1.部下を動かす方法

ケース(1) 部下を動かすために

A課長は、部下に難易度の高いことに取り組んでもらうことを考えた。ところが、何度も部下に依頼したが、首を縦に振ってくれなかった。
これ以上説得しても無理だと考えたA課長は方針を変えた。部下から「この上司のために頑張りたい」と思われるような、人望のある上司になるよう努めることにしたのである。そして他者からの依頼や要望に積極的に応え、損な役回りも進んで引き受けた。もちろん部下の要望にも真摯に対応した。半年経って、再び部下に依頼をすることにした。

このような方法でも効果があるだろうが、部下に首を縦に振ってもらう確率をより高める別の方法がある。難しいことに取り組ませるために、A課長には、あと何が必要か。

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マネジャーの仕事は部下を動かすことだけではありません。同時に、部下を育成しなければなりません。そのためには、難しい仕事にチャレンジさせることが効果的です。しかし、難しいことであるほど、部下はなかなか首を縦に振ってくれなません。どうすればよいのでしょうか。

権限を行使する

マネジャーに昇進すると与えられる武器が、職位に伴う権限です。この権限を使えば、確かに部下を動かすことができます(図表1-1)。権限を持つマネジャーが指示すれば、部下はそのことが会社にとって大切なことだ(内容の正当性)と感じるのです。
なぜ周りは動いてくれないのか
しかし、権限という武器は、諸刃の剣です。権限を行使して部下を動かす場合には、2つの注意が必要です。

1つ目の注意点は、部下は必ずしも肯定的に受け止めているわけではないということです。
図表 0-1の右から2列目の「相手の意向」について、補足します。これは、行動するかどうかの最終判断のようなものです。そしてその意向には、肯定的意向(喜んで受け入れたい)と否定的意向(仕方ないが受け入れざるを得ない)だけでなく、もう1つあることが分かりました。「色々考える前にまずはやってみる」というものです。自分にとって望ましいことかどうかという判断を先送りして、とりあえず行動してみようというものです。
権限を行使するルートは、この「色々考える前にまずはやってみよう」を通ります。つまり、部下はそれをやることに納得しているわけではなく、判断を先送りしているだけです。いずれ部下は判断します。その時に否定的ではなく、肯定的に捉えてもらわなければなりません。
そして、そのための1つの方法は、小さくてもよいので早期に成功体験を得られるような仕事を与えることです。心理学者のアルバート・バンデューラによれば、自己効力感(自分はできるんだという感覚)が高い人ほど、より高い目標を設定し、その実行にコミットするといいます(注3)。そして、自己効力感を高める上で最も効果のある方法が、成功体験だといわれています。権限を使って強制する場合は、こうした成功体験を早期に得られるような工夫が必要です。

2つ目の注意点は、権限のマイナス作用です。図表には示していませんが、「業務上の権限」と「内容の魅力・共感」は、逆相関の関係にあります。つまり、権限を振りかざすと、本来は部下にとって魅力的に思えることであっても、そう感じられなくなってしまうのです。

こうしたことを考慮すれば、権限の行使は最後の手段にすべきです。さらにいえば、初めから肯定的に受け止めてもらうような方法が望まれます。

注3:Bandura, A.(1997) Self-efficacy: The exercise of control. W. H. Freeman.

部下の主観に訴える

初めから「喜んで受け入れたい」と思わせるためのルートが、図表1-2です。「内容の魅力・共感」を抱いてもらったり、「依頼者への支援心」を持ってもらうことが大切だということがわかります。
なぜ周りは動いてくれないのか
権限を行使する方法(図表1-1)は、客観性や合理性で押し通そうというものでしたが、このルートは部下の主観に訴えています。調査では、このようなコメントも寄せられました。

「できる限り一生懸命頑張って、この上司の力になってあげたいと思った。」(流通業、営業職)

このように思ってもらうことができれば、上司冥利につきます。しかし、だれもがそう思ってもらえるわけではありません。そう思わせることができる上司には、2つの特徴がありました。
1つが「人柄の良さ」です。昔と違って人柄など関係しないのではという仮説のもとに質問項目を追加したのですが、今の時代でもやはり人柄は重要なようです。
そしてもう1つが「日頃の献身的行動」です。これは、自分の時間や労力を犠牲にしても、普段からいろいろな人のために行動することです。「日頃の献身的行動」は多くのルートに登場する、とても重要な影響力の源泉です。「人柄の良さ」は持って生まれた部分もあり改善が難しいかもしれません。人柄に自信のない人は、ぜひ献身的な行動に努めてください。

しかし、人柄や献身的な行動だけでは役に立たない場面もあります。ケース(1)にあったような、難易度の高い依頼を部下にする場合です。来期の目標を1.5倍にしたり、誰もできなかったような技術開発を求めたりすると、いくら人柄が良くても、あるいはいくら献身的に行動していても、それとこれとは話が別だと部下は考えるでしょう。この場合はどうすべきなのでしょうか。

ケース(1)を考える_難易度の高いことをさせる場合

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