社会人の成長には経験が必要であり、経験から学ぶためには「他者」が必要

能力開発の手段として頭に浮かぶものに「研修」があります。しかし、社会人の能力開発の約7割は、経験によってもたらされるといわれています(注1)。研修を生業としている弊社がこのようなことをいうのもおかしなことですが、研修だけでは限界があることは、私どもも実感しています。
とはいうものの、経験をすればそれでよいわけではありません。同じ経験をしても、成長できる人もいればそうでない人もいます。その違いをもたらす1つの要因が、他者の存在です。経験から学ぶためには、他者という触媒が必要なのです。

他者の効果についての興味深い研究報告があります。一匹狼のような投資銀行のアナリストでさえ、周りに支えられながら成果を出しているということが、ハーバード大学の研究チームによって見いだされました。それは、このような調査結果によるものです(注2)。転職した花形アナリストのパフォーマンスを追跡調査すると、転職後のパフォーマンスは大きく低下していました。ところが、その落ち込みが少なかったり、以前と近いパフォーマンスを発揮できたアナリストがいました。どういう人たちだったかというと、一人で転職したのではなく、チームを引き連れて転職したアナリストだったそうです。
このように、社会人は周りとの相互作用の中で成果をあげ、そして成長します。一人で成長することは、もちろん不可能というわけではありませんが、そのスピードは遅々としたものになってしまいます。他者の存在は欠かせないのです。

成長するにはなぜ他者が欠かせないのか_他者から得られる3つの効果

それでは、他者が何をしてくれるから、成長できるのでしょうか。
20歳代のころに、仕事での成長を感じたときのことを思い出してください。そのときには、誰からどんなことをしてもらっていたでしょうか。このような質問を講演会ですると、決まって出てくる答えが、「上司や先輩に仕事のやり方を教えてもらった」というものです。だいたい、8割ぐらいがこれに類似した答えです。
ただ、実際はそれだけではありません。弊社が中原淳先生(東京大学 大学総合教育研究センター 准教授)、松尾睦先生(北海道大学 大学院経済学研究科 教授)とともに調査をしたところ、他者から得られるものは3種類あることがわかりました。
1つは業務支援です。業務に必要な知識やスキルを与えてもらったり、仕事の手助けをしてもらうなどです。講演会でよく出る答えがこれに相当します。2つ目は内省支援です。すこし聞きなれない言葉ですが、自分自身を振り返る機会を与えてくれることです。そして最後が精神的支援です。精神的な安らぎを与えてくれるなどです(図1)。
なぜ部下が育たないのか

その存在になかなか気づかないが、最も重要な内省支援

この3つはすべて大切です。とはいうものの、強いて言えば、どれが最も大切なのでしょうか。3つの支援それぞれが本人の成長感に影響を与えるかどうかを分析しました。
ここで少し脱線します。「成長感」という概念は少し漠としていますので、まずはどのようになったときに成長を実感するのかを調査しました。それが図2の6種類です。
なぜ部下が育たないのか
1つは業務能力の向上です。仕事がよりできるようになったときに、若手・中堅社員は成長したと実感するようです。2つ目は、他の部門のことを理解できるようになったときです。例えば、営業の人なら開発の人の立場が分かるようになったときです。そして、理解できるようになるだけではなく、他部門を巻き込んで仕事が進められるようになったときが3つ目です。4つ目は、より大きなそして多様な観点から考えられるようになったときで、5つ目は、自分自身のことを客観的に、冷静に見られるようになったときです。そして、最後がタフネス向上です。精神的に打たれ強くなったときにも、成長したと感じるようです。

話を戻します。このような6種類の成長をするためには、他者から何を得ることが重要でしょうか。それを分析したのが、図3です。
なぜ部下が育たないのか
図中の矢印が、影響があることを示しています。これを見ると、他者から内省支援をしてもらっている人が、最も成長を実感していることがわかります。より興味深い結果は、矢印がある箇所よりも、矢印がない箇所の方に見られます。業務支援から矢印が出ていないのです。
もちろん業務支援が役に立たないというわけではないでしょう。むしろ基本になるものです。基本的な業務を教えることなく、「振り返りなさい」といっても、部下は何を振り返るのか迷ってしまいます。内省支援の前に業務支援は欠かせません。ただし、それだけではだめだということです。仕事をした後になぜ上手くいったのか、なぜ上手く行かなかったのかを考えなければ、次につなげることができません。

ところが、若手であればあるほど、立ち止まって振り返ることができないということも、私どもの調査から分かっています。ある仕事が終わったら、すぐに次の仕事へとなりがちなのです。そのような仕事の仕方は、非常にもったいないことです。いくら良質の業務をしたとしても、その経験を自分の力に変えることができないからです。それゆえ、誰かが無理やりにでも立ち止まらせ、そして一緒に振り返ってあげなければならないのです。

ケース(前編)を考える

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