前回は、優れたリーダーとなるための条件として、「信」について、組織で成果を出すためには、成果を出すためにリーダーと部下との関係、すなわち信頼関係の構築がなによりも重要であることの本質について、解説させていただきました。
今回も、引き続き、孫子の兵法の五徳の中の三番目の「仁」の本質について理解を深めていきたいと思います。

仁とは何か

「事をなさんとすれば、智と勇と仁を蓄えねばならぬ」(坂本龍馬)

「仁」を、まず、広辞苑で確認してみると、
①“いつくしみ。思いやり。”
②“孔子が提唱した道徳観念。礼にもとづく自己抑制と他社への思いやり。”

とあります。

 そして、孫子の兵法から学べる「仁」とは、
①仁愛:部下をわが子と同じように思いやることができる。
②包容:部下に対して心を広く持ち、部下の欠点、過ちに囚われないで部下を受け入れることができる。部下の違った意見も受け入れることができる。
③人間的魅力:部下を思いやり、部下の意見も素直に聞き、おごった態度を取らず、部下と苦楽を共にすることができる。

となっています。

 孫武(孫子)が生きた時代は、春秋戦国時代(紀元前770年から紀元前403年)です。孫武は呉の将軍でしたが、元々は斉の出身です。一方、同じく「仁」を掲げていた孔子も同じ時代の人で、孔子は斉の隣の魯の人です。この二人が直接会って話したかどうかは分かりませんが、孫武の「仁」は孔子の「仁」の影響を受けています。孫武の「仁」は、孔子の「仁」、すなわち、人としてのあり方について必要なもの、として共通しています。
 では、「仁」の中でも最も中心となる「仁愛」から見てみたいと思います。

仁愛とは

孫子の兵法の“地形篇”には、以下の言葉が記されています。
「卒を視ること嬰児(えいじ)の如し、故にこれと深谿(しんけい)に赴むくべし。卒を視ること愛子の如し、故にこれと倶(とも)に死すべし。
厚くして使うこと能わず、愛して令すること能わず、乱れて治むること能わざれば、譬えば驕子(きょうし)の若く、用うべからざるなり。 」

これを現代文で翻訳してみると、「自分の卒(兵士)を赤ん坊のように思っていれば、兵士たちにもその思いは伝わり、上司に従って深い谷底のような危険な場所にも行けるようになる。上司が兵士たちをわが子のように思っていれば、兵士たちにもその思いは伝わり、上司に従って死ぬこともいとわなくなる。
ただ手厚く用いるばかりで使うことできず、愛するばかりで命令できず、好き勝手やっているのを止めることができないでは、たとえば、わがままな子供のようなもので、とても使い物にはならない。」

これは、上司の部下に対する接し方を説いたものです。戦う場所が、非常に不利でハイリスクで危険な場所であっても、部下は上司の命令を拒否することもなく動くのです。このような“関係の質”は、平時から形成しておかなければなりません。有事になってからいくら権限を使った命令をしても部下は動きません。部下に対して普段から思いやりをもって接しているかどうかが重要となるのです。すなわち、日々の上司の部下への思いやりや関心がものを言うことになります。
日々の関わりの中で、相手の名前を呼んで、「体調はどうですか?」「順調に進んでいますか?」「休日はメリハリつけて休んでいますか?」「今日は、何だか元気ないみたいだね?」「最近どう?」「最近、笑顔がなくなったね」などの言葉がけが大切です。普段の部下の表情や行動を気にかけて、見守っているだけで、部下は、「この上司は、自分のことをちゃんと見てくれている」と感じるのです。
部下に対して、我が子と同じような愛情を持って接し、それが部下に伝わると、部下は上司の指示で気持ちよく動いてくれるのです。

「あなたは、家庭では、我が子に対してどのように接していますか?」

健康を願い、成長を願い、いつかは自力で生活できるように教え・支援し、時には褒め、時には叱り、幸せな人生を送ってほしいと願い、愛情を持って接しているのではないでしょうか。

