大手広告代理店の過労自殺労災認定事案により、長時間労働の問題が一層注目されている。本当に長時間労働はなくせるのか?過労死・過労自殺はなくせるのか?企業の本音、社員の本音を踏まえて考えてみたい。
長時間労働による過労死・過労自殺。企業の本音。社員の本音(後編)。

『長時間労働をすることが当たり前。そして美徳。そのような社風が問題だ。』

「なぜ過労死・過労自殺が起きるのか?なぜ防げないのか?」
この問いに対しては、メディアやネット上では様々な回答や意見が出ている。
前回に続き、それらについて、考えてみる。

『長時間労働をすることが当たり前。そして美徳。そのような社風が問題だ。』

これは最も問題視されている部分だろう。労働局が企業に対して、最も是正を迫っているのもその点だ。
「月の残業時間が100時間を超えたくらいで過労死するのは情けない」ある大学教授の発言が問題にもなった。
今回の大手広告代理店にも「鬼十訓」という理念があったという。

今回の問題について、同業者と話をしていたら、このような事を言っていた。
「居酒屋で隣の席に中年のサラリーマンが、『俺らの時代は月100時間残業とか当たり前だったよな。それくらい働かないと、社会人として一人前とは言えなかったよな。』と酔った勢いで言っていた。確かに昔はそうだったかもしれないけど、時代は変わったんだからな。」

新聞記事やニュースを見ながら、恐らく、居酒屋のサラリーマンと同じ感想を持った中年以降のサラリーマンも少なくないのも事実ではないだろうか。また、自分の労働時間はもっと遙かに多いよな~。と感じた経営者も多いのではないだろうか。

一方で、同業者が言ったように、「時代が変わった」のも事実だろう。

居酒屋のサラリーマンや私の経験のように、長時間労働は、近年になって特に増えたわけでもない。ただ、問題化されることが少なかっただけだ。

では、どのように時代が変わったのであろう?
IT化、グローバル化、終身雇用から能力主義へ、キャリア教育の浸透等、働く環境は大きく変わっている。
一方で「長時間労働が美徳」という意識を持つ人は確実に少なくなっている。できる限り長時間労働は無くしていきたい、そう考える経営者も多いとも思う。

それでも「長時間労働が当たり前」である環境はなかなか無くならない。それは、「長時間労働が美徳」でもなく、ただ「長時間労働をせざるを得ない環境」が存在するからではないだろうか。
必ずしも、特定の会社の社風や意識の問題だけで語れることではないだろう。

大手広告代理店への捜査を開始した労働局職員のコメントが新聞記事にあった。「トカゲの尻尾切り、にならないよう徹底的に調査したい。」
過労死・過労自殺といった悲しい事案が無くなるためには、どこまで調査すれば、「トカゲの尻尾切り」にならないのであろうか。

特定の会社だけの問題で片付けて良いのだろうか。「お客様は神様」?

実際に私が業務に関わる中で、こういった経験がある。
ある会社が長時間労働で労働基準監督署から是正勧告を受けた。それに伴い、社員の労働時間を制限し、労働環境を改善した。その結果、その下請け会社の業務量が大幅に増え、その社員たちの労働時間がますます増え、長時間労働が常態化してしまった。
発注元のニーズは、断ることは出来ない。さあ終業時刻だ、といったときに、明日までにこれを頼む!と依頼されれば、徹夜してでも仕事を完遂しなければならない。

「お客様は神様である」という言葉がある。(三波春夫が言った本来の意味は違うらしいが・・・)
確かにお客様のニーズに応え、お客様に喜んでもらうことで、ビジネスは成立する。しかし「神様」となったお客様はより良いサービスや商品を求める。そして、あまりに過剰な場合には、「クレーマー」となる。
ある大学教授によると、「ニホンの消費者は商品やサービスへの要求が世界一厳しい」らしい。
そういったお客様に真摯に誠実に応えていこうとすれば、自然と仕事量は増え、そして長時間労働につながる大きな要因となる。

小売業や飲食業など、一般消費者向けのビジネスを展開する業種に、特に長時間労働が問題となるケースが多い。
また先ほどの例のように、発注元、下請けとの力関係が明確な業種も長時間労働が多くなる傾向があるだろう。

長時間労働への調査が「トカゲの尻尾切り」にならないためには、その業界などの風土や慣習そのものにも切り込んでいかなければ、難しいのではないだろうか。
特定の企業だけの問題にしたり、その改善を国に頼るのではなく、私たち自身が消費者として、あるいは発注元としての意識の改革も必要であろう。

労働局が設置した「過重労働撲滅特別対策班」いわゆる「かとく」は、比較的名の知れた大企業を主にその調査対象としているようだ。「かとく」に是正を促された長時間労働の事案は、ニュースとなり世間で話題となる。
そして長時間労働の企業に対して、国は厳しい態度で接している。というイメージが世間に植え付けられる。
そういう意味でも、「かとく」の役割は大きい。

その調査の目は、特定の企業だけに向けられているのではなく、国民1人1人に向けられていると感じなければ、この問題は永遠に「トカゲの尻尾切り」で終わってしまうだろう。

オフィス・ライフワークコンサルティング
社会保険労務士・CDA 飯塚篤司

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