対談 岩本隆×寺澤康介 世界と日本における HR テクノロジーと ビッグデータ活用の最前線第2回

日本でも人事のタレントマネジメントにビッグデータ分析やディープラーニングなど先端のITを活用する動きが高まりを見せ始めている。まだ導入・活用の動きは始まったばかりだが、はたしてそれはどのように活用されようとしているのだろうか?
そこで、日本のビッグデータ活用を推進する気鋭のHRテクノロジー研究者である慶應義塾大学大学院 特任教授の岩本 隆氏に、ProFuture代表の寺澤康介が、先行する欧米諸国の現状や、日本での普及状況、これから導入・活用する際のポイントなどを聞いた。その内容を漏らすことなく、3回シリーズでお届けする。
iwamoto_prof_img慶應義塾大学大学院
経営管理研究科 特任教授
岩本 隆 氏

「HRテクノロジーコンソーシアム(LeBAC)」会長・代表理事東京大学工学部金属工学科卒。カリフォルニア大学ロサンゼルス校工学・応用科学研究科材料額・材料工学専攻Ph.D.。日本モトローラ(株)、日本ルーセント・テクノロジー(株)、ノキア・ジャパン(株)、(株)ドリームインキュベータ(DI)を経て、2012年から現職。外資系グローバル企業での最先端技術の研究開発や研究開発組織のマネジメント経験を活かし、DIでは技術・戦略を融合した経営コンサルティング、技術・戦略・政策の融合による産業プロデュースなど、戦略コンサルティングの新領域を開拓。現在は産業プロデュース論を専門領域として、新産業創出に関わる研究を行っている。


HRテクノロジーコンソーシアム(LeBAC)
HRテクノロジー企業とユーザー企業の経営者・人事担当者が参加するHRテクノロジー普及推進団体。学術団体ではなく、HRテクノロジーを民間企業に広げていくことを目的とし、年1~2回の全体会議・シンポジウムを通じて情報共有をはかるほか、業界ごとに7つのワーキンググループがそれぞれの研究活動を行っている。慶應義塾大学大学院経営管理研究科の研究室が、企業の人事データ解析を受託し、その成果を提供するなど、企業と研究機関のコラボレーションも行われている。

ビッグデータの活用が進んでも、人の判断が重要。

寺澤:ビッグデータの解析を人事データ活用するようになると、どんなことが可能になるのでしょうか?

岩本:まず扱うデータの種類が飛躍的に広がります。数値やテキストに加えて、音声や画像、動画も扱えるようになる。すると人の行動や発言を音声や動画を通じてデータとして集積し、分析できるようになるでしょう。今はまだ数値とテキストが多いですが、音声や動画をディープラーニングで分析するといった技術がかなり出てきています。

寺澤:ビッグデータ解析があらゆるところで進んでいって、人の行動を把握して人事に役立てることが可能になってきているわけですね。たとえば人事評価もテストだけでなく、あらゆるデータから割り出した根拠に基づいてできるといった活用が生まれてきそうです。そうなると、人事担当者の役割も変わってくるでしょうか?

岩本:データ分析で重要なのは、どんなデータをどんな目的に使うのかといったWHATの定義です。分析自体は専門業者に依頼できますが、WHATの定義は人事や経営の「人」でないとできません。

寺澤:どれだけシステムのデータ解析能力が上がっても、どんなデータをどう使うのかわかっていないとビジネスでも人事でも効果的な活用はできない。人の判断の質が問われるわけですね。

岩本:そこは企業の経営・人事の役割ですね。HRテクノロジー業界では、ユーザー企業からWHATが出てきたらすぐ対応できる体制づくりのため、ツールベンダーはツールの開発を進めていますし、サービスベンダーは先行してデータを蓄積しています。


人事の幅広い分野で活用できるビッグデータ分析

寺澤:欧米のHRテクノロジー業界で、ビッグデータ分析はビジネスとしてどのくらい進んでいるのでしょうか?

岩本:今はたくさんの企業が設立されて、ツールをユーザー企業に広げたり、データの蓄積を進めたりしているところです。まだ売上を立てるところまで行っていませんが、産業として広げようとしている、広がりつつあるとは言えるでしょう。

寺澤:人事のビッグデータ分析にはどのような種類があるのでしょうか?

