ビジネスの推進のためにリーダー育成が必要なことは間違いありません。しかし、志を持ち、高度な課題解決等の教育を受けた人材が問題意識を持っても、現実の変化を起こすための一歩が踏み出せない、そんな話をよく聞きます。また、少数のリーダー育成だけに注力しても、顧客のファーストチョイス争奪合戦には勝てません。お客様に選ばれ続けるためにはリーダーの力だけではなく、お客様に価値を届けるバリューチェーンに関わる全ての人の力が必要だからです。
  したがって企業の構成員全員にインパクトのある人材開発を行う必要があります。Key conceptは“全員が事業家、全員がリーダー”を目指す人材開発です。顧客の「ファーストチョイス」を獲得するためには、全員が事業家であり、全員がリーダーでなければなりません。市場の変化は早く、顧客のニーズは読み切れませ。さらに個別性が高まっています。個別のニーズをもつそれぞれの顧客にとってのNo.1になるためには、そのお客様にとって何が最適かを考え、仮説を立てて検証していく自律的な行動が必要になります。それが顧客のファーストチョイスを獲る行動であるはずです。

 具体的には、自分の仕事を組織から与えられた役割としてではなく、自分ゴトとして取り組むこと、歯車として仕事の一部を担当するのではなく顧客への責任という意識を強く持ってバリューチェーン全体を把握し、組織のトレードオフの課題も解決すること。使命感や正義感、理想をもって仕事ができることです。
 全員がこのような行動ができる人材開発を行うために、具体的に見直すべきポイントは次の三点だと考えています。
1.魂のこもった人材像(「プリンシプル」)
2.シニア予備軍(40代~50代)の活躍と処遇
3.ビジネスを強くするHR部門

1.魂のこもった人材像(「プリンシプル」)

  全員が事業家、全員がリーダーとなるために、最も効果的なことは、魂のこもった人材像(「プリンシプル」)を作ること。そして、本気で浸透させることです。
 「プリンシプル」とは、差別化の効いた企業独自の価値観・信条を行動レベルに具体化した、その企業にとっての原理原則です。具体的な行動や人物像がクリアにイメージできることが何よりも大切です。

 例えば、通販サイトの世界的大手であるアマゾンでは、チームをもつマネジャーかどうかに関わらず、全員がリーダーであるという考え方のもと、日々の活動において基準にすべき信条を規定しています。その内容は誰にでもイメージできるほど具体的です。

 世界共通に提示され、共通の価値観をもった仲間であるという意識の醸成にも役立っているそうです。皆さんの会社の人材像と比較して見てください。
「人材像を一生懸命に創ったが、理想的すぎて現実味がない。」「人材像はどこも似たり寄ったりだ。」というお話を伺うこともありますが、設定した人材像が自社固有のものだという自負心がない限り、本気で浸透させることは難しいと思います。
第3回 全員が事業家、全員がリーダーを目指す
  もう1つ、グローバル化を急ぐ日本企業が魂のこもったプリンシプルを創るために重要なのは、海外現地法人のメンバーの目線です。彼らが「おかしい」と指摘する行動はグローバルビジネス行動としても標準ではありません。勇気をもって修正、場合によっては捨てる覚悟が必要です。

 例えば弊社がお手伝いさせていただいた研修で、現法のエグゼクティブに「日本人のここが変」と思う点を挙げてもらうセッションを行ったことがあります。その内容の一部をご紹介すると、
・Innercircle Communication(閉じたコミュニケーション)
・too much analysis/slow implementation(分析しすぎで行動が遅い)
・Lack of 2way feedback(2wayのフィードバックの不足)
・Solid longterm target(確固とした長期目標がない)
・Too much polite(丁寧すぎる)
・Relation more important than performance(成果より関係性を重んじる)

等、グローバルビジネスで通用しない行動が次々に指摘されました。このようにナショナルスタッフ向けの研修の場面を利用するなどして、ぜひ彼らの目線を取り込む努力をすべきです。

 次に、人材像(「プリンシプル」)を本気で浸透させる、ということについてですが、これは具体的には評価基準に取り入れるということでしょう。特に、昇格の評価基準には人材像(「プリンシプル」)を体現しているかどうかに大きなウェイトを置くべきです。

 また、昇格だけではなく、同じ基準で降格を実際に行ってみせることが必要です。降格は日本企業では、受ける側にも実行する側にも強い心理的抵抗があり、仕組みがあっても運用されることは少ないのですが、勇気をもって実施すべきです。それを見て、発奮する同世代や下の世代に対するインパクトのほうが大きいと思います。

 人材像(「プリンシプル」)を徹底的に理解させる独自の研修プログラムも持つべきです。これは、グローバルメジャー級の企業では徹底して行われていることです。世界中どこで採用されても、必ずそのプログラムを受講するように義務付けられていることが普通です。日本企業では、社長講話などで終わっているのが実情ではないでしょうか

