。今後も私はクローバー会を、同志社のOB・OGの方々にとって心地よい場所であり続けられるように運営していきたいと思っています。

インタビューを終えて

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