岩本:人事の分野としてはオペレーションマネジメント、タレントマネジメント、リクルーティングなどがあり、それぞれビッグデータ活用が盛り上がりを見せています。

寺澤:人材にかかわる業務としてはまずタレントマネジメントがあって、その下に採用や評価、配置など色々な業務のマネジメントがあるといった構図でしょうか。

岩本:私たち慶應義塾大学大学院ビジネス・スクール(KBS)では人事・教育のビッグデータ分析のニーズを、人材と組織に分けてそれぞれのニーズを整理しています【KBS資料P.12 人事・教育ビッグデータ分析のニーズの全体像】。人材のニーズは採用・入社後の育成・離職率低減など、組織のニーズは課題抽出や優先順位付け、最適人材配置などです。

寺澤:先ほど出た、音声や動画など多様化したデータを活用するといったことも、これらの分野でできるようになりつつあるわけですか?

岩本:例えば採用なら、採用プロセスをICT化して、スカイプの動画やSNSのやりとりなど、色々なデータを活用して採用につなげていくといったこともできますね。ほしい人材を機能/能力と給与でマトリクスを作り、集めたデータからマッチングしていくといった受け皿の仕組みがまず必要ですが。

寺澤:解析能力が上がれば、マッチングの精度も上がっていくでしょうね。

岩本:まず大量のデータから必要な情報/レコメンデーションを抽出し、いいマッチングをして、そこから採用プロセスに入っていくという順番でしょうか。マッチングの質を上げるにはまずどんなデータを集めるかが重要で、HRテクノロジーのサービス会社も経験者採用・新卒採用など用途に特化したデータ収集をしています。

IMG_0132


人の活動をリアルタイムで把握できる

寺澤:人材の評価なども、今まで上司が評価してきましたが、そこにはどうしても人間同士の相性や感情的な要素が入ります。その点、豊富なデータを活用した方が根拠のある評価ができると言えるかもしれません。

岩本:今、多くの企業で離職率が上昇し、人材の確保にかかるコストが増大するという問題が発生しています。社員のデータを蓄積して分析すれば、人材ごとに離職の兆候を予測でき、パフォーマンスの高い人に残ってもらう、低い人はフォローするといったことも可能です。

寺澤:PCを使った業務のデータから、職場の音声・動画データまで集めて解析すれば、1人1人がどんな活動をして、誰とコミュニケーションをとっていたかといったことまですべてわかりますね。各自の行動を満足度にどうつなげるかといったことも見えてきそうです。

岩本:社員全員の人間関係マップを作成できますし、そこから人と人の相性などが360度見渡せる。こうしたデータを積みかねていくと、相性を配属の判断に加味することもできるでしょう。

寺澤:適性検査などもある程度の裏付けはあると言えるでしょうが、どれだけリアルなパフォーマンスを把握できるかどうかとなると十分とは言えません。リアルタイムで傾向を把握できるところがビッグデータ解析の強みですね。

岩本:ただし、そうなるとデータの正しさがますます重要で、テキストデータの分析結果との照らし合わせなど、他のデータとの比較で検証していくといったことも必要になります。

寺澤:今、日本にはHR分野でこうしたビッグデータ分析ができている会社はあるんでしょうか? Googleなどは進んでいると言われていますが。

岩本:進んでいるのはGoogle、ウォルマート、Amazonですね。HRアナリティクスの部署を設置して、分析を行っています。こうした先進企業を追いかけて専門部署を立ち上げようとする企業も出てきていますが、人材が確保できないという悩みを抱えています。人事のスキルがなければ判断できないことが多いので、マーケティング部門から引っ張ってくるわけにもいなかい。大学から来てもらうなど、苦労しているようです。

寺澤:GoogleやAmazon、ウォルマートなどはビジネスで膨大なデータを活用してきたわけですから、HRへの応用もやりやすいでしょうね。


個人情報とデータ活用

寺澤:データの蓄積・活用が普及すると、転職/経験者採用などでその人の仕事に関するデータを見て、会社と合うかどうか判断するといったことも出てきそうな気がします。そうなると、データをどこが所有して管理するのかといった問題が起きないでしょうか?

