社労士をしていると、賃金にまつわる経営者・人事担当者からのご相談は非常に多く、特に賃金制度全体の見直しのご依頼を受けることも少なくない。その際に配慮すべきこととして、確かに賃金の話なのだから労働基準法をはじめとする法律論を気にする経営者が多い。実務の現場では、従業員の気持ちへの配慮、すなわち感情面への配慮が欠かせない。あえて言うならば、賃金制度を変更する際は「法律論より感情論」にフォーカスしたい。
賃金制度見直しには、実は感情論が重要

賃金制度のユーザーは従業員

 たしかに、会社側の言い分としては「全員一律に賃金が上がり続けるのって高度成長期でもあるまいし、難しいと思わない?」、「若手層の給与を上げるためには、中高年層の給料を下げるしかないのだよ」などというお声は、よく出てくることだ。だが、企業の商品のユーザーが顧客であるように、賃金制度のユーザーはあくまで従業員である。顧客には商品を売るがために、めっぽう気を遣うのだが、従業員には気を遣わない経営者がいないわけではない。

 「給料を支払ってるんだから」という意識が、経営者本人も気づかないうちにどこかに存在しているのかもしれないが、それが言動の端々に出ると従業員はやはり、納得しない。場合によっては制度自体の不満というよりは、経営者の態度に対する不満が、労働問題に発展することもあるのが企業の現場である。


労働条件の不利益変更法理というが

 たしかに、賃金制度の改定が一部従業員にとっては改善になることもある。「がんばっている従業員に報いたい!」という経営者の大号令のもと、改定された仕組みにより給料が上がる人もいるだろう。一方、多くの場合、人件費はゼロサムゲームなので、誰かが今までよりも給料が上がるとそのツケを支払わされ、給料が今までよりも下がる人が出てくるものだ。この場合、今までの労働条件よりも悪くなる、すなわち「労働条件の不利益変更」の問題が起こる。労働条件の不利益変更は、原則、認められない。ただ、「合理的理由」が存在するのであるならば、認められないわけではない。

 ここでいう合理的理由というのは、過去の判例において積みあがっており、「労働者の受ける不利益の程度」「使用者側の変更の必要性の内容・程度」「変更後の就業規則の内容自体の相当性」「代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況」「労働組合等との交渉の状況および他の労働組合又は他の従業員への対応」「同種事項に関する我が国社会における一般的状況」等を勘案して不利益変更が認められるかどうかを判断する。ただ、これら合理的理由というものをよくよく考えてみると、今まで約束されていた労働条件を変更しようとするのだから、このことを従業員に対して配慮することは人と人との交渉というか、新たな関係性を構築していく上では、ある意味「常識論」とも言える。


人が納得するには、覚悟が伝わることが重要!

 特に実務を行っていて思うのは「労働組合等との交渉の状況および他の労働組合又は他の従業員への対応」は重要である。なぜ今、制度改定を行う必要があるのか、ではどのような賃金制度の仕組みになるのか、場合によってはどの程度の不利益を受ける可能性があるのか等を何度も何度も粘り強く、従業員に対し経営者自らが語っていくことが、新しい制度をうまくまわしていくためには重要である。そして何よりも重要なのは、経営者の制度改定への覚悟、気迫である。それこそ、たしかに分かりやすく合理的に話すことは重要なのだろうが、人が納得するのは合理的理由というよりは「社長が、あんなに一生懸命、話しているんだから」など、案外そのような部分に人は納得するものだと実務から学んでいる。みなさまはどう思われるだろうか?

社会保険労務士 糀谷 博和

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