ProFuture代表の寺澤です。
 10月を迎え、内定式を実施された企業も多いことでしょう。ただし、今年は例年と比べて少し状況が異なります。土日でもない限り、10月1日に実施する企業が例年8割程度はあったのに対して、HR総研の8月末時点での調査によれば、今年は大手企業でも55%、中堅・中小企業を合わせた合計ではわずか41%にとどまるという結果が出ています[図表]。
  前回取り上げたように、8月以降の大手企業の内定出しに伴い、それ以前に内定を出していた企業の多くは内定辞退に苦しんでいます。8月以降に内定出しを始めた大手企業の中にも、苦戦している企業は少なくないようです。採用人数の多いメガバンクの中には、エントリーシートを11月まで受け付け、12月に面接選考を行うというところもあるようです。
第55回 2017年入社者の採用スケジュールは変わるのか
  新たにエントリーの受付から始める大手企業の存在は、他の企業にとっては脅威です。内定式が分散化したことで、10月1日はもはや「踏み絵の日」の役割を果たしていないばかりか、これだけ採用活動を継続している企業が多いことを考えると、今後もまだ内定辞退を申し出る学生が出てくることを意味しています。内定者を確保して採用活動を終了したつもりになっている企業にとっても、落ち着かない日々がまだまだ続きそうです。

2017年入社者の採用スケジュールは変わるのか

  さて、経団連の榊原定征会長は、9月7日以降、複数回にわたって採用スケジュール(指針)の見直しについて言及しています。7日の発言の時点では、すでに2017年入社者向けのサマーインターンシップも実施されていることや、各社とも解禁日の変更はないことを前提として、3月以降のセミナーや説明会の会場を押さえるなど準備を着々と進めていることから、スケジュールの見直しは早くて2018年入社者向けからと思われていました。

 ただ、これだけ見直し発言が繰り返されるところを見ると、2017年入社者の採用スケジュールに見直しが入る可能性もあるのではないかと思えてきます。ただし、「採用広報開始日」の3月1日はさすがに動かせないでしょう。企業側の準備の進み具合もさることながら、大学の就職支援・キャリア支援のプログラムも当然3月1日解禁を前提に細かく組まれており、これをいまさら変更するには無理があります。それともう一つ、いまや採用・就職活動には不可欠なツールとなった「就職ナビ」の運営会社にしても、この段階での変更に対応するのは極めて困難といえます。

 では、「見直し」はどこに入るのでしょうか? 可能性として考えられるのは、「採用選考開始日」である8月1日です。就職活動のスタートは、いまや就職ナビのグランドオープン日ではなく、サマーインターンシップへの応募からという学生が多くなっています。昨年11月末にHR総研が楽天「みんなの就職活動日記」と実施した共同調査では、インターンシップ経験者が文系・理系ともに7割にまで達していました。「みんなの就職活動日記」が学生に最も活用されるのは、大手企業の選考が開始されてからの口コミ掲示板機能であることを考えると、11月という早期にすでに同サイトに登録している学生は、全体の中では比較的就職意識の高い学生層であると考えられます。そのため、「7割」という数字は、実際の学生全体と比較するとやや高めの数値であることは否めません。

 ただし、過去の調査データと比較してみると、2015年入社者のインターンシップ経験者の割合が5割未満であったことを考えると、インターンシップ参加者の伸びが著しいことには変わりがありません。今回の新スケジュールは、就職活動のより「早期化」を招く結果となったわけですが、この動きはもはや止めることはできません。今年はさらに多くの企業がインターンシップを実施し、参加した学生もさらに増えていることでしょう。

まずは「長期化」の是正が考えられる

  となると、残された改善策は「長期化」の是正です。8月1日を少しでも前倒しにすることで、学生が早く就職活動を終えられるようにすることは十分に考えられます。
では、「採用選考開始日」はいつになるのか?  採用広報開始日の「3月1日」が変わらないとすると、採用選考開始日が「4月1日」や「5月1日」では広報期間があまりにも少なく、かといって「7月1日」となると、前期試験とぶつかる大学が少なくありません。残された選択肢は、「6月1日」です。

