「24時間、戦えますか」
某栄養ドリンクのCMで使われたこのキャッチコピーをご記憶の方も多いだろう。国を挙げて長時間労働の削減を目指している今の時代からすると信じられないようなフレーズである。しかし、時代が変わっても、何時間でもバリバリ働きたいと考える社員はいるものだ。
実際の労務相談においても、「この状況で帰るなんてできません!」「仕事を覚えたいので残ります!」「残業代はいりませんから!」などと主張して帰らない社員への対応について尋ねられることもある。叩き上げの中小企業の事業主の方などは「その意気やよし!」と認めてしまうかもしれない。寝食を忘れるほど仕事に没頭する姿は尊くもあり、応援したくもなるのであるが、私は原則としてそのような場合でも残業を認めないようにおすすめしている。それは次のような理由による。
残業代はいりません!?もっと働きたい社員が抱える経営リスク

「残業代はいりません!」は通用しない?

まず、賃金未払い残業(違法残業)となる可能性が極めて高い。今年の1月に政府が策定した「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」によると、労働時間について次のような考え方を示している。(一部編集)

労働時間とは使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に該当する。使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間は労働時間に該当する。


つまり、たとえ社員が自発的に残って仕事や勉強をしていたとしても、それを使用者が黙認していた場合は労働時間となり、賃金を支払わなければ労働基準法違反(第24条違反、賃金の未払い)と判断される可能性が非常に高い。

次に職場の士気が低下する恐れがある。もし貴方の職場に「残業代はいらないから残って仕事をさせて欲しい」という人がいたらどうだろうか。さらにその人が上司から評価されるようなことがあったらどうだろうか。定時を過ぎても帰ることに気が引けてしまったり、時間内で仕事をすることにバカらしさを覚え、やる気をなくす人も出てきたりするかもしれない。職場の士気だけでなく、定着率も下がることが予想される。

さらに、経営判断にも悪影響を及ぼすと考えられる。例えば、実際は10時間かかっているのにタイムカードでは5時間になっていたとしたら、本当の生産性は2分の1である。タイムカード上の生産性を基本情報として人事政策やオペレーションの組み立て、設備投資等を行ってしまったらその会社の将来はどうなるだろうか。また、時として現場レベルでは考えられない指示が上から降りて、現場が混乱するようなことも起こり得るが、原因はこうした点(正確な労働時間を把握していない)にもあるのかもしれない。

そして、安全配慮義務違反となる可能性も高い。つい先日、首都圏を地盤とする食品スーパーの男性社員が脳梗塞で死亡したのは長時間労働が原因であるとして労災認定がされた、とTVや新聞等で大きく報道された。この社員の方は月80時間の、いわゆる過労死ラインを超えた労働は“タイムカード上は”していなかった。しかし、記録に残らないサービス残業部分の労働時間が考慮されて労災が認められたのである。「社員が自発的に残ったから」という言い訳は通用せず、企業の安全配慮義務が厳しく問われると考えるべきであろう。

「若い時の苦労は買ってでもしろ」「艱難汝を玉にす」という言葉を聞いて育った方も多いだろう。私自身、子どもの頃に「人より勝りたければ、人が休んでいるときに努力せよ」と教えられたものである。これらはいずれも努力することの尊さを説いたものであるが、どうも我々日本人は「努力」と「長時間労働」とをイコールで結びがちなのかもしれない。これらは全く違う意味であることをきちんと認識することが問題解決の出発点となりそうだ。

「人より一時間、よけいに働くことは尊い。努力である。勤勉である。だが、今までよりも一時間少なく働いて、今まで以上の成果をあげることも、また尊い。そこに人間の働き方の進歩があるのではなかろうか。」(松下幸之助『道をひらく』 PHP研究所1968)

努力は進歩にこそ向けられるべきものでありたい。


出岡社会保険労務士事務所
社会保険労務士 出岡 健太郎

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