2000年3月24日最高裁第2小法廷判決、いわゆる電通事件。

1990年に新卒入社した社員が、入社1年半後に過労自殺した。最高裁は会社の責任を認め、最終的には1億6800万円を支払うことで和解したという事件である。

そしてまた、同じ電通で痛ましい事件が起こってしまった。
新卒入社後、わずか9ヶ月で自殺してしまった社員について、過労死として労災が認められたのである。
電通過労死事件に見るSNS時代の労務管理

SNSで長時間労働、パワハラを立証できる

月100時間を超す時間外労働、パワハラと、今回の過労死事件も、25年前の電通事件とよく似た構図であるが、決定的に異なる点がひとつある。

1990年の時点では、インターネットも、携帯も、一般人にはその存在すら知られていなかったということである。

25年後の2015年には、大学を卒業したての若者が、スマホを持っていないほうが珍しいという状況である。手のひらの中にインターネットがあるのだ。

そして、Twitter、Facebook、Line など、SNSを利用している人も多い。

今回の事件では、労災の被災者となった社員が、Twitter で仕事の理不尽さや、パワハラといえるような上司の言葉、長時間の残業で睡眠不足になり、ふらふらになっているようすをつぶやいていた。

そして、労災認定が報じられた10月8日以降、彼女の Twitter は世間の耳目を集め、その悲痛な叫びを目にした人は膨大な数に上った。いったんネット上に出たものは、画像での保存、ウェブ魚拓と言われるキャッシュを保存するサービスなどで、もとの記事を削除したり非公開にしても、完全になくすことは難しい。

現在、彼女の Twitter は非公開になっているが、非公開とはいっても、フォロワーからは、以前と同じように見ることができる。そのひとりが、自分のブログで内容を発表している始末で、ネット上でその存在が一度は知られてしまったものを、隠すことは不可能である。

労災が比較的短期間で認められたのは、Twitter での発言が証拠として採用されたからだ、という人もいる。

Twitter や Line は、一度投稿すると、内容を編集することができない。削除することはできるが、画像で保存されればそれまでだし、Line にいたっては、自分の発言を削除したとしても、相手の端末から削除することはできない。

Facebook については、投稿した内容を後から編集することができるが、「編集済」という表示がなされ、「編集履歴」から、もとの投稿を見ることができる。

長時間労働やパワハラについて裁判になった場合、私的なメモや日記であっても、毎日記入されているようなものは、証拠として採用される場合が多い。
手書きのメモは、比較的改変が難しいからだ。

Twitter や Line、Facebook などの場合は、改変ができない、または履歴が残ることに加えて、投稿した時間も記録されるので、なおさら証拠能力が高いといえる。

社員がSNSを使うのを就業規則で禁止できるか

会社の内情がダダ漏れになってしまうような、危険なSNSは、そもそも禁止してしまえばいいではないか、と考える向きもあるだろう。

もちろん、「会社の名誉または信用を傷つけるような行為をしないこと」というのは、一般的な服務規程である。

また、労働契約に付随する義務として職務専念義務があることから、就業時間中にSNSやインターネットを私的に利用することを禁じるのは問題ない。

だが、Twitter などで違法な長時間の残業やパワハラ上司の言葉などをつぶやいた社員を、そのような就業規則を根拠に懲戒できるかというと、かなり厳しい。

基本的に就業規則は、就業時間内のことは規制できるが、私生活については、業務上の合理性もなく、会社の好き勝手に禁止事項を決められるわけではない。

就業時間外であっても、会社の内部情報や業務にかかわること、会社の信用にかかわることなどについての投稿を禁止することは可能であるし、懲戒の根拠にもなる。
しかし、その内容が、長時間労働、違法なサービス残業、パワハラなどで、作り話ではなく真実であった場合は、懲戒権の濫用とされる可能性が高い。

しかも、相手が退職した場合は、就業規則による懲戒はできなくなる。民事訴訟で、不法行為による損害賠償請求はやろうと思えばできるが、これも、上記のような内容だった場合には、勝てる見込みは薄い。

そもそも、従業員が確信犯的に、Twitter や Facebook を会社の目にとまらないように、非公開や友だち限定の記事などで運用し、退職後に公開したとしたら、もうお手上げだ。

結局のところ、社内の違法行為を、社員の口を塞ぐことによって隠蔽しようとするのは、不可能なのだ。

今回の電通の事件では、「かとく」(労働局の過重労働撲滅特別対策班)の調査も入り、会社や役員に対する書類送検の可能性も高い。

「うちの会社(業界)ではこれが当たり前」という考えで、労働法、そして社員の人権を無視していると、とんだしっぺ返しをくらいかねないということを頭に入れて、労務管理を行う必要があるのだ。


メンタルサポートろうむ代表
社会保険労務士/産業カウンセラー/ハラスメント防止コンサルタント/女性活躍推進アドバイザー
李怜香(り れいか)

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