第1回「健康経営」で本当に何かが変わるのか?【中編】

2018.08.17 
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みなさんこんにちは。このコラムでは「健康経営」というキーワードを中心に、人事関連の様々なトピックについて考えていきます。

第1回から「健康経営」という言葉について私が考えるツッコミどころをお話ししています。
前編では、「従業員の健康への取り組みは組織が当然やるべき『あたりまえ』のことなのに、どうして表彰制度なんてつくる必要があるのだろう?」という素朴な疑問と、それについての私の解釈を述べました。
この中編では、2つ目について述べていきたいと思います。

さて、一般的によく見かけるロジックとしてこんなものがあります。

「従業員が健康になると生産性が向上し、組織の業績も向上する」

ツッコミどころ②:この「従業員が健康になると生産性が向上し、組織の業績も向上する」というロジックは本当に正しいでしょうか?

現時点での私の答えは、ズルいようで恐縮ですが「わからない」です。
より正確に表現すると、「正しいと信じてはいるけれども、まだ誰もそれを明確に実証できていないではないか」という感覚です。

例えば組織の努力によって、ある社員が健康になったとします。
そしてもちろん、健康になった社員が自分の24時間をどう使うかは本人の自由です。
この社員は健康で自由に使える時間を何に配分するでしょうか。
所属する企業での仕事にもっと精を出す?スポーツ?飲み会?あるいは副業?

勘の良い方はお分かりになったかもしれませんが、健康になった従業員がその体力や財力、知力といった個人の資源を自分の組織にフォーカスするとは限りません(注1)
自分の組織のためにそれを使ってもらうためには、別の変数(要素)が必要である可能性が高いと個人的には考えています。

例えば岩本隆先生が別のコラムで少し述べられている「エンゲージメント」などがそうかもしれません。
組織に対する愛着や参加意識がないと、その場合は、たとえ従業員が健康になったとしても組織の生産性とはあまり関係がなくなる可能性があります。(注2)

あるいは、逆の因果関係があるとも言えるかもしれません。
すなわち「何らかの要因で生産性が上がったことで仕事の負担が軽くなり、そのおかげで従業員が健康になる」というロジックです。
なんとなくこちらのロジックの方がしっくりくる気がするのは、私の気のせいでしょうか。

 

また、よりマクロな観点で見てみると、組織が従業員の健康に投資したからといって、組織の業績が向上するとは限らない可能性もあります。

この点に関連して読者のみなさんにひとつ質問です。
仮にあなたが経営者で、かつご自身が経営する会社が赤字続きでキャッシュもショートしそうなときに、「よし、この経営状態を改善するために従業員の健康にジャンジャン投資しよう!」となるでしょうか。

もちろんそのような考えはアリですし、前編でも述べたように従業員の健康維持は経営者の重要な仕事です。
とはいえ、経営というのは非常に複雑で、従業員の健康への投資のほかにも組織の業績向上へ向けた様々な取り組みが必要であることはみなさんお分かりのことと思います。
そして、どの取り組みが最も重要かについては状況やタイミングによって異なるでしょう。

そして、ここでも逆の因果関係が出てくるかもしれません。
すなわち「組織の業績が向上しているから、従業員の健康に投資できる」という関係性です。
そういえば「健康経営」のモデルケースとして登場されるのは業績が良い企業さんが多いような気がするのも、私の気のせいでしょうか。

さらにこの従業員の健康への投資と組織の業績については、実はもう一つ個人的な懸念点があります。

「健康経営」の取り組みについて私がどうしてもクリティカルな見方をしてしまう主な理由として、「好景気」「人手不足」「同調圧力」といった変数(いわばノイズ)の存在があります。

現在の健康経営の取り組みの中に占める、「人材採用のためのPR」の割合はどの程度でしょうか(注3)
「同業他社がやるからウチも」という「同質化」意識に陥ってはいないでしょうか。
もし景気が下り坂になって各社の業績が下がり、かつ(または)「人員過剰」になった場合に、それでも各企業は従業員の健康に対する投資を継続するでしょうか。

このような私の「意地悪な懸念」を払しょくしていただけるような展開を期待していますし、もし私の懸念があり得る話なのであれば、その解消に微力ながら私も貢献していきたいと考えているところです。

次回は本編のラスト、後編です。
前編と中編の議論を踏まえたうえで、真の健康経営とはどうあるべきかについて、私の考えを述べたいと思います。

 

※本コラムは執筆者個人の考えに基づく論考であり、特定の企業や団体の意向を代表するものではありません。
(注1)もちろん、健康になった分だけいまの仕事に打ち込むということも十分考えられます。
(注2)余談ですが、「エンゲージメント」の概念は、近年さかんに言われるようになったとはいえ学術的には特に目新しい話ではなく、私などは「組織コミットメント」という概念のほうがしっくりきます。
近年いわれている「エンゲージメント(正確にはEmployee Engagement)」についての日本語の研究論文はそれほど多くありませんが、もしご興味がある方は「組織コミットメント」で文献検索するとかなりの数の論文がヒットすると思います。ちなみにバーンアウト(燃え尽き症候群)の対概念としての「Work Engagement」についても心理学の領域で数多くの研究が蓄積されています。

(注3)「仮に最初は人材採用のためのPRだとしても、それで従業員の満足度が向上し、モチベーションが上がってみんなハッピーになるから良いではないか」という考え方もあるかもしれません。まさに「仏をつくって魂を入れる」。
定量的に実証してみたい、非常に興味深い論点だと思います。

第1回「健康経営」で本当に何かが変わるのか?【後編】へ続く


【プロフィール】

新改敬英 (Takahide SHINKAI)
慶應義塾大学大学院経営管理研究科 大学研究員

大手国際会計事務所等にて会計監査・M&Aアドバイザリーに従事したのち、
外資系メーカーおよび国内系医療・介護グループを経て研究者に転身。
民間企業在籍中は一貫して経営企画業務に従事し、
経営戦略立案、組織マネジメントから財務分析、人材採用までオールラウンドに手掛ける。
現在は九州大学大学院の博士課程に在籍し、会計学・組織マネジメントについて研究する傍ら、
慶應義塾大学大学院経営管理研究科(慶應ビジネススクール)の研究員として、
企業との共同研究・アドバイザリーに従事。(2019年3月現在)

 

参考リンク

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