前回は、優れたリーダーとなるための第一の条件として、「智」を紹介しました。物事の本質を見極め、そこから、リーダーとして判断するために必要な能力について理解をしていきましたね。
今回も、引き続き、孫子の兵法の五徳の中から、「信」の本質について理解を深めていきたいと思います。

信とは何か

「信頼してこそ、人は尽くしてくれるものだ。」(武田信玄)

「信」を、まず、広辞苑で確認してみると、
①“欺かないこと。言をたがえないこと。まこと。「信義・忠信」”
②“思い込み疑わないこと。「信用・信頼・自身」”


 一方、孫子の兵法から学べる「信」とは、
①信義:相手の信頼や期待を裏切らない言動を行うことができる。
②誠実:相手に対して、事を行う際においても真心でまじめに率先垂範することができる。
③信頼関係:お互いの人間関係を大切にすることができる。


 孫子は、リーダーは、部下に対して正しいことを要求すると同時に、自分自身も同じ要求に応えなければならない、と言っています。特に規則に関しては、部下もリーダーも同じ内容に則って行動することの重要性を説いています。つまり、例外なく同じ内容に則った言動を取ることによって、その規則に対して真剣に対応しようとするものだ、と言っているのです。たとえリーダーといえども、規則を破れば処罰されることが誠実であり信義である、と説いています。では、ここでいう「誠実」とは何でしょうか。

誠実とは

多くの欧米企業の理念や行動規範を見てみると、「integrity」(誠実)という言葉が目につきます。ここ10年間ぐらいの間に、一気に広まったような印象を持ちます。日本企業においても、近年になって増えてきているようですね。
 私がGEキャピタルに入社したときは、まず、社員としての心構え、規則・規程、コミュニケーションの在り方などの教育研修がありました。そこでは、“Statement of Integrity The Spirit & the Letter of Our Commitment(インテグリティについての誓約の意義と説明)”というガイドブックが全員に配布されます。これは、「誠実」の意味、意義、さらには具体的な行動事例が明記されたもので、およそ60ページに及んで、全世界の従業員が同じ「誠実」を果たすように求められています。GEの社員は、入社後全員がこれを完全に守ることを表明します。すなわち、GEにおいての「誠実」は、広辞苑などで定義されている内容や漠然とした内容ではなく、明確な行動指針として定義されているのです。これが、国境を越え、グループ企業を超えて全世界の共通言語として成り立っています。

“GE社員としての活動および他者との関係において、誠実かつ公正で、信頼される企業人でなくてはなりません。”

『GEの行動規範』より

 この言葉が、孫子の兵法を学んで考えられた言葉かどうかは分かりません。しかし、思想は非常に影響を受けたものだと感じています。
同ガイドブックの中に、“リーダーの責任”のページが設けられています。そこには、率先規範を推奨しています。リーダーは、部下の模範となるように、と明記しています。

 リーダー自身が、まず、規程・規則、制度、手順をよく理解することが肝心です。それを部下に推奨し、さらに、言動において模範となるように求められます。「そんなルールは知らない、聞いていない」、「リーダーは例外でしょう」、「就業規則は、リーダーに聞かないでくれ。人事に聞いてくれ」という発言は許されないのです。ここに、リーダーとしての誠実な態度、心構えが求められているのではないでしょうか。

リーダーは何を率先垂範するか

率先垂範とは、率先と垂範を組み合わせた言葉です。率先とは、進んで行うことで、垂範とは、自らが模範となることです。では、リーダーとして、何を率先垂範すればよいのでしょうか。あれも、これもとすることは不可能ですし、無理をしすぎた率先垂範は、やがてリーダーも部下も疲弊してしまうかもしれません。

