給与から天引きされる厚生年金の保険料率は、今年9月から18.3%に引き上げられた。実際には、10月に支払われる給与からこの料率が適用される。厚生年金の保険料率はついに最高料率の時代を迎えることになる。ところで、企業が厚生年金に加入して保険料を納める行為には、どのような意味があるのだろうか。
企業経営と厚生年金への加入

増加する企業の社会保険料負担

わが国では平成16年に行われた年金法改正により、最終的な保険料率の水準を法律で決め、その負担の範囲内で年金支払いを行うことが決められている。このような仕組みを「保険料水準固定方式」と言い、急速に進む少子高齢化に対応するための施策として設けられている。この施策の一環として、厚生年金の保険料率は平成16年10月から毎年0.354%ずつ引き上げられ、最終的に本年9月からは18.3%に固定されることが平成16年の時点ですでに決定していたものである。

また、昨年10月からはパートタイマーの社会保険加入基準が大幅に変更されている。その結果、多くの企業で従来であれば加入義務のなかった多くのパート労働者が、昨年10月からは厚生年金に加入することとなった。

厚生年金の保険料率は他の社会保険の料率よりも高く設定されている。たとえば、平成29年度の雇用保険料率が0.9~1.2%、労災保険料率が0.25~8.8%、健康保険料率が9.91%(全国健康保険協会東京支部の場合)であるのと比べると、厚生年金の18.3%という保険料率はかなり高率であることが分かる。

このような高い厚生年金保険料の半分を負担しなければならない企業側にとり、「保険料率の上昇」「加入者の拡大」は社会保険料負担の更なる増加を意味するものである。そのため、保険料支払いを逃れようと厚生年金に加入しない企業が後を絶たないのが現状である。少し古いデータだが、今年2月末時点で最大52万社が厚生年金への加入を逃れている可能性があると厚生労働省は発表している。

企業を経営する立場とすれば保険料負担を少しでも削減したい気持ちは分からないでもない。社会保険料は売上高とは関係なく発生する固定費であるため、売上高が減少している場合でも、原則として同額の負担が発生するものであり、企業経営を圧迫する要因になりがちだからである。

厚生年金保険料は現在の年金受給者への年金支払い原資

企業は厚生年金保険料を半分負担することが法律で義務付けられているが、誤解を恐れずに言えば、企業が厚生年金保険料を納めたとしても企業側に何がしかの直接的なメリットが生じるわけではない。だからこそ、保険料逃れを行う企業が後を絶たないのであろう。それでは、企業が厚生年金に不正に加入しないという行為は一体、何を意味するのだろうか。

わが国の年金制度では、現在の年金受給者に支払う年金は現在納められている保険料が充てられるという特徴がある。各企業が今まさに納めている厚生年金保険料が現在の老齢者、障害者、家族を亡くした遺族への年金支払いの原資になっているわけである。つまり、企業が厚生年金に不正に加入しないという行為は、厳しい言い方をすれば、本来であれば現在の年金受給者に支払われるべき資金を企業側が不当に搾取している状態とも言えるわけである。

また、厚生年金の保険料支払い実績は、社員の将来の年金額計算の根拠になる。この点から考えると、企業が厚生年金に不正に加入しないという行為は、社員の将来の年金受取額を企業側が不当に減少させるものであり、社員の将来の財産権を侵害する行為とも言えるものであろう。

企業が支払う厚生年金保険料は現在の年金受給者への年金支払い原資であり、なおかつ社員の将来の年金受給権を保証するものでもある。つまり、企業が厚生年金に正しく加入せず、保険料を支払わない行為は、企業が求められる「社会的責任」を果たしていないことを意味するものである。この点から考えると、企業を経営する者の社会保険加入義務の意義は、企業側が考えるよりも遥かに大きいことが分かる。

「企業経営」という行為は単に商品・サービスを提供することのみを指すのではなく、税や社会保険料を適切に納めることにより、大きな「社会的責任」を果たす行為を指すものである。非常に残念なことだが、わが国には不正に厚生年金の加入を逃れている企業が多数存在する。企業に求められる「社会的責任」を果たすつもりがないのにもかかわらず、「企業を経営し、人を雇う」という行為を行うことが本当に好ましい行為なのか、よく考えてみたいものである。


コンサルティングハウス プライオ
代表 大須賀信敬
(中小企業診断士・特定社会保険労務士)

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