 経団連は、理系学生の採用が多いメーカーやインフラ系企業が強い団体です。理系教育にとって、卒業研究は極めて大きな意味を持ちます。学部4年生の卒業研究では、それまでの3年間で学んだ知識を使い、課題を設定、解決方法を考案し、実験によるデータを解析し、論文を執筆、さらには研究結果のプレゼンテーションと、長期間にわたるプロジェクトを学生個人が管理し、遂行していく能力・スキルを磨く場です。修士ともなれば、研究内容は格段に高度化し、世界レベルになることもあります。

 「8月 採用選考開始」は、これら理系学生の研究に専念できる期間を大幅に制限するものです。「技術立国」を標榜するわが国において、まともな卒業研究を経験することなく社会に出ていくエンジニアの量産は、本人や彼らを採用する企業はもちろんのこと、わが国全体にとっても計り知れない損失となります。理系教育を改善するためにも、採用・就職活動長期化の是正が求められており、経団連もそれを十分に認識しているはずです。卒業研究のピークとなる夏前には、就職活動を終了できる道を模索するものと思われます。

就職協定の原点は第一次大戦にまでさかのぼる

  ここで現在の「指針(採用選考に関する指針)」、昨年までの「倫理憲章(採用選考に関する企業の倫理憲章)」、さらにはかつての「就職協定」の変遷から、これまでの時期論争を振り返ってみたいと思います。

 日本における新卒者の定期採用は、1895年の日本郵船と三井物産が最初であったといわれています。その後、新卒者定期採用が多くの企業に一般化するのは、20世紀になってからのことです。第一次世界大戦(1914~18 年)では、大戦特需もあり好景気に沸き、学生側の売り手市場となり、それまでの卒業試験後の入社試験という流れは逆転し、卒業前に就職先が決まるのが通例となりました。

 1920年代後半には、入社試験は卒業前年の11~12月に行われるようになり、就職活動が学業を圧迫していると、もうこの頃から問題になり始めています。これを受け、1928年、銀行を中心とする企業と大学、さらには官庁までが集まって協議し、入社試験の時期を卒業後に後ろ倒すことに合意したことが、後の就職協定の原点といえます。ただし、後ろ倒しが実現できた背景には、経済の悪化によって売り手市場から企業側の買い手市場に変わっていたことも大きかったようです。その証拠に、景気が回復した2年後には大手企業においても卒業前の入社試験が横行するようになり、1932年に選考開始を1月15日以降とする改訂を行うも、1935年には協定が正式に破棄されました。

「青田買い」「早苗買い」の言葉も

  太平洋戦争後の復興景気と朝鮮戦争特需により、採用の早期化が問題となったことを受け、1952年、企業と大学の間で採用選考開始時期を取り決め、文部・労働両省事務次官の通達の形で就職期日の指針(10月1日事務系、10月13日技術系)が初めて出されました。翌53年には、推薦開始を「10月1日以降」とする就職協定が産・官・学の代表で構成された就職問題懇談会で合意されました。これが最初の就職協定です。

 ただし、高度経済成長第一期に当たる1954年から61年にかけて、企業の採用意欲は極めて高まり、選考時期は4年生の5月にまで早まり、「青田買い」の言葉が広まることになりました。行き過ぎた協定破りに対して、62年に日経連(現・経団連)が就職協定を廃止すると、高度経済成長転型期であったことから62年から65年にかけてはさらに拍車がかかり、3年生のうちに内定が出る事態となり、「青田買い」のさらに上を表す「早苗買い」という言葉まで生まれました。

 廃止から10年後の72年には、文部大臣・労働大臣と経済四団体による中央雇用対策協議会が就職協定(5月1日求人活動、7月1日採用選考開始)を復活させました。ただ、その後のオイルショックにより、採用取り消しや自宅待機が相次いだことから、採用選考時期と入社時期の間を短くすべく、76年には「会社訪問開始10月1日、選考開始11月1日」に変更され、このスケジュールは1985年まで続きました。私が就職活動をしたのは、この協定の最後の年です。新聞社などは採用予定数の一部枠を筆記試験から始まる11月の選考にも残していたりしましたが、その他一般の大手企業の多くは10月を待たずして内定者を確保しているのが当たり前の状態でした。なお、この間、82年には、あまりに遵守されない就職協定に業を煮やした労働省が撤退したことで、産・官・学による協定は終焉を迎え、以降は企業と大学の産・学だけでの取り決めという位置づけになったのです。

