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人の話を聴くことは苦痛?

2014/02/20

会社の会議などでもどこでも自分の意見が通らないことの方が多い。しかし、不満が残るときと、それほど残らないときがある。その違いはどこで生じるのであろうか?
「きちんと話を聴いてもらえた」と感じているかどうかが大きいと思う。そのように感じると不思議と不満は残らないことが多い。だからこそ、人の話を聴くことは極めて重要だ。

 しかし、人の話をきちんと聴くということはけっこう難しい。私はあるコミュニティに所属して、定期的にワークショップやダイアログを主催したりしていた。そこで学んだことは自分の話をきちんと聴いてもらっていると感じている人があまりに少ないということだ。

 そもそも、人の話をきちんと聴くということを勘違いしている人は多い。以下のAさんとBさんの会話をまずは見ていただきたい。学生時代の友人が社会人になり何ヶ月かぶりに再開したときの会話だ。

A「この間、北海道に行ったんだけどさ」
B「北海道なら僕もこの間行ったよ。蟹が美味しかったな」
A「自分は新入社員研修で行ったんだけど、その研修がひどかったんだよ」
B「新入社員研修で北海道に行けるなんて凄い会社だね」
A「まぁね。マナーの研修だったんだけど、マナーを教えるはずの講師のマナーがひどかったんだよ」
B「はははっ、僕もマナーは人のこと言えないな」

 BさんはAさんの話をきちんと聴いているつもりかもしれない。しかし、Aさんの話をきちんと聴いていないのは明らかであろう。BさんはAさんの話をきっかけとして自分の話をしているだけである。これではAさんは話を聴いてもらっている気はしないはずだ。具体例が少し極端すぎたかもしれないが、以下のような会話はよく見かける。

A「この間、北海道に行ったんだけどさ」
B「へぇ、いつ頃の話?」
A「つい、この間の話だよ。新入社員研修で行ったんだけど、その研修がひどかったんだ」
B「そうなんだ。どんな研修?」
A「マナー研修だよ。でも、マナー研修なのに講師のマナーがひどくてさ」
B「そうなんだ。それはひどいね」


 BさんはAさんの話をきちんと聴いていると思っているかもしれないが、やはりBさんはAさんの話をきちんと聴いているとは言えないだろう。

 BさんはAさんの会話を先回りして話を進めている。それは必ずしもAさんが言いたいことと同一だとは限らない。実際、Aさんが話したいこととは何の関係もない話にそれていっている。いつ北海道に行ったかは重要ではないし、「研修の内容」について詳細に話したかったわけではない。仮に、Aさんの言いたいことが話の途中でわかったとしても話を進めてしまっては聴いているとは言えない。言葉に出さずとも頭の中で勝手に進めてしまっていたりしたら同じだ。話をしている人間にはわかるものだ。

きちんと聴いていたら次のような会話になるだろう。

A「この間、北海道に行ったんだけどさ」
B「へぇ、北海道に行ったんだ」
A「そうなんだよ。新入社員研修で行ったんだけど、その研修がひどかったんだよ」
B「凄い顔をしているね。よっぽど酷い研修だったんだね」
A「そうなんだよ。マナー研修なのにマナーを教えている講師のマナーがなってなくて」
B「はははっ、それはひどいね」

 この文章をお読みいただいている方の中には「そんなことはわかっている。しかし、それができない」という人もいると思う。それは、決しておかしなことではない。むしろ、普通のことだとさえ思う。

 なぜなら、誤解を恐れずに言うと、そもそも、多くの人にとって人の話を聴くことは苦痛だからである。人間は人に自分の話を聴いて欲しいのであって、人の話を聴くことは苦痛なのである。

 私が尊敬するプロのコーチが「最近になってやっと人の話を聴くことが苦痛でなくなった」と仰っていた。プロでさえそうなのであるから、訓練を積んでいない人間が苦痛なのは当然である。そう思うと少し気持ちが楽になるのではないだろうか。


フェスティナレンテ社会保険労務士事務所 小嶋 裕司

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