連合艦隊司令長官を務めた、山本五十六は、こんな名言を残しています。これは、リーダーたるものの率先垂範を意味し、部下を動かすための教育信条とも言えるかと思います。

やってみせ
言って聞かせて
させてみて
ほめてやらねば
人は動かじ

 例えば、リーダーが、「5分前集合!」とみんなに言っておきながら、いつもギリギリになって現れる、または、開始後に現れることや、時間厳守と言っておきながら、リーダーが一番ダラダラ喋っているといったケースや、「説明の仕方は、まず、結論を述べて、その説明をし、最後に、もう一度結論を言え」と言いつつも、リーダーの説明は理解しがたい、といったケースはよくある話です。また、「部下を信じている」と言いつつも、細かい管理(ミクロマネジメント)をするリーダーもいます。部下を信じているのなら、余計な口を出さずに、見守る覚悟が必要です。

 リーダーに一番率先垂範をしてほしいものは、あらゆる面での「誠実」な言動、態度、対応です。最低条件は、法律、規則・規程(社内ルール、コンプライアンスなど)、および、道徳的なものです。これらができて、さらに、部下との信頼関係を高めるための言動となると思います。

信頼関係を高めるとは

「あなたは、信頼関係を高めるために、何をしていますか」

この質問をすると、多くの人は、約束したことを守る、時間を守る、有言実行、ウソをつかない、といったことや、誠意を尽くす、などを挙げてきます。どれも間違いではありませんが、不十分です。
孫子は、リーダーが部下から信頼を得ようとするとき、誠意を示すだけでは不十分だと述べています。「将能而君不御者勝(将の能にして君の御せざる者は勝つ「謀攻篇))」これは、「リーダーが、部下の能力を信じて任せたのであれば、余計な口を出さない。余計なことを言わなければ、勝つ」ということです。
つまり、まず、部下の信頼を得られるような率先垂範が最も重要だと言っているのです。部下との信頼関係を高めるためには、リーダーから先に部下を信頼すること。信頼することを率先垂範することが大切ではないでしょうか。

リーダーとして部下を信頼し任せること、すなわち「権限委譲」です。部下は、リーダーから信頼されていると思うと、その信頼に応えようとする心理が働きますから、権限委譲をする場合には、「信頼し、期待している」ということを、リーダーの口から添えておくとよいでしょう。

ただし、この信頼関係は、一度できたからと言って、そのまま自動継続することはまずありません。絶えず、信頼関係ができているか確認することが求められるのです。信頼を構築するには時間はかかりますが、失うのは、一瞬です。失うことがないように、日々の関係で確認をしておきたいものです。

関係の質

MIT大学の教授であるダニエル・キム氏は、“組織の成功の循環モデル”(下図参照)を提言しています。これは組織においてすべての基本であり、まず初めにあるべきものは「関係の質」だと言っています。組織における「関係の質」とは、リーダーと部下との人間関係を意味します。上司と部下の間に活発なコミュニケーションがあり、会話や対話が行われ、良好な関係が築かれることが、関係の質を高めるのです。
第3回 優れたリーダーの「信」とは
逆に、「何で契約が取れないの?」と部下を問いつめ、「契約が取れないのは、訪問回数が圧倒的に少ないからだろう」、「そもそもすぐに行動しないからだろう」と、行動面ばかり指摘した挙句、「契約を取ってこい」と激を飛ばすようでは、成果は出ません。さらに、思考面においても「そもそも、そんな考えだから契約が取れないんだよ」と文句をつけるようでは、結果は言わずもがな。このように、結果の質から、行動の質、そして、思考の質へ逆流しながら課題解決をしていると、成功の循環どころか、組織崩壊の循環になってしまうのです。
 “組織の成功の循環モデル”は、組織で成果を出すためには、関係の質を高め、思考の質を高め、それから、行動の質を高める、という順番を意識していくと、結果の質も高めることができる、というものです。

 リーダーとして、部下に対する「信」とはなにか。
部下から信頼されるためには、リーダーから率先垂範して、誠実な態度で部下を信頼しなければなりません。そうでなければ、良好な関係を形成することは難しいでしょう。

次回の第4回は、優れたリーダーの条件である「智、信、仁、勇、厳」の中から「仁」について理解を深めたいと思います。
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