第2回 「生産性×健康経営」について考える【中編】

2018.09.03 
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“It takes all the running you can do, to keep in the same place.”
「その場にとどまり続けるためには、全力で走り続けなければならない」
-赤の女王(不思議の国のアリス)

みなさんこんにちは。
このコラムでは「健康経営」というキーワードを中心に、人事関連の様々なトピックについて考えていきます。

前回の第1回(前・中・後編)では「健康経営で本当に何かが変わるのか?」という問いについて考えてきました。

「健康経営で本当に何かが変わるのか?」(前編)はこちら
「健康経営で本当に何かが変わるのか?」(中編)はこちら
「健康経営で本当に何かが変わるのか?」(後編)はこちら

また第2回 「生産性×健康経営」について考える【前編】では、「生産性」というものについて自分なりに整理してみました。
今回は一歩踏み込んで、生産性について考える上で、ネックとなる論点について考えてみます。

私は、生産性には常にマイナスの引力が働いていると思っています。
常に下がる気マンマンなのだということです。
特に生産性を低下させるような行為を故意に行わなくても、技術やノウハウ、システムの陳腐化や、スタッフの異動・退職などの恒常的なイベントによって、生産性には常に下への引力が働きます。
多かれ少なかれ、読者のみなさんにも思い当たるフシがあるのではないでしょうか。
冒頭の赤の女王のコメントのとおり、常に走り続けないと現状維持できないということです。
その部分を指摘している赤の女王、分かってますね。

ここで再確認です。
生産性を向上させるために必要なのは、どのような活動だったでしょうか。
そう、「価値を上げる」か「コストを下げる」(あるいはその両方)でしたね。

生産性は常にマイナスの引力の影響下にあるということを考えると、これらの文言は「価値を上げ“続ける”」「コストを下げ“続ける”」の方がより正確ですね。
ワンショットではなく、継続しなければなりません。
「生産性向上」と言うのは簡単なのですが、私にとってこれは相当難易度が高いことのように思われます。
ではどこが難しいのか、以下、簡単に私見を述べていきます。(注1)

「価値を上げ続ける」のがなぜ難しいか

まず、革新的なイノベーションによる価値創造の難易度は高いです。
よく言われるのが、「技術やビジネスモデルのイノベーションによって、付加価値の高いものを創り出すべき」という話ですが、そもそもイノベーションなんてそう起こせるものではなく、かつそれは条件として「必要十分な経営資源」が揃っている、というのが私の考えです。

私たちが記事等で見かける革新的なモノ・コトは、大小さまざまな組織による膨大な数の試行錯誤の上に成り立っています。
その過程で、残念ながら市場から退場してしまった組織も、数えきれないほど存在すると思います。

そもそも打率が低い上に、いつヒットが出るかわからないけれども、それでも継続し続けたその先にあるのがイノベーションではないでしょうか。
何キロ走るか分からない長距離マラソンのようなものです。
キャッシュや人材、設備など、経営資源をどれだけ投入し続けられるかにも左右されることもあるでしょう。
イノベーションが起きるのを待っている間にキャッシュがなくなる、という状況もあり得るかもしれません。

次に、価値のあるものを、その価値に見合った適正価格で顧客に提供できない可能性があります。
分かりやすいのがホスピタリティ産業における「おもてなし」の存在です。
「おもてなし」は世界に誇るべき日本の文化・精神性だと私は思いますが、同時に、ビジネスの文脈では注意が必要だとも思っています。

「おもてなし」についてはホスピタリティに裏打ちされた「もうひと手間」だと個人的には整理していますが、この実施には従業員の時間など、何らかの経営資源の追加投入を必要としているケースが多いようです。
この追加投入されたコストが確かに価値を産み出しているのであれば、それは価格に転嫁されないと単純なコスト増(注2)、あるいは「現場の精神論」(注3)となり、利益圧縮の要因となるだけでなく、ブラック労働の温床にもなりかねません。

ここで、「喜んだ顧客がリピーターになるからいいじゃないか」という考え方もアリですが、リピーターは、前回受けたサービスによってより期待値が高まった状態で再びやってきます。
提供する側は、担当者が変わったとしてもその期待値を維持し続けなければならず、サービス提供の難易度は上がるでしょう。

日本ではチップの習慣がないため、「追加のひと手間」に対する顧客側のリスペクトを具現化する対価の概念が諸外国、特にアメリカなどと比べて弱いのかもしれません。
人間は「ありがとう」と言われると嬉しくてもっと頑張ることができる素晴らしい生き物ですが、提供価値の適正なプライシングの観点では、おもてなしの議論とは切り分けて考える必要があると、個人的には思います。

