最終回 健康経営を持続させるために必要なこと

2019.07.22 
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最終回 健康経営を持続させるために必要なこと

みなさんこんにちは。このコラムでは「健康経営」というキーワードを中心に、人事関連の様々なトピックについて考えていきます。

1年近くにわたって連載してきた本コラムも、いよいよ最終回となりました。

前回までの連載記事
第1回 「健康経営」で本当に何かが変わるのか?
第2回 「生産性×健康経営」について考える
第3回 ハイパフォーマー分析が「健康経営」に繋がる?!その理由とは?
第4回 青い鳥は存在するのか?~「理想の職場」について考える~
第5回 エクセルでできる! ピープルアナリティクス超基本編

今回は、これまで書いてきた内容を踏まえて、これから健康経営を進めていくうえで必要だと思われることを述べたいと思います。もちろん色々あると思いますが、今回は組織マネジメントの観点から2つ紹介します。過去のコラムの繰り返しになる部分もあるかと思いますが、それだけ重要なことだとご理解いただければ幸いです。

それでは始めましょう。

目次

経営メンバーの覚悟

第一に、健康経営を継続していく上では、経営メンバーの相当な覚悟が絶対に必要です。

なぜならば、生産性向上の面において、健康経営の実現の過程で、どうしても一時的に生産性が低下する状況が発生する可能性が高く、その試練に経営メンバーは一時的に耐えなければいけない必要があるからです。

生産性をごく簡単に表現すると、インプット(手間)に対するアウトプット(成果)の割合でした。これを向上させるためには、「同じ手間で成果を増やす」か、「手間を減らしつつ同じ成果を維持する」か、あるいは「その両方(手間を減らしつつ成果を増やす)」でしたね。

まず、「同じ手間で成果を増やす」という文脈では、しばしば「革新的なイノベーション」による成果の話が出てきます。しかしながら、「イノベーション」なんてものはそうそう簡単に起きるものではありません。

そして、この過程では多額の投資が必要になります。それは設備投資かもしれませんし、M&Aかもしれませんが、投資にせよ経費にせよキャッシュの流出が発生しますので、インプットの増加という形で一時的な生産性の減少を招く可能性があります。少なくとも短期的には「同じ手間で成果を増やす」ことは難しいのではないか、ということです。

次に、「手間を減らしつつ同じ成果を維持する」ということは、従来と同様の成果を出すために投入する経営資源の割合を減少させるということです。具体的には、労働時間の短縮や広告宣伝の抑制などが考えられるでしょう。

しかし、この成果はすぐには表れてきません。むしろ、労働時間を短縮したり広告宣伝を抑制したりすることによって、手間だけでなく成果も減らしてしまう可能性があります。ここで手間の減少の度合いを成果の減少の度合いが上回った場合、やはり一時的に生産性は減少するでしょう。

また、福利厚生の充実や休暇の付与による実質的な賃上げなど、従業員の健康に対する投資については、それ自体が売上等の成果を生み出すことはほとんどないと思いますので、単純なインプットの増加になります。そうなると、やはり一時的に生産性は減少することが予想されます。

そして今年に入り、中国経済の失速などの景気の減退についての報道が多くなってきました。例えば、2019年3月27日の日本経済新聞朝刊の一面によると、国内主要企業の社長を対象としたアンケートで世界景気「悪化」と回答した割合は25%だったそうです。25%という数字が多いか少ないかは議論が分かれると思いますが、これは前回の調査から倍増しているとのことで、日本の主要企業の経営者にも危機感が広がってきていることが分かります。

このように、健康経営や生産性向上策に取り組むということは、ただでさえ市場全体として景気が悪くなっていくなかで、一時的に生産性が減少する可能性のある取り組みを実施し続けなければいけない、ということになります。しかもヒトへの投資に関しては、一度始めると途中で簡単には止められない、というのが非常に難しい点でもあります。

経営者以下、スタッフが完全に合理的で、かつ経営資源が潤沢にあり、かつ一切の調整コストがかからない完全シームレスな業務分掌ができていれば話は別ですが、実際は様々な制約条件のもとで一生懸命頑張っている組織がほとんどだと思います。

このような状況下でも、経営者は健康経営や生産性向上を単なるブームで終わらせることなく、経営資源を投入し続けなければならないのです。経営メンバーに相当な覚悟がないと継続は難しいと僕は思うのですが、みなさんはどう思われますか。

