「日本のウイスキーメーカーは複数の本場スコットランドの蒸留所を所有して研究を重ねた結果、どんな味のウイスキーを作りたいかが決まれば、最後はブレンダーというプロの調合師が味を決めるものの、想定した味になる一歩手前までの味の調整はできるらしい。」という話をとあるBarで聞いたことがある。
 日本のお家芸の製造業のノウハウがウイスキーの世界にもかなり活用され、ある意味かなり近代化してきている。
 ただウイスキーの元祖といえるシングルモルトの本場であるスコットランドは必ずしも日本のように近代化・工業化させているわけではない。もちろん蒸留所により近代化・工業化させているところもあるが、昔ながら、かつ、そのシングルモルト蒸留所独自のやり方を用いて味や香りといった、そのシングルモルトの持つ個性を保つようにしている。それは当然モルトの銘柄別に独自の管理方法を用いているのである。
 例えば、「モルトのロールスロイスと呼ばれマッカラン」というシングルモルトの場合、100%ドライ・オロロソ・シェリー樽熟成を売りにしている。それも(最近はシェリー樽以外の製品も出てきているが)ウイスキーを熟成させる樽を手にいれるために、わざわざ提携しているシェリー業者に樽を提供し、2~3年間シェリー樽を詰めて使用済みになったところをウイスキー熟成用として回収することで樽の品質を保っている。さらに、きちんと熟成が進んでいるかを確認するために樽で熟成されたウイスキーの「色」(独特の琥珀色)を調整した後、2年前、4年前等、すでにマーケットに出ている商品とブラインドでティスティングをして、味と香りもマーケットに出しているものと遜色はないかを判断する等、独自の評価軸も入れている。この評価軸はマッカラン独特の味と香りを保つために長年の経験より導かれたものらしい。

 この話を聞いた時、「人材育成に対する考え方もウイスキー作りと似ているな」と感じた。人材育成に関して日本ではコンピテンシーが入る前から「職務遂行能力」を細かく洗い出し、各等級の標準的な人材の能力要件を具体的に示した上で、社員全体の平均レベルを押し上げる人材育成施策を長期にわたって実施してきた。「金太郎飴」と揶揄されたこともあるが、確かに人材レベルは揃っていたことも事実であった。経済の成長期にはまさにこのやり方が日本ではベストマッチしていたといえるだろう。

 その後、グローバル化やM&Aが当たり前になるなど、時代の変化に伴って日本でも「平均的な人材」だけでは競争には勝ち抜けないことがわかってきた。要は「平均的な人材」の延長線上の経営トップは「安定・社内調整」には強みを発揮できるが、変革期にビジョンを打ち出し、強力なリーダーシップを発揮して変革を成し遂げることには向いていなかったからである。その後、多くの日本企業は欧米企業を研究し、「グローバル経営で舵を取れる経営人材」の育成が急務とわかり、その対象を急遽選抜し、集中的に育成をはかる施策を研究し実験してきた。当初はかなり試行錯誤があったが、最近多くの日本企業でひとつの方向が見えてきたように感じる。
 それはシングルモルトのマッカランではないが、本当に「我社のDNAを承継しつつ、未来を任せるリーダー」を育てるには「他社の真似ばかりや今までの延長の階層別研修のような手段では育成することは難しい」ことに気づいたからではないか。
 実際、筆者にも人事戦略や人事制度設計だけではなく、次世代経営幹部育成手段として異動・ローテーション・教育といった人材フロー系までを視野にいれたサポートや、その候補者の選抜アセスメントの実施を依頼してくるケースが、ここ数年で劇的に増えてきている。また、マッカランは世界的人気が高まり、先々を見据えて一旦現在の蒸留所を閉鎖し、2017年春のオープンを目指し、今年秋からマッカランブランドのための新たな蒸溜所&ヴィジターセンターを1億ポンド(約170億円)掛けて建設するそうである。
 伝統的製法でマッカラン人気を創り上げた現在の蒸留所も、先々を踏まえ閉鎖して新工場&蒸留所にしてしまう。ウイスキーは最低でも4年は樽で熟成する。スタンダードは10年か12年モノになるので、そこまで視野に入れ、英断しているのである。

 ウイスキーではないが、人の熟成にも何年も時間がかかるのも真実。人材育成&投資をするのであれば、まさに今が最高のタイミングなのではないであろうか。

追伸
 余談ではあるが、実はここ数年、日本のウイスキーは世界に認められ、スコットランド以外で初めての賞を取る程の独自性を打ち出せるようになった。うれしいことに1社1銘柄だけでなく、数社数銘柄が次々と賞を受賞している。それは日本では「もっと優れた味と香りのウイスキーが作ることができる」という信念にそって日々研究が続けられているからである。日本を変えるような経営人材も、同様にこれから輩出されることを期待したい。松下幸之助、本田宗一郎のような偉大なリーダーが、「平成版」として出てくることを祈りつつ。


HR総合調査研究所 客員研究員 松本利明
(人事コンサルタント)

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