企業には個性があり、万能の人事評価制度は存在しない。どんな企業の制度であっても、過去に何度も試行錯誤を繰り返しながら現在の制度に至っている。歴史の浅いベンチャー企業の場合、労働法にあまり詳しくない中で仲間たちと夢を語って起業し、事業が回り始めてからは中途採用で人材ニーズを満たし、人材の定着に失敗しながら、自社に適した人事評価制度を作っていく。グループウェア日本一のサイボウズもそんなベンチャー企業だった。今回は、事業支援本部副本部長・中根弓佳氏にサイボウズの人事評価制度の変遷について聞いた。

――サイボウズの概要を教えてください。

サイボウズは1997年に愛媛県松山市で創業したIT企業。1999年に大阪、2000年に東京にオフィス移転をし、同年東証マザーズに上場。2002年に東証二部に市場変更、2006年にはさらに東証一部に市場変更した。

 グループウェアに特化しており、国内での利用社数は3万社を超えており、約3割のトップシェアを持っている。

 現在の資本金は6億1300万円、2011年1月期の単体売上高は約40億円、経常利益は8億3600万円。2012年1月時点で社員数は250名で、男性は154名、女性は96名。平均年齢は男性32.4歳、女性30.7歳。

――15年の歴史の中で、人事制度は変遷してきたと思います。

わたしは2001年に入社したが、1997年の創業時に明確な人事制度はなく、個別評価だったと聞いている。その後に人員が増加したので、人事制度の検討に入り、2001年に目標管理型の成果主義人事制度を導入した。これは上司と部下が目標を決めて、半年後に成果を評価して給与を決めるといった制度。

 続いて2003年からは、評価の納得感を高めるために、市場評価と360度評価を取り入れた制度に発展させた。この時の評価は、達成度評価、市場評価、360度評価の3軸で行っており、それぞれの重み付けは達成度評価が6、市場評価が3、360度評価が1だった。達成度評価は上司から、市場評価は全事業部長から、360度評価はランダムに選ばれた周囲の社員5名からの評価とした。

 市場評価というのは「社内市場評価」という意味で、全事業部長が社員に対して「キテキテカード」を配り、その枚数で評価するといったものであった。

 しかし大きな問題があったため、2005年に評価制度を原点回帰させ、上司による評価に一本化した。100以上あった階層を10段階に削減、各階層の定義を明確にし、上司がメンバーに対して、結果ではなく何ができるかの能力を絶対評価することにした。これが、2007年2月に導入した選択型人事制度のワーク重視型PS制度の原型となる。

――人事評価制度の何が問題となり制度を見直したのでしょうか?

社内市場評価や、360度評価を導入したことで、誰から評価をされているのかわからなくなり、上司への信頼がなくなっていったことだ。また、下位1%の評価を連続で取ると退職となるルールもあった。そこで職場の空気が一気に悪くなり、人事評価を一本化する見直しを行ったが、しばらく離職者が多い状態が続いていた。

 当社のようなITベンチャーでは、優れたスキルを持つ技術者が生命線だ。ところが従業員数が83名だった2006年1月決算の期で離職者は23名、離職率は28%に達した。4人に1人以上が離職した計算だ。

 2006年以降は、出産する社員が増えてきたこともあり、継続的に働いてもらえる制度として、育児・介護との両立支援制度を充実させ、2007年2月からは、選択型人事制度を導入し、ワーク重視のPS、ライフ重視のDSを自由に選べるようにした。

――PS、DSの内容を教えてください。

この制度の特徴は、働き方で制度を分け、職種に制限を設けていないこと、男女の区別がないことだ。名称には、広く知られているソニーと任天堂のゲーム機をもじり、好みのゲーム機を選ぶのと同じように、働き方にも優劣はなく、自分の働くスタイルを好みで選び、お互いの働き方を尊重し、協力し合おうというメッセージを含ませている。

 PSを選択した者には裁量労働を適用し、月40時間のみなし残業をつけ、時間管理は自己の裁量で任せられている。評価方法は、能力重視・絶対評価だ。もう一方のDSは、働く時間帯や勤務日数を自分で決めることができる。ただしみなし残業はつかない。

――選択型人事制度の導入で、どんな効果がありましたか?

様々な要因があると思うが、離職率が大幅に減少した。制度導入後の離職率は13%、10%、8%、4%と大幅に低下し、人材流出を防ぐ効果があった。

 現在の社員数250名の中で、DSを選択している人は21名。DSを選択している人は結婚している人が多く、選択理由も育児が6割を占めている。その他の理由は多様であり、中には大学に通うためにDSを選択している人もいる。PSとDSは固定されるわけではなく、1年ごとに変えることができるので、ライフステージの転換期に選ぶ人が多いように思う。

――導入から5年、制度の改定はありましたか?

2011年から制度を改定し、PSを2つに分けた。新制度では、PS制度、PS2制度、DS制度という3つの働き方を選ぶ制度になった。

 旧PS制度の時間管理は、自己の裁量に任せられていた。新PS制度を選ぶと、みなし残業は同じだが上司に勤務状況を報告しなければならない。PS2制度は、旧PSと同じく自己の裁量で時間管理を行う。新PS制度を選択した者は58名、PS2制度を選択した者は170名だ。働き方の選択肢が増えることで、社員が自らのワークライフバランスを設計できることを期待している。

――人材定着のため、ほかにはどんな制度がありますか?

育児・介護との両立支援には配慮している。産前産後休暇は妊娠判明後から産後8週間まで休暇を取得できる。ただし無給。配偶者出産休暇は、配偶者の出産前後に3日間の休暇が取得できる。これは有給だ。

 ユニークなのは育児休業制度だろう。子どもが小学校に就学するまでの期間に何度でも休業できる制度だが、「小学校に就学するまでの6年間」と「何度でも休業できる」という制度を持つ企業は少ないと思う。

 これまでに15名が育児休業制度を利用して子育てをしている。利用者のほとんどは女性だが、男性も1名が利用している。また育児休暇を2回以上取得した者は4名だ。社長も育児のための休業を2年前にとり、今年も育児との両立のため週4日の勤務をしばらく行う予定だ。

 介護や看護も大きな問題と認識している。当社の介護休業制度を使えば、介護状態に関わらず、最大6年間は回数を問わずに休業できる。また看護休暇は、日数に制限がなく、家族の看護のために会社を休むことができる。休んだ日数の中で5日間は有給だ。この介護と看護もユニークな制度と認識している。これからも社員が働きやすい環境を作り、継続的雇用が可能な人事評価制度を運用していきたいと思う。


※2012年4月のインタビュー内容となります
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