岩本:個人情報を管理する仕組みや法整備も進みつつあります。データ管理は企業または公的機関、認証を第三者機関が行い、本人が許可したらデータを使うことができるといった仕組みです。アメリカでは当人の許諾があればOKということが法律で明確になっていて、雇用の契約をするときにパーソナルデータ活用受諾書にサインをしますね。だから企業が大量のデータを持っている。日本ではベネッセの情報流出が問題になって、企業が個人情報を活用することに対して妙に神経質になっていますが、個人情報保護法というのは別に情報を使ってはいけないわけではなく、当人が許諾すれば活用できますし、地方自治体が認めれば見ることができるという、許容範囲のある法律なんです。

寺澤:テクノロジーというのは野放しにしておくと危険な領域まで突き進んでしまうという面もありますから、ルールは必要でしょうが、そこさえおさえれば過度に消極的になる必要はないんですね。

岩本:アメリカでも個人情報の規制がまだ議論中の部分もあります。たとえばオバマ大統領は教育に関するデータは世の中に出すべきではないという意見ですが、小中学生時代のデータは企業が採用で一番ほしいものなんですね。規制すべきところと、許諾して積極的に活用していくべきところを明確にしていくことが大切だと思います。

寺澤:たしかにデータの流出は人にとってリスクになりえますが、HRテクノロジーやデータ解析の進化・普及は止められませんし、人が社会でパフォーマンスを発揮していくことに貢献できる大きな可能性を持っていますから、ただ抑止するだけではいけないでしょうね。


経営と人事が一体化していく

寺澤:人事はこれまで独特の分野で、業務の手法も他の分野と無関係に開発・適用されてきましたが、今はマーケティングなどビジネスの手法を取り入れる動きが出てきています。欧米ではどんな方向へ進んでいますか?

岩本:先進国の産業は今、人でしか付加価値を出せなくなっています。昔は大量生産で勝負していた産業も、製造はコストの低い海外へ出てしまい、産業の主力はサービスにシフトした。日本でもGDPの75%をサービス業が占めています。サービス業というのは人の知恵が直接価値を生み出す産業ですから、人が生み出すによって他社と差別化していくしかない。だから人材を確保し、育て、活用する人事は経営に直結した分野になっています。

寺澤:日本では生産性の低下が問題になっていますが、これは仕事を時間で見ていて、パフォーマンスで見ていないからだと言われています。これからはデータでパフォーマンスを正確に見て、給与などにも反映させていくことになるかもしれません。またグローバル化が進んで、働き方も国境を超えるようになりつつありますが、ネットワークやHRテクノロジーの進化でデータの解析力が上がれば、パフォーマンスをデータで客観的に評価するようになり、賃金も国の格差が小さくなり、フラット化していくのでしょうか?

岩本:これまではグローバルビジネスと言っても、主要拠点が欧米の何カ国かにまたがっているだけでしたが、今はアフリカや南米なども含めた本当のグローバルビジネスへと移行しています。そうなると賃金などはフラット化していくかもしれません。ただ、地域の文化の特徴を活かしていくことが企業の競争力につながるという部分もありますから、何でもフラットにすればいいというわけではないでしょう。

IMG_0104


より密接になっていく経営と人事の連携

寺澤:人事がビジネスの手法を取り入れていくという話が出ましたが、これからの人事の業務はどのように変わっていくとお考えですか?

岩本:方向性はふたつあるでしょうね。ひとつは経営が人事を見ていく部分が大きくなり、人事はサポート役になるやりかた。もうひとつは逆に人事が経営を積極的に支援して、経営に貢献していくやりかた。いずれにしても経営と人事の融合領域がわかる人材の必要性は高まっていくでしょう。経営のMBAにあたるようなHRマネジメントのマスターコースは、世界でもいくつかしかないんですが、人事が経営を学び、経営者が人事を学ぶことが重要になっていくと思います。

寺澤:D.ウルリッチなどは「これからのHRはますます経営への貢献を求められる、HRの活動でもKPIをとって、目標が達成されているか、パフォーマンス向上に結びついているかをしっかり見ていこう」といったことを言っています。欧米の大企業、先進企業では、経営のビジネス展開をHRがどう支えるかが非常に重視されます。日本企業の人事は経営とは別のところで人を管理するという志向が強かったのですが、今これが見直されようとしています。岩本先生は先ほど出たふたつのやりかたのうち、どちらをとるべきだとお考えですか?

岩本:私はビジネススクールの人間であるということもありますが、経営が自ら人事を把握して経営判断していくべきだと考えていますね。

寺澤:日本の経営者は今まで人材のことを人事に任せていましたが、MBAでは管理分野のひとつとして人事をしっかり学びます。日本にはそういう風土がなかったわけですが、これからは経営者が人事のデータ、指標を把握して自ら判断していくべきだと?

岩本:そうです。ただし人事も経営をしっかり理解して、経営が求めるサポートを提供していかなければなりません。

インタビュー・対談の人気記事

まだデータがありません。