「コストを下げ続ける」のがなぜ難しいか

抜本的なコスト削減を行う際には、設備やシステムへの多額の投資が避けられないことが多いです。

例えば日本電産は永守重信代表取締役会長兼社長の号令の下、生産性向上による残業ゼロ実現に熱心に取り組んでいることで知られていますが、投じる投資額は、2020年までに1,000億円と、日本電産の規模を考えたとしても非常に大掛かりなものです(注4)。

この投資によって、将来的な3,000億円の業績増も実現させるとのことですが、投資した資産や仕組みの導入・定着に時間がかかり、かつ定着を待つ間に陳腐化する可能性もゼロではない中でこのような意思決定を行うことは、生半可な覚悟では難しいでしょう。

一方で、個人レベルの改善を積み重ねて効率化し、コストを下げるという方法も当然考えられます。
これは個人の働き方改善にもつながることでもありますし、健康経営の文脈ではこちらに焦点が当てられるのではないかと思います。

確かに、個人レベルの効率化は技術の進歩もあってかなり進んできていて、例えばファックス送信にまつわるいくつかの手間はPDFファイルのメール添付でほぼ解消できるようになりました。
また、チームレベルでは、グループウェアでスケジュールが共有できることで、自分の上司や部下の予定をいちいち口頭で確認する必要もなくなりました。

個人レベルの効率化によるコスト削減については、個人的に思うことが大きく2つあります。
本当は3つなのですが、最後の1つはメインメッセージに直結することもあり後編に書いていますので、是非そちらもお読みください。
異論もたくさんあるかもしれませんが、率直に書きます。

まず、個人レベルの効率化は、そもそも生産性向上にどのくらい寄与しているでしょうか。

効率化自体の意義は改めて言うまでもありません。
ただ、だからといって全体の生産性が向上するとは限らないと個人的には思います。

例えば、朝から超・効率的に仕事を済ませ、その日にやるべきことが午前中に全部終わったとします。
正直に考えて、午後も同じペースで仕事をこなすことができるでしょうか。
恥ずかしい告白をしますが、私には自信がありません。
組織の制度としてお昼に帰って良いのであれば、おそらく帰ると思いますし、定時が決まっているのであれば、定時までは軽く流すかもしれません。
この場合、効率化していても生産性は変わりません。

もちろん、何かの期限直前など、午後も根を詰めて仕事する日も確かにあります。
でも正直、毎日はムリです。みなさんはいかがですか?

次に、自分の都合だけでは効率化できないことも多いのではないでしょうか。

現時点の仕事量が今後も一定であれば、先に述べたような方法で効率を上げて、コストを下げられるかもしれません。
しかしながら、仕事というのは他部署やベンダーさん、顧客などを含むサプライチェーンの中で成立するわけで、それら外部の利害関係者から降ってくる仕事の量をコントロールすることは、実際はとても難しいことのような気がします。
つまり、効率化したとしても仕事が楽になるかどうかはわからないし、そのような中でコストを下げ続けることが果たしてできるのでしょうか。

このようなことを考えるたびに思うのは、「効率化による生産性向上には限界が確実にある」ということです。
それは、効率化そのものの問題というよりは、「組織の制度の不適合」や「人間としての限界」といったことが影響していると考えています。

第2回 「生産性×健康経営」について考える【後編】では、生産性向上と健康経営の関係性について、主に「人間としての限界」の側面から書いていきたいと思います。

それではまた次回!

第2回 「生産性×健康経営」について考える【前編】はこちら
第2回 「生産性×健康経営」について考える【後編】はこちら

※本コラムは執筆者個人の考えに基づく論考であり、特定の企業や団体の意向を代表するものではありません。

(注1)
ここは話し出すと本当に長くなるので、時間があれば別の機会に詳しく書いてみたいと思います。

(注2)
新改敬英, 「『おもてなし』としての接客サービスと日本の高価格宿泊施設における提供価値との関連性についての一考察」,『HOSPITALITY』 2017, Vol. 27, pp. 95-103.

(注3)
近藤隆雄, 『サービス・イノベーションの理論と方法』 2012, 生産性出版, pp. 317-318.

(注4)
「特集 競争力の唯一の源泉 生産性」,DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー, July, 2017, p33.

新改敬英 (Takahide SHINKAI)
慶應義塾大学大学院経営管理研究科 大学研究員

大手国際会計事務所等にて会計監査・M&Aアドバイザリーに従事したのち、
外資系メーカーおよび国内系医療・介護グループを経て研究者に転身。
民間企業在籍中は一貫して経営企画業務に従事し、
経営戦略立案、組織マネジメントから財務分析、人材採用までオールラウンドに手掛ける。
現在は九州大学大学院の博士課程に在籍し、会計学・組織マネジメントについて研究する傍ら、
慶應義塾大学大学院経営管理研究科(慶應ビジネススクール)の研究員として、
企業との共同研究・アドバイザリーに従事。(2019年3月現在)

参考リンク

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