10月も終わりが近づき、日増しに秋が深まってきている。「女心と秋の空」と言うが、同様に、辞職願を出してきた社員による、突然の「辞職の撤回」といった経験はないだろうか。このような“辞めるのやめた!”に対する、労務管理上の対策について解説する。
労働契約関係は別れ際が肝心

【ケース1】~辞めるのやめた!事件~

「課長、先日辞めると言いましたが、撤回します。」
「何だって?そうはいかんよ。部長にも報告したし後任の採用面接の予定もあるんだ。」
「本気で言っていた訳ではなかったのです。今後も勤務を続けますので。」
「残念ながらそれは無理だ。今月末で退職ということでいいね。」
「どうしても辞めろというなら不当解雇で訴えますから!」


 上記のように退職の意思を撤回する“辞めるのやめた!”事件は、社労士として労務相談をお受けしていると意外と多いご相談である。職場に強い不満を抱えている人は、周囲に対して「私、もう辞めるから」といった発言をすることがある。そして多くの場合、そういう発言をする人に対して会社側も慰留することは少なく、きちんとした話し合いが行われないままずるずると時間が経過してしまうケースはありがちだ。そうこうしているうちに、上記のような「辞めるのやめた!」発言が飛び出し、トラブルになるという構図である。

対策①:とにかく退職日を明確に

 このトラブルの原因は、退職日を明確にしていない点にある。
退職の意思を表明している社員がいたら、問題を曖昧にせず、きちんと話し合いの場を持ち、退職の意思の確認(本気で辞める気が無いことも多い)と、退職日を明確にした退職届の提出を求めるべきであろう。これができれば、ほとんどの“辞めるのやめた!”事件は予防できると思われる。

 しかしながら、きちんと退職届を出してもらってもトラブルになるケースもある。なぜなら、退職届は一定の条件の下でなら撤回することが可能だからだ。具体的には、
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ⅰ)承諾権者が退職届を見る

ⅱ)退職を承諾する

ⅲ)承諾の意思が労働者に到達する
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以上の流れが完了するまでは退職届の撤回は可能である。

だとすると、会社としては二つの問題がある。
一つは「誰が承諾権者なのか」、もう一つは「どうやって承諾の意思を到達させるか」という問題である。これらの問題を解決しないかぎり、退職届は理論上撤回し放題ということになり、非常にハイリスクである。

対策②:退職承諾通知書を交付する

そこで、これらの問題をまとめて解決する方法として、「退職承諾通知書」を交付することを提案したい。この通知書に「承諾権者の氏名」と「退職を承諾した」旨を明記して、労働者に渡せばその時点で合意退職が成立し、その後の退職の撤回は不可能に近くなる。
実際、ここまでやることはないだろうと思わなくもないが、トラブルに発展しそうなケースでは検討に値するのではないかと思う。できれば、就業規則等にも退職の承諾権者について明記しておきたい。

【ケース2】お願いだから辞めないで!事件

以上のケースとは反対に、「辞めてほしくないので退職を撤回させたい」というご相談もよくある。『退職届を受け取らなければ合意退職は成立しないだろう』という豪傑社長もいらっしゃるようであるが……。さて、会社は社員を辞めさせずに勤務を続けさせることができるのだろうか。

 答えは、キッパリ“NO”である。労働基準法(以下労基法)では労働者の意思に反して労働させることを禁止しており(労基法5条)、違反すると同法上最も重い罰則(1年以上10年以下の懲役又は20万円以上300万円以下の罰金)も用意されている(労基法117条)。

 決め手となるのは働く本人の自由意思であり、そこに会社が何らかの影響力を行使することは重大な違法行為になる可能性がある。引き留めるためにできることは、処遇面の見直しなども含めて誠心誠意話をして、本人に考え直してもらうしかないだろう。

 労働者の退職の場面では、労使ともに感情的になりがちである。今まで堪えてきた感情が一気に爆発し、個人的な人間関係まで壊れてしまうケースもある。しかし、この時こそ冷静になりたい。退職時は会社の器の見せ所でもある。マイナスの発言はせず、今までの勤務に対して感謝をし、今後の活躍を祈ろうではないか。そして『いつでも戻ってきてくれ』と言いたいものである。今季のプロ野球のセ・リーグを圧倒的な成績で制した広島カープは、黒田、新井という二人の復帰組が重要な役割を果たした。そのことに学びたいものである。


出岡社会保険労務士事務所
社会保険労務士 出岡 健太郎

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