私たち日本企業は、これまでもずっと人材を大切にし、人材開発に取り組んできました。しかし今、戦略の転換点に際し「人材力の面では心配がない」と胸を張って言える企業はまだまだ少数派と言わざるを得ません。特に、リーダー育成の取組みが本格化して10年以上経っていますが、リーダー人材のプールはできていても、そこからチャレンジングなアサインメントに繋げるスピードはまだまだ足りていないように思います。
これには2つの要因があると思います。1つは、グローバル化のジレンマです。過去10年以上にわたって国内の市場は縮小傾向にあり、それに伴い国内の組織も小さくなっています。また社員の高齢化が進み、国内部門は高コスト体質ですから、ポストは減らさざるを得ません。一方で、重要度が増している海外では現地化・自律化の推進のために、現地人材を重要ポストに登用する方向のため、日本人が活躍するポストは年々少なくなっています。海外ビジネスの伸長によって財務体質は強くなる一方で、タレントのパイプラインは詰まってしまうのです。

もう一つは、現場でタレントを見出す力が減退していることでしょう。「今のリーダーが、次のリーダーを見いだし、育てる」というカスケードがうまく機能していません。人材開発のグローバルスタンダードでは、「リーダーを育てるのはリーダーの責任である」と言われます。
ある成長著しい日本企業では、社長選抜の際に、「10年ほど前から候補者を20人に絞り、その後の5年間で5人に絞った。最後の決め手になったのは、5人の候補者の〈歴代の部下〉がどれだけ昇格し、活躍したかを判断基準とした」と話していました。
トップ以下のすべてのレベルのリーダーが、「次のリーダーを育てること」を自身の最重要課題として取り組まない限り、リーダーのパイプラインは詰まってしまいます。

こうした状況の中で、人材の供給力を高めるためにはどんな打ち手が有効でしょうか。

打ち手1 リーダーによる「私塾」

リーダーが次のリーダーを見出し、育成するために最も効果があるのは、リーダーによる「私塾」だと思います。
リーダーを育成するためには、チャレンジングな経験が何より大切ですが、それと同じくらい重要なのは、リーダーとしての意思決定や判断の基準値を体感する経験です。リーダーの意思決定は、真剣勝負の「後戻りのできない資源配分」です。これは自身のチャレンジ経験だけでは、学ぶことはできません。

例えば、トヨタ自動車が、課長級社員を対象に社長や副社長などの秘書役として4か月間登用する「トップ密着型」研修を2014年に始めました。トヨタほどの大企業のトップが、ミドルをマンツーマンでOJTするのです。またあるメーカーでは、経営トップがビジネススクールのケースを私塾の教材に活用しています。具体的には、自分も塾生も同じケースを解き、「今何を意思決定すべきなのか」「どう意思決定するか」「それはなぜか」という議論を繰り返すことで、塾生にリーダーとしての判断軸を刷り込もうとしているのです。

リーダーたる者は、リーダー候補者とオープンに接し、人間同士の信頼関係を創り、“これは”と思える人材を妥協なく選び、徹底的にその人材を応援する。特に変革には、リーダーと共に動けるチームが大切になりますので、塾を通じてチーム創りも助ける。そんな機能をもった私塾が社内のあちらこちらで機能すれば、そこからリーダーが次々に巣立っていくのではないでしょうか。

打ち手2 ビジョンと戦略のメンタリング&コーチング

重要ポストにストレッチアサインをした場合、的確なサポートが欠かせません。「這い上がった者だけを選ぶ」という方法もありますが、それではスピードが落ちます。的確なサポートの一つは、メンター兼コーチを付けることです。
特に経営リーダーのポジションにおいては、就任後最初の100日間が勝負です。この期間に担当事業と組織のポテンシャルを見極め、今自分たちはどこまで到達しているかを見定めて、変革のシナリオを創らなければならないからです。100日以内に、メンバーに対して「我々のポテンシャルはこんなものではない!」とインスパイアできるかどうかが、その後の成長軌道を決めてしまいかねません。何よりもタイミングが大切ですから、研修では到底対応できないのです。また、メンター兼コーチは、いわゆる「コーチングだけのエキスパート」ではなく、多様な経験と経営的な視点から、クライアントの判断の良し悪しを指摘したり、具体的なアドバイスができなければ務まりません。本人が直面している課題に対して圧倒的に豊富な経験値をもったプロを起用することが重要です。

こうした人材を社内で調達するのは容易ではありませんから、重要なリーダーのメンターは、外部のプロフェッショナルの起用が望ましいといえます。

打ち手3 女性リーダー輩出に勢いをつける「超ハード研修」

また、女性リーダーの輩出に勢いをつけることも重要な取組です。
「優秀な若手はたいてい女性」という言葉が、特に営業職系や企画スタッフ職系によく聞かれるようになって久しいですが、管理職レベルになると、急に男性中心になっているのは、なんとも勿体ない話です。
ただし、女性リーダーの輩出を管理職ポストと連動させすぎると、組織も本人も苦しくなってしまいます。女性リーダー=女性管理職という発想だけでなく、専門性の高い業務の準リーダー職位や、プロジェクトマネジャーなどのアサインで、もっと活躍の場を与え、処遇することで、輝きを放つ女性はとても多いはずです。