部下に仕事を任せるとき、仕事に対する期待を部下にしっかり言わない。頼んだ仕事の報告を受けても感謝の気持ちも伝えない、部下の労をねぎらわない、結果に対してフィードバックもしない。もっとひどい場合は、挨拶もしない。部下の健康に興味がない。褒めることも叱ることもしない。部下の成長に興味がない。
このような上司に、部下に対する愛情を感じることはありません。一方で、部下に対してやさしく接している、全部部下に任せてしている、叱ることもない、部下の意見通りにやらせている、とう言うのは、実は、愛情でもなんでもありません。そればかりか、部下をダメにしている上司であると言っています。「自分はやさしい上司だ」と思っている、いや、思い込んでいる上司は問題かもしれません。

愛情がなくても部下は動きます。仕事なので通常は割り切ります。しかし、それは上司の人間的魅力に対して動くのではありません。上司の持つ肩書きに対して動くだけです。でも、上司のほうは、それをわかっていない場合が多々あります。その良い例が、退職をしたとたん誰も訪ねて来なくなってしまうケースです。ひどい場合は、年賀状すらもこなくなる、というのも珍しくありません。ですから、今のうちに自己点検をしておきましょう。「自分の部下に対する愛情がどの程度のものなのか?」、「自分にはどのような人間的な魅力があって、部下がついてきてくれているのか?」と、いうことを。

「経営者にとって大事なことは、何と言っても人柄やな。結局これに尽きるといっても、かまわんほどや。まず、暖かい心というか、思いやりの心を持っておるかどうかということやね。」(松下幸之助)

包容は上司の力量

次に、「包容」について考えてみましょう。
 人は、それぞれの顔も個性も違うように、性格や資質、思考、信念も違います。
さらに、そこにグローバル環境で仕事をする人は、国の違い、文化や言葉の違い、価値観もコミュニケーションの取り方までも違ってきます。その違いに、ひとつひとつ反発したところで、何の解決にもつながりません。まずは、それらの違いを受け入れることから始まります。自分と同じ意見の者、口答えしない者しか受け入れられないとしたら、組織は偏ってしまい、健全な体制を築くことが困難になります。

 部下に対する包容とは、部下に対して寛大な心を持つことを意味します。
部下からの違った意見、違った習慣、行動、選択したもの、欠点や失敗も受け入れることができることができなければ、包容とは言えません。
特に、違った意見、反対する意見、理解しがたい習慣や行動、欠陥をも受け入れられて初めて包容力があるリーダーと言えます。包容力のあるリーダーは、結果を恐れず、部下が失敗をしてもいいからやらせてみます。
また、失敗から学ばせる教育を実施するリーダもいるでしょう。この場合は、単に失敗で終わらせることなく、次の成功へつなげるための支援も必要です。この支援の第一歩では、失敗したことを包容し、失敗したことに対しては叱らないだけでなく、失敗したことから得難いものを得た、気づいたときには、褒めてあげるぐらいの度量が必要です。また、部下がその失敗を放置したり、反省もない場合には、しっかりと叱ることも必要でしょう。

一方、上司の中には、部下の失敗を分析するとき、「人」と「事」を分離して考えることが苦手な人がいます。そんなタイプの上司は、失敗した事を深く考えてもらいたいためにこんな質問をします。「なぜ、その事ができなかったの?」「なぜ、言われた事をしなかったの?」と。
このように、「なぜ」を使ってできなかった理由を聞き出そうとするのですが、このような聞き方は、部下から見れば「なぜ」という仮面を被った責めにしか聞こえません。いくら聞いても、「すみません・・・」「ごめんなない・・・」という詫びの言葉しか返ってこないでしょう。

上司としては、純粋に原因を究明しようとしているのに、部下は原因を分析するどころか、謝ってくるばかり。「そんなことがハッキリ分からないでどうするの?」「別に謝ってほしいのではない!あなたの認識が知りたいんだ」と言っているうちに、「だからお前はダメなんだ」と、部下の人格すら否定することを言ってしまいます。これは、上司として部下の間違いや失敗が包容できていないためです。ですから、このような会話を平気でし、しかも、最後は、「事」ではなく、「人」を責めてしまうわけです。