健康経営と業績をつなぐ経営指標

第二に、健康経営と業績(特に財務業績)をつなぐ「経営指標」が必要です。

本コラムのみならず様々な場で話をしていますが、基本的に、測定できないものをマネジメントすることはできません。この点について、健康経営の文脈で考えてみます。

まず、健康経営を費用ではなくて投資であると捉える考え方がありますが、その考え方は少なくともROI(投資対効果)とセットになっている必要があります。

ROIの観点がないと、結果を評価することなく投資を継続することにつながる可能性が高いです。その場合は成果を伴わないインプットが続くことになり、先述した生産性の一時的な減少が、恒久的な減少になりかねません。

次に、健康経営の具体的な取り組みの場面でPDCAを回す際にも、客観的な数値による評価(つまり「C」)は必ず必要になります。

これだけ競争環境が激化すると、「P」をじっくり練るほど悠長な時間はありません。また、「まず行動!(つまり「D」)」というのは非常に素晴らしい考えだと思いますが、それを担保できる経営資源は十分にあるのでしょうか。そうでもない組織が多いと思います。

そうすると、何らかの経営指標を活用した「C」を素早く確実に実行し、速やかに次の行動につなげ、またすぐに「C」を行う・・・という短いサイクルをガンガン回すことが重要になります。

この部分を担うのは人事メンバーです。これまで蓄積した経験にデータ分析による新たな知見を加えて、経営メンバーを直接的にサポートできるようになる必要があります。「戦略人事」「科学的」という言葉も出てきていますが、要は人事メンバーの「覚醒」が待ち望まれているということだと思います。

また、僕は個人的な考えとして、組織の財務的な健全性と事業の持続可能性の確保も、「組織の健康」という意味で広義の健康経営と捉えています。組織自体も健康であり続けないと、健康経営とは言えないということです。

実は「従業員の健康に配慮する企業の業績が良い」よりも、「業績の良い企業が従業員の健康に配慮できる」という関係の方が、僕にはよりしっくり来るのです。その前提だと、組織が健康でないと、従業員の健康に気をつける余裕がそもそもなくなるのではないか、というのが僕の考えです。

以上の論点を考えると、やはり健康経営の成果を、組織マネジメントの文脈で短いサイクルで測定(PDCAの「C」)し、評価できるような経営指標が必要になるのではないでしょうか。そして僕が知る限り、健康経営の成果を端的に表す経営指標はまだ確立されていません。このような指標を出すことができるシステムがあれば是非お目にかかりたいですし、個人としても引き続き研究を続けていきたいと思っています。

まとめ

さて、以上で本コラムは終了です。

この連載では、健康経営について少し異なる視点からいろいろと述べてきました。

マクロ環境の変化によって組織マネジメントの難易度がますます高くなる中で、健康経営などの取り組みを成功させるのは並大抵のことではありませんが、成功させることは十分可能であると僕は信じています。そのカギを握るのは、経営メンバーの覚悟と人事メンバーの覚醒です。

身の丈と今後のビジョンに合致した人事システムの導入はもちろんですが、少しでも信頼できるシステムベンダーさんを見つけ、協力を仰ぐのも一つの手だと思います。もちろん我々アカデミアの領域でも、日々新たな知見を蓄積しています。必要であればいつでもお声がけください。

それではまたいつかどこかで!

※本コラムは執筆者個人の考えに基づく論考であり、特定の企業や団体の意向を代表するものではありません。また、本文中に提示されている講演内容の紹介は、すべて執筆者の解釈に基づいています。

新改敬英 (Takahide SHINKAI)
慶應義塾大学大学院経営管理研究科 大学研究員

大手国際会計事務所等にて会計監査・M&Aアドバイザリーに従事したのち、
外資系メーカーおよび国内系医療・介護グループを経て研究者に転身。
民間企業在籍中は一貫して経営企画業務に従事し、
経営戦略立案、組織マネジメントから財務分析、人材採用までオールラウンドに手掛ける。
現在は九州大学大学院の博士課程に在籍し、会計学・組織マネジメントについて研究する傍ら、
慶應義塾大学大学院経営管理研究科(慶應ビジネススクール)の研究員として、
企業との共同研究・アドバイザリーに従事。(2019年3月現在)

参考リンク

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