グローバル日本企業のタレントストラテジー

グローバル化をめざす日本企業の組織・人材コンサルティングに30年間従事し、自身も複数の外資系コンサルタントファームのアジア地域代表を歴任した経験をもつ大滝令嗣氏。グローバル企業と日本企業を比較し、今後日本企業が変わるべき方向性と方法について、提言をいただいた。

■日本企業のハンディは制度のダブルスタンダード
ビジネス環境がグローバル化する中、日本企業の人事面での課題は何でしょうか。

企業にとって成長し続けることはとても重要で、そのために「国境を越えてビジネス展開すること」は、大事な選択肢の1つです。グローバル化を不安視することがあったとしても、多くの企業にとってグローバル化は待ったなしの状況です。そうした中、日本企業のハンディは2つあります。1つは、国内人材が海外へ出たがらない内向き思考だということ。そしてもう1つは、国内向けと海外向けの2つの人事制度があり、ダブルスタンダードでしばらくは運用しなければならない点です。
 海外で人を採用・育成するとなると、日本の“ユニークな”人事制度では人は集まりません。グローバルスタンダード、つまりダイバーシティ先進国であるアメリカ的な人事制度を取り入れる必要があります。試行錯誤ながら、海外では日本企業も既にグローバルスタンダードを取り入れています。

■明確なミッションを示し、達成できたかを把握する
グローバルスタンダードと日本の人事。根本的な違いは何でしょうか。

まず、人をアサインする際に明確なミッションを示すことです。この課題を解決してほしい、こんな成果を期待している、ということを明確にしたうえで、それを達成できる経験やスキルをもっているかどうかという、その仕事に合った人材プロフィールを正確に把握した上でスクリーニングするわけです。日本企業によくありがちな「彼でいけるんじゃないか」、「彼女に経験させたらどうだろう」といったアバウトなアサイメントはしません。
 育成もむやみなローテーションをさせたり、その人材の専門性とは異なる勉強をさせることは、ほとんどありません。特定分野のプロフェッショナルとしてのキャリアを築くための経験やOff-JTを重ねます。そのようなアプローチだからこそ、足りないことや重複がわかりやすいのです。「タレント・パイプライン」という言葉が日本の企業になかなか定着しないのは、日本では全社的にゼネラリストを育成する傾向が強かったからでしょう。
 コンピテンシーモデルにしても、アメリカではJob Specificなのに対し、日本企業は一般的すぎて人間像の域を出ないものになってしまっています。「できているか・いないか」が見えにくいため、パイプラインの運用がやりづらいのです。
 日本では専門性をもった人は少なく、育てていないと感じます。例えば海外では、新しい担当部長とあいさつした際に「この業務は初めてで…」ということはまずあり得ません。あったとすれば、会社がなぜそういう人選をするのか疑問に思われるでしょう。全員をゼネラリストにしようとするのはばかげています。ゼネラリストばかり育成しても、競争力は高まりません。世界の競合はプロフェッショナル集団なのです。グローバル競争がビジネスの前提条件になっていくのにともない、グローバルスタンダードの人事を国内にも取り込む必要性も高まっています。

■Off−JTを増やし、人材開発を加速させる
一人ひとりへの人材開発施策という点から見ると、どのようなことが必要でしょうか。

海外では、30代で部長級なんて当たり前、45歳位でリタイアを計画している人たちも多くいるくらいです。
日本企業も海外ではこのスピード感で人材開発を行わなければならない状況です。ところが国内では30代で課長は「早いね」と言われてしまいます。中高年が組織の上に滞留してしまっている組織ではイノベーションも起こりにくいです。入社後すぐにアセスメントして、見所のある社員に40代前には部長を任せられるような若手の育成が急務です。10年後には30代で会社の屋台骨を支えられるような幹部人材の育成に舵を切る必要があります。

そのためにはどのようなことが必要でしょうか。

現在、人材開発に占めるOff-JTの割合は1割程度と言われていますが、
それを思い切って3割くらいにまで引き上げることが方法としてあると思います。OJTや経験は必ず必要ですが、領域が狭いことが多く、それだけでは育成を加速できません。だからと言って現行の研修プログラムをそのまま増やすだけではダメでしょう。自社ケーススタディーや修羅場体験型シミュレーション、海外、特に新興国でのイマージョントレーニングなどの組み合わせを検討すべきでしょう。将来的にはバーチャルリアリティ等も使い、経験を意味づけ、定着させる育成プログラムなどが望まれています。
 そこで重要なのは、行動変化が起こるような仕掛けをすることです。行動が変わらない限り、マインドが変わっても会社は何も変わりません。受講者が「勉強になった」という感想をもつのではなく、「このままではダメだ」と、自分の未熟さを自覚するような感想が出て初めて、新しいことをギュっと吸収できるようになります。
 継続的にモニタリングするのは大変ですが、アセスメントやコーチングによって把握し、サポートすることが必要です。モニタリングは職群ごとに適切な指標によって行い、人材のプロフェッショナル化を促進しないといけません。

■10年後の組織の姿を具体的にイメージし、共有する
組織の舵取りをしている方々に向けて、アドバイスをお願いします。

10年後の会社の姿が目に浮かぶような具体的なイメージを社員としっかり共有することです。  10年後は、どんな顔ぶれの社員が、どんな環境で、どんな顧客に対して、どんなビジネスをしているかを具体的に社員に伝えることが重要です。企業理念の浸透も重要なのですが、概念だけでは個人によって様々な解釈ができます。トップはより具体的に社員の想像力が及ぶようなシーンを周囲にシェアすることが大事です。そうすれば、これから自分はどっちを向いてどう進んでいくべきか、個人に腹落ちしていきます。

「10年後」となると、自分事と捉えにくい年齢層もあるのではないでしょうか。

そうですね。それはある程度織り込んで考えた方がいいでしょう。50歳以上のシニア世代が、次の世代にバトンタッチしていくのだという気概を持つようにすべきですし、これまで培ってきた得意分野を活かせるポジションに就いて活躍してもらう。その一方で、10年後に上に立っているであろう世代を積極的に参加させ、未来を描き、方向性を決めるのがいいでしょう。このプロセスを通じて若手から将来のリーダー人材を発掘していく。そして、誰の目にも「やっぱり彼(彼女)だな」という若手リーダーが、次から次へと出てくるような循環をつくることが、グローバル化する日本企業には一番重要なタレントストラテジーだと思います。

大滝 令嗣(REIJI OHTAKI)
東北大学工学部卒業。カリフォルニア大学電子工学科博士課程修了。工学博士。東芝、ヘイ コンサルティングを経て、1988年 マーサー・ヒューマン・リソース・コンサルティングに入社し、2000年 代表取締役会長およびアジア代表に就任。2008年3月までヘイ コンサルティンググループのアジア代表を務める。組織人事コンサルタントとして30年のキャリアを持つ。現在、早稲田大学ビジネススクール教授。弊社セルム アドバイザー。
著書に、『ビジネスマンの基礎知識としてのMBA入門』(共著 日経BP社 2012年)『インド・ウェイ−飛躍の経営』
(訳書:英治出版 2011年)、『理系思考 エンジニアだからできること』(ランダムハウス講談社 2005年)等がある。

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