この連載では、多摩大学大学院のキーコンセプトである「イノベーターシップ」について述べている。
第3回 イノベーターシップは「蛇の道は蛇」:実践知
今回は、その5つの力のうちの「実践知」について。(図表1)
第3回 イノベーターシップは「蛇の道は蛇」:実践知
未来を構想し形式知化したものがビジョンだ。
ビジョンとは、こちらが相当したたかでないと実現できないものである。何せ現実の変革に挑むわけだから。
そして、「したたかさ」は理論過多、分析過多の硬直した発想や過去の知見の整理・分類からは生まれない。現実は理論通りになるとは限らないし、一度きりである。直観を働かせ、自ら動き回って周囲を動かし、運気を呼び寄せる。その結果が新しい現実となる。戦略プラン通りに、予定調和的には動いてはくれない。だからこそ、実践の中からつかみとった知恵が重要なのだ。

実践知(practical wisdom)とは、こういう厄介な現実に対処し、自分の描く未来へ向かって現実に直面する時に、その場の一回性の文脈を読み、適時適切な判断(Judgment)を下し、実行する知恵なのである。適時適切な判断の裏には、その基準として、よりよい結果を求め続けていくという姿勢が重要になる。一回性の出来事に対処しながらも常に考え、次回はよりよい判断を行おうという向上心だ。それを引き上げてくれるのが、前回、解説した「目的」(Purpose)であり、そこに込めた自分の「思い」(Belief)なのである。
このような思いをもって、日々の仕事の中で、反省しつつ、自分の判断力を高め続けていかねばならない。経験を通じて学んでいかねばならない。それが実践知と言われる所以である。

リーダーシップの幻想のひとつは、「リーダーはすべてを知っていて決断を下し、自らのチームを率いる」という、お山の大将的なイメージではないだろうか。
トップダウンのリーダーシップが必要な危機的な状況の場合もあるにはある。しかし、それゆえ見過ごされがちなのが、広く衆知を集め、境界を越えて人々をつなげて自律的な渦をいくつも作っていくという、イノベーションを起こすときに不可欠な創造のダイナミズム、相互作用のプロセスだ。
そのような創造のプロセスに集まる、八百万の多様な知恵から生まれるイノベーションに、一神教的なトップダウン志向は不向きだ。しかし、いまだにトップダウン型リーダーシップの幻想は根強い。「トップが決めてくれなくては動きようがない」というミドルの言い訳を生み出してしまう。そのようなミドルは冨山和彦氏のいう「ミドル・リーダーシップ」を発揮しているとは言えまい。

イノベーションの時代には、トップにもミドルにも、前回述べたリーダーとして未来を見据えた社会起点での未来構想力と、それを実現するための知恵が必要なのだ。日々の現実と向き合いながら格闘している現場の衆知を集めてブレークスルーを考えていく実践知の作法が不可欠なのだ。また、これがイノベーターシップを従来型のトップダウン・リーダーシップと分かつ所以である。
第3回 イノベーターシップは「蛇の道は蛇」:実践知
実践知を獲得するには、未来構想力を駆使してそのような舞台をつくり、その実現にまず動く。しかしそこには多くの修羅場が待ち構えているはずだ。そんなプロセスにおいて、多様な場数を踏んではじめて、的確な判断力は磨くことができる。またそのような修羅場でメンバーに動いてもらうための人間力も鍛えられ、皆が集まるキャンバスの舞台回しも可能になってくる。

実践知とはしたがって、「人を見る目」でもあるのだ。どのような有志を集め、彼らがどのような思いを持っているのかに反応し、バランス感覚を持って最適なフォーメーションを組み、役割設定と評価、モチベーションをマネジメントしていく必要がある。自ら行動しながら皆を惹きつけ、問題に気づいたら即直すという綱渡りを行っていく知恵でもある。
またそのような判断や行動の背後にある考え方をコンセプト化して、皆にわかりやすく提示し共有することが信頼感と求心力を高める。長たらしい理論では人は動かないし、固いことや小難しいことばかりでは引かれてしまう。「しみじみ」してもらえない。

ビジョンやキーメッセージなどを気の利いたフレーズで小気味よく発信し、ストーリーを語り、皆の意識を集中させ、発想を掻き立てるには言葉の力が必要だ。そしてその根底には、自分の目指す方向を明快なコンセプトにまとめて確信をもっていることが重要になる。
実践知とはしたがって、自ら動きながら知恵を働かせ、人々をしみじみと感動させ、知を共創して現実を変え、前進する力なのだ。

それゆえ、実践知を身に着けるには以下のような習慣を実行する必要がある。

①事象の文脈を読み、適時適切な判断を下す判断力

・ルールや慣習に囚われずに、自分の価値観で判断しようとしているか?
・目の前の問題解決に囚われずに、多くのステークホルダーを考慮したり、長い目での基準をもって、何がよいことかを見極めて判断しているか?
・判断力を磨くために、毎晩、今日の判断の振り返りを行って改善につなげているか?

②考えてばかりいずに、自分の殻や持ち場立場に関わらずに動く行動力

・自分を楽にしようとして行動範囲を限定していないか?
・自分の保身で行動範囲を限定していないか?
・忙しさを理由に真に重要なことを避けていないか?

③自分の経験を内省し、的確なキーワードで共感を呼び起こすコンセプト力

・自分の経験を内省し、そこでの学び、自分のとった行動や判断の基準が何だったかを考えているか?
・その基準や価値観をキーワードに落とし込んでいるか?
・多くの本を読んだり、映画などを観てキーワード力、言葉の力を磨いているか?

問題を叫んだり、コメントするだけの人、理論だけを言う人。こういう人はどこにでもいる。しかし、現実を直視し、その火中の栗を拾う人は少ない。ましてやエレガントに解決する知恵を持つ人はさらに少ない。実践知不在の世の中は、ルールやマニュアルに支配される思考停止の世界になる。人生を変えるための「知の再武装」の場である多摩大学大学院MBAコースでは、各界の現役のプロビジネスパーソンやコンサルタントが、日々のリアルな問題を題材にして、実践知を深めるための議論をしている。ぜひそんな場を活用し、実践知を磨き上げてほしい。そして、一歩前へ踏み出してほしい。
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