目まぐるしく変わるも効果なし

  86年には、主要企業52社首脳による就職協定遵守懇談会が発足し、「会社訪問開始 8月20日、内定開始 11月1日」という新就職協定が誕生しました。ただし、大手企業においてはリクルーターによる期日前の水面下での採用活動が横行し、8月20日の会社説明会にはリクルータールートに載らない大学の学生だけが並ぶという光景が繰り広げられたものです。リクルータールートですでに内定を得ていた学生は、8月20日には内定先企業からまったく別の会場で拘束を受け、他社に回らないよう足止めされていました。

 その後、87年「会社説明会8月20日、会社訪問開始9月5日、内定開始10月15日」、89年「会社訪問・説明会8月20日、内定開始10月1日」、91年「会社訪問および選考開始8月1日、内定開始10月1日」と目まぐるしく変更し、92年には就職協定遵守懇談会が企業側の自主的決定である「紳士協定」と位置づけました。拘束力はなく、協定を守る企業もほとんどなくなり、ついに97年、日経連は就職協定を廃止しました。

「就職協定」から「倫理憲章」へ

  就職協定が廃止された同じ97年、日経連を中心とする企業側は「就職情報の公開・採用内定開始10月1日」とする「新規学卒者採用・選考に関する企業の倫理憲章(略して倫理憲章)」を、一方の大学側は「大学等での企業説明会や学校推薦 7月1日以降、正式内定 10月1日以降を学生に徹底」するという「大学及び高等専門学校卒業予定者に係る就職事務について(申合せ)」を定めました。この倫理憲章には、「選考開始」の具体的表記はなく、早期化を招く結果となりました。

 2003年、経団連は経営者名で賛同書にサインを求めるタイプの「倫理憲章」を発表しました。3年生の2~3月に採用活動を始める企業が多かった状況に対して、「卒業学年に達しない学生に対して、面接など実質的な選考活動を行うことは厳に慎む」という一文を加えることで、「大学4年生になる4月1日以前の選考は行わない」ことを求めたわけですが、賛同した企業は644社にすぎず、その他の企業は依然として3年生のうちから選考を始めています。また、大手企業においても3月までに内定を出さないという意味での歯止めにはなったものの、ターゲット層には水面下でのリクルーター活動は継続されており、早期化を止めるまでには至っていません。

 当初の倫理憲章には「採用広報開始」時期については盛り込まれておらず、2000年代後半には「3年生の10月」が一般化されていましたが、早期化の批判の中、2011年3月発表の倫理憲章(13年入社者から)では「採用広報開始12月1日」と明文化されることになりました。これが昨年まで続いた倫理憲章です。選考開始は4月1日が据え置かれましたので、単に採用広報期間が短縮されただけであり、かえって学生の業界・企業研究不足がこれまで以上に目立つ結果となったともいわれました。
そして、安倍首相の強い要請を受けて、「早期化是正」「学業専念」「留学生増加」を旗印に16年入社者から適用されたのが、今回の「採用広報開始3月1日、選考開始8月1日、内定開始10月1日」という「採用選考に関する指針(略して指針)」です。採用広報期間こそ長くなったものの、実質的にはサマーインターンシップから就職活動がスタートしている学生にとっては、これまで以上に「早期化」「長期化」を招く結果となっています。

時期論争に終止符を

  これまで見てきましたように、就職協定の卵ともいうべき1928年の合意から数えて間もなく約90年が経過しようとしています。その間、さまざまな日程の取り決めがなされましたが、いまだに確立できていないのが現実です。そもそも大企業から中小企業に至るまで、すべての企業を規律する日程を設定することなど可能なのでしょうか。

 どんな日程を設定しようが守られないのであれば、いっそのことなくしてしまってはどうでしょうか。さまざまな分野で規制緩和が進む現代において、民間企業個々の事業運営である採用業務を縛ること自体がおかしくないでしょうか。

 各企業が自社の採用スケジュールを広く公開(宣言)して行えばいいのではないでしょうか。経団連加盟企業の多くは、8月以前に「面接」「選考」を行うことができないからと、学生に対して「面談」「座談会」「マッチング会」「キャリア相談会」揚げ句の果てには「お話会」などと称して呼び出しをかけ、面接ではないといいながら、実質的な面接を繰り返しました。こんな茶番はもうやめませんか? 正々堂々と好きな時期に採用活動をしませんか?

 経団連の榊原会長がどんなスケジュール見直し案を提示するのか、期待したいところです。
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