経営×人事×タレントマネジメント

タレントマネジメントに取り組まれている企業を訪問し、その導入事例をシリーズでご紹介するとともに、
タレントマネジメントを切り口として、人事と経営の関係性や今後求められる人事のあり方を考察していきます。

Vol.8 先が見通せないVUCAの時代に対応するため、タレントマネジメントやパフォーマンスマネジメントを大きく変革。

AIGビジネス・パートナーズ株式会社 タレントマネジメント部 部長 瀧口 美穂氏
聞き手:中央大学 大学院 戦略経営研究科(ビジネススクール) 客員教授 楠田 祐氏

米国に本社を置く世界最大規模の保険グループであり、損害保険、生命保険およびリタイヤメント・サービスにおけるリーディングカンパニーとして、100以上の国と地域でビジネスを展開しているAIGグループ。
10年以上前からタレントマネジメントを開始
AIGさんは米国の代表的なグローバル企業の一つということで、タレントマネジメントについては相当先進的な取り組みをされているだろうと思います。日本法人でタレントマネジメントを始められたのはいつごろからですか。
いわゆるハイポテンシャル人材を選抜して、その方たちのキャリアディベロップメントプランを作る、また、もっと若手のハイポテンシャル人材の原石を見つけるといった取り組みは、10年以上前から始めています。そこから少しずつ変遷があり、2008年のリーマンショックを経て、現在は、新しい考え方のもとに、これまでのやり方を変える仕組みを導入しているところです。
リーマンショックのころは、サブプライム関連などで世界中の金融企業が大きな痛手を受けましたね。当時、人材関連の投資を今は少し控えようといった動きはあったのですか。
それが違うのです。私はちょうどリーマンショックの年に、L&D(教育・開発)マネージャーとしてニューヨーク本社に異動して、2年ほど、グローバルレベルのエグゼクティブを対象としたディベロップメントに携わりました。将来のグローバルレベルのファンクションヘッドやカントリーマネージャーを育成するため、世界中から社員を選抜して、18ヶ月の長期プログラムを組み、2009年から2011年にかけて実施しました。当時AIGが置かれていた状況からこちらのプログラムも経費削減の対象になるかもしれないと思いました。でも、当時の損害保険部門のトップが、「このような時だからこそ人材育成にかける投資は必要だ」と言ってくれたのです。
VUCAの時代に必要になる、ポートフォリオアプローチ
素晴らしいご判断でしたね。現在は、どういう取り組みを始めようとされているのですか。
AIGが取り入れようとしているのは、ポートフォリオアプローチという考え方のサクセッションプランニングです。その背景には、今がVUCAの時代だという認識があります。
VUCAはVolatility(不安定)、Uncertainty(不確実)、Complexity(複雑)、Ambiguity(あいまい)の頭文字をとった略語で、将来を予測しにくい今のビジネス環境を示すワードとして、最近よく使われていますね。
そういうVUCAの時代になってくると、組織もどんどん変わるため、サクセッションプランにしても、ポジションありきの考え方だけでは難しくなります。今日あるポジションも、その時々の戦略に合わせて柔軟に変化していく必要があります。ですから、ポジションが必要としているスペックはもちろんですが、私たちがどういう人材を持っているのか、ポートフォリオを把握しながら進めていこうと。そういうことを、今、始めようとしています。
すると、サクセッションプランはどう変わっていきそうですか。
今まで、この社員のキャリアプランはこのポジションにというように固定的だったところに加え、もっと幅も広くなります。この社員はどういうスキル・経験や特性を持っていて、どういう時に強いかなど、一人ひとりの特性を見ながら考える部分も大きくなると思います。これもスキルのポートフォリオです。
野球でいうとベンチを厚くしておいて、ここはベンチにいるこの人を出した方がホームランを打てそうだとか、この人はバントがうまいから、このタイミングで出そうといったイメージですね。
将来どういう状況になって、組織がどういう風に変わっていくのか、予測は難しいにしても想定されるのはどういうことか、それなら私たちはどういう人材をベンチに持つ必要があるのか、今までとは全く違うアサイメントも含めて経験してもらう(経験のポートフォリオ)というアプローチをしようとしているように、私自身は感じています。
相対評価(レーティング)を廃止した理由とは
今のお話を聞いて思いましたが、サクセッサーの方たちと対話することがかなり重要になってきませんか。
対話は、まさに今、私たちが推進している新しい仕組みのキーワードです。マネージャーと部下の対話は、今度導入したパフォーマンスマネジメントの要になっていて、そのプロセスにおいて、AIGは相対評価(レーティング)を廃止しました。
ノーレーティングですか。いつからスタートしたのですか。対象は?
グローバルでは去年から始めています。日本では今年から、営業職などの例外が一部ありますが、基本的に全社員を対象としてスタートしました。レーティングをやめた背景のひとつには、脳科学に基づく考え方があります。
ぜひ教えてください。
相対で低い評価にならないように、失敗しないことにフォーカスし、他人からの評価ばかりが気になると、先ほどお話ししたVUCAな状況下ではダイナミックな行動はとれません。すなわち新しいことにチャレンジしにくくなります。結果、なかなか個人も組織レベルでも成長につながりません。また、中間の評価うける人の割合は一番大きかったのですが、こぢんまりとしたパフォーマンスにとどまる人も少なくないようでした。
どうせ評価は一緒だろうと思うと、モチベーションも上がりませんね。
実際は真ん中あたりの評価を受けた社員の方たちの貢献もとても大きく、非常に重要な仕事をしていただいていて、会社にとって絶対に必要な層なのです。その方たちには脳科学でいわれるフィックストマインドセット(fixed mindset)すなわち、失敗を恐れて自分の限界を作ってしまうマインドセットではなく、グロースマインドセット(growth mindset)、すなわち失敗を恐れない、学びを楽しむ、そして他人との比較評価よりも自分の向上心を重んじるといったマインドセットを持っていただき、更にパフォーマンスを向上していただきたいと考えたわけです。
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