2.シニア予備軍(40代~50代)の活躍と処遇

  今、ラインや部下を持たない管理職層が数多くいます。バブル前後の年代のボリュームが大きく、ラインポストが不足しています。企業はこれまで、ラインマネジャーというポジションを強力なモチベーションの手段にしてきました。今後はどうしていけばいいのでしょうか。

 私は、人材マネジメントの価値観の転換が必要ではないかと思います。よりストレートに言えば、企業はラインマネジメントという役割にお金を払いすぎてきたと思います。

 一般に、大企業ではマネジャーに昇格するとぐっと報酬が高くなります。しかし、例えばある外資系IT企業では、事業部長クラスになれば報酬は跳ね上がりますが、それまではマネジメント職もプレイング職もほぼ同じレベルの処遇を保っています。そのため、この企業ではマネジャーのほうが偉い、組織に影響力がある、という価値観はありません。「全員がリーダー」であるという考え方ともいえます。
 また、マネジメントよりもプレイング(顧客価値追求行動)を重視するビジネスモデルとして、外資系生保が挙げられます。ライフプランナーといわれる顧客プロフェッショナルが、組織の論理に捉われずに一心に顧客に向かえる体制が、顧客のファーストチョイスを獲得したといえます。

 冒頭でも述べましたが、お客様のファーストチョイスを獲得する競争においては、マネジメントという行為はむしろ邪魔になる場合すらあります。企業は「管理」に支払っているお金を、「顧客価値追求行動」に再配分すべきです。

 また、プレイヤーとしての格を表すポジションタイトルのつけ方も大事です。専任課長や課長職といったマネジメントポジションとのレベル差を表すタイトルは廃止し、代わりに○○プロフェッショナル、エグゼクティブ○○など、組織がその人をリスペクトしていることを、皆がわかるようなタイトルを考えるべきです。

 大事なのは、そうした人事制度改革を通じて、組織の中でマネジメントポジションが上がることだけではなく、お客様のためにいい仕事をすることこそが、尊敬され、処遇されるという文化を創ることです。
 ラインマネジャーのポスト不足によるモチベーションクライシスに、本気で立ち向かうかどうかが試される時が来ているのではないでしょうか。

3.ビジネスを強くするHR部門

第3回 全員が事業家、全員がリーダーを目指す
  HR部門が戦略的にならなければいけないという指摘はこれまでにも多くありました。改革の方向性としては、①採用、教育、配置を一気通貫できるようにHR部門が一体となって動く、②現法のリーダー層も含めてタレントを把握し、次世代の経営者候補、事業リーダーを生み出す、ということに取り組んできました。

 これらが、中長期的に企業を強くしていることは間違いありません。ですが、今、現場で繰り広げられている、顧客のファーストチョイスを獲得する競争にダイレクトな貢献をしているとは言い難いと思います。

 HR部門が現場により貢献する方法は、2つあると思います。 1つは、グローバルビジネスが急速に進展する中、本社の方針を下すだけでなく、現地法人の自主性と権限を尊重し、彼らの考えを取り入れ、経営サイドと現場サイドのバランスをとることです。
  現法のHRの方にお話を伺うと、「本社は日本で考えた仕組みを押し付けてくる。」「現法トップが、本社からの指示に従うだけなので現地のモチベーションが下がる」ということを多く指摘されます。

 現場を知らない本社が考えたことが、いかに現実離れなことになるかは想像に難くないはずです。「本社だから…」というプライドはこの場合は邪魔になります。ここでやるべきことはHRがグローバルに1チームになることです。具体的には、日本人・外国人を問わずHRの国境を越えた異動が必要です。加えて、HR間だけでなく、海外の事業部門から、問題意識をもつ人材をHRにひっぱってくることも有効だと思います。簡単なことではありませんが、ライン・スタッフ間の異動はリーダー育成のための極めて有効な手段の1つでもあります。

 もう1つは、HR担当者は事業部長ともっと近い存在になり、助っ人として事業部門に参加する、HRコンサルタント的な貢献です。

 欧米企業のHRスタッフのキャリア形成は、日本企業のそれとはかなり違います。まず、若手のうちは本社HRの仕事をメインに担当し、会社全体の仕組みを学びながら、小さなファンクションのHR担当を兼務します。ミドルクラスになると、重要で大きな部門のHRを担当します。この時に、事業部長を助けるための様々なスキルと経験を身に付けることになります。事業責任者と共に仕事をすることでビジネスに強いHRになるのです。シニアクラスになると、世界本社の人事の一員として、グローバルなタレントマネジメントを担うようになります。つまり、経営者のパートナーを任されるわけです。私が尊敬するある人事責任者のA氏は、以前、海外の赤字事業に補佐役として参画して立て直しに尽力されました。この経験を通じて、ビジネスを強くするHRの育成こそが重要であるとの確信を得たそうです。

 人材開発は「未来を創る仕事」だといわれています。そして人の育成には一定の時間がかかるため、中長期の視点で腰を据えて取り組むべきというのが定説です。しかし、今の戦い、今のビジネスの成功に貢献することに背を向けてはいけません。決して簡単なことではありませんが、今強くなっておかなければ、未来は描けないと思います。
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