そして女性リーダーを生み出す動力ポンプは、「超ハードな研修」の効果が高いと感じています。ある金融機関では、現場の第一線の女性社員からリーダー候補を選抜し、16日間もの長期にわたるコースで、男性社員以上に厳しい研修を課して、上位層に提案したり、組織の壁を越えて問題解決できる力を徹底的に鍛えています。

現場を切り盛りしている女性社員は、日頃から実質的にリーダーシップを発揮しているのですが、会社からの期待を直接伝えられる機会が少なかったため、自らのリーダーとしての資質や強みに気づかずにいる場合が多いのです。「超ハードな研修」を課すことが、彼女たちをある種の呪縛から解放することになり、職場のパフォーマンス向上にも直結するのです。

打ち手4 ファスト・トラックの構築

グローバルにタレントの獲得競争をする際の日本企業の泣き所、それは昇格スピードの遅さです。
海外メジャー企業では、30歳でマネジャー、40歳には事業責任者というスピード感が、トップタレントにとってみれば当たりまえのキャリア感覚です。例えばGEのオフィサー就任までのスピードは最短で11年、平均でも20年程度だそうです。 LIXILの藤森CEOも、39歳でグローバル医療ビジネスのゼネラルマネジャーに就任しています。それも、入社2年目に参加した長期間の研修で幹部に見いだされ、翌年このアサインメントが決まったそうです。日商岩井(現:双日)から転職してわずか4年というスピード感です。私達は、このようなリーダーのパイプラインをもっている企業と、競争をしなければならないのです。

海外ばかりでなく、日本人のタレント人材の中には、コンサルティング会社や外資系企業にチャレンジを求めていくような人たちがどんどん増えてきているように思います。そうしたトップタレントをリテンションするためにも、人材のファスト・トラック(早期の選抜、抜擢による特別ルート)の構築が重要になります。

更にアジア、中国などの新興国では、各リージョンごとのファスト・トラックづくりを急ぐべきです。日本本社のグローバルリーダー育成の枠組みを活用するだけでは、対象人数や、頻度、言語の壁などの制約があり、現地の人材獲得競争のスピード感に追いつかないという実態をよく耳にします。特に中国の大手企業は、自国市場の成熟化を見据え、早くもグローバル展開を急いでいるため、トップタレントの育成については、グローバル企業並みの体制を整えつつあります。このことは、中国人の国内外のMBA取得が10年前から急激な増加の一途を辿っていることからもわかります。彼らも欧米企業とのリーダー獲得競争に対抗せんと頑張っているのですから、日本企業もこれ以上遅れをとることは許されない、というところまで来ています。

打ち手5 人材の「見える化」と「動機づけ」

タレントマネジメントシステムの導入によって、「人材の見える化」を行うことは、人材供給力を高める有効な方法の一つです。組織のグローバル化によって、その必要性はますます高まっています。
見える化すべき要素は、社員個人の情報(職務経歴、保有資格・スキル、教育履歴、本人の志向性)、人材管理上の情報(従業員の評価(業務評価・コンプライアンス評価)、後継者管理上の位置づけ、人材開発目標と進捗状況/他)などです。

また、個人の志向や潜在力を把握するために多くの企業では、キャリアカウンセリングの仕組みを整備したり、上司がキャリア面談を実施する制度を充実させてきました。しかし問題は、これらの貴重な人材情報が、上司や職場の中に留まっていて、見える化されていないことです。

また、見える化まではできても、その後何をすべきなのか明確でない場合も多いようです。
私はタレント情報を、「動機づけ」にこそ活用すべきだと思います。現在、競争優位の源泉は新技術やビジネスモデルといった上流にあるのではなく、顧客の個別のニーズに個別に対応できる力に移り変わってきています。このような局面での戦い方は「総力戦」です。むしろ総力戦こそ日本企業の強みのはずです。総力戦で勝利するには、リーダーはもちろん大切ですが、それと同じくらい、社員一人ひとりの動機づけが大切です。今必要なのは、ポストや報酬に依存するのではなく、その仕事に好奇心をもってワクワクした気持ちで取り組む姿勢、つまり内発的な動機を高めることです。内発的な動機は、自分の自由裁量で工夫する余地がたくさんあることや、自分の専門性を磨くチャンス、社内外のネットワークをつくる機会が与えられること、或いは切磋琢磨できるライバルがいることなどによって高まっていくものです。

こうした機会は、職場、上司、目標、評価…といった狭い範囲の中だけで人材を見ていては、意図して作れないはずです。社員一人ひとりのチャンスやフィールドを広げるためにも、人材の見える化は必要なのです。

人材開発は本来時間がかかることであり、未来への投資です。
しかし、攻めの経営のためには、即効性のある打ち手も同時に必要です。
その糸口は、自社のタレント・パイプラインの総点検を行うことで見えてくるはずです。
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