包容力のないリーダーは、「なんで、失敗したの?」と、「なぜ」を追求します。また、自分にとって都合のいい意見や情報しか好まない傾向も。しかし、包容力のあるリーダーは部下に対して愛情があるので、「失敗したんだって? あなたらしくないね。何かあったの(どうしたの)?」と「なに」を聞く傾向にあるようです。

人間的魅力とは何か

いよいよ、「仁」の3つ目、「人間的魅力」について解説していきます。

「人間的魅力とは何でしょうか?」
 この質問を、経営者や管理者、管理者候補を対象とした研修でさせてもらいます。
すると、リーダーシップがある、マネジメント力が高い、コミュニケーションがうまい、ぶれない軸がある、品格がある、ウソをつかない、ビジョンが明確、失敗しても事を責めても人を責めない、約束を守る、裏表がない、成功談だけでなく失敗談もしれくれる、認めてくれる、高圧的な態度がない、たとえ話がうまい、その気にさせる、相手の特性を見抜いている、部下の成功を一緒に喜んでくれる、部下別にほめるポイントを知っている、情熱がある、責任感が強い、明るくオープンな性格、話しやすい、真剣に聞いてくれる(嫌な顔をしない)、途中で逃げない、生きる姿勢がいい、感情をコントロールすることができる、信念・志を実現するために戦っている、自分に厳しい、常に成長、最後まで任務を全うする、などなどが出てきました。

同様に、「人間的魅力を得るために何が必要でしょうか?」という質問では、人間的魅力があると感じた上司の真似をする、著名な人(松下幸之助氏などや好きな戦国武将)の良いところを取り入れてみる、習得できるスキル(コミュニケーション、リーダーシップ、マネジメントなど)を身に着ける、部下の意見を真剣に聞くようにする、人間的魅力を身に着けたいと心から思う(思考を変える、意識を変える)、ぶれない軸を決める、部下を信じてみる、部下の成長・成功を心から支援する、自己鍛錬につきる、部下とのコミュニケーションを絶やさない、日記をつける、感謝の気持ちを常に持つ、などなどが出てきました。

このように、リーダー養成トレーニングなどで、リーダーに対するイメージを受講者に聞いてみると、大抵は、カリスマ的で力強く、精神的にタフで、瞬時に判断し決断できる、などの強い面ばかりのコメントが出てきます。ですが、今回、「仁」で学んだように、強い面だけでなく、優しさも同時にバランスよく持っていなければ、魅力的なリーダーにはなり得ません。

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 秦の始皇帝に敗北し、その政策に苦しめられ、打倒秦のために立ち上がった劉邦と項羽は、中国史上でも有名な人物です。項羽は貴族出身で、劉邦は貧しい農家の出身。同じ志を持って秦を滅ぼしていくのですが、最後は人間的魅力の差で劉邦が勝利します。劉邦は、戦いが上手い訳でもなく、兵法に通じている訳でもない。ですが、村の親分として人を束ねることは大変上手でした。仲間とその家族の世話をし、仲間を信じて任せて、人望を得ました。劉邦の周りには有望な人材、例えば、䔥何(しょうか)や軍師の韓信(かんしん)、張良(ちょうりょう)がいるのですが、彼らはその人徳に魅せられて最後まで生死を共にします。一方、項羽には最後まで生死を共にした人材が余りにも少なかったのです。最も心を開いたはずの軍師の笵増(はんぞう)に対しても、最後は敵だと思い込み、項羽軍から追放してしまいました。
劉邦は、人心を得ることができなければ、いくら勝利したとしても何の意味もない、ということを、何度も言っています。劉邦と項羽のこの話は、人間的魅力の差がどれほど大切なことか、を学ばせてくれます。


次回の第5回は、優れたリーダーの条件である「智、信、仁、勇、厳」の中から「勇」について理解を深めたいと思います。
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