〈採用面接を実施した某社に、応募者から電話が掛かってくる〉
応募者 「先日面接を受けた者ですが。」
採用担当「先日はありがとうございました。」
応募者 「不採用とのことでしたので履歴書を返して欲しいのですが。」
採用担当「(え?捨てたぞ……)申し訳ありませんが、応募書類の返却はしておりません。」
応募者 「ええっ?どういうことですか?どこかに流出したのではないですか?責任取ってくださいよ!?」
採用担当「いえ……決してそのようなことは……」

 個人情報保護法という法律が出来て10年以上が経ち、「個人情報」という言葉はすっかり市民権を得た感がある。ところで、労務管理の世界でも多くの個人情報を取り扱うが、採用選考時の履歴書などはその代表選手であると言えるだろう。TwitterなどSNSの普及でどんな噂でもすぐに広がってしまう現代において、企業の信用保持の観点から上記のようなトラブルは是非とも避けたいところである。そのためには、どのような点に注意するべきだろうか。
油断大敵、不採用者の履歴書トラブルにご用心

採用選考時の履歴書に保管義務はあるのか

冒頭の例は、既に履歴書を処分していたために返却ができず慌てているケースであるが、ここで採用選考時の履歴書について、会社に保管義務があるのかという問題がでてくる。

 因みに労働基準法(以下労基法)第109条には次のように定められている。
『使用者は、労働者名簿、賃金台帳及び雇入、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類を3年間保存しなければならない。』

 書類の保管義務の規定であるが、採用選考時の履歴書がこの規定の適用を受けるかというと、答えは“NO”だろう。あくまでも採用選考のための参考資料たる履歴書に同条を適用するのは無理がある。労基法以外の法律で「履歴書は○年保存!」などと定めた法律はどうやら無いようであり、これらから会社には履歴書の保管義務は無いと言える。よって、冒頭の例のように履歴書を既に処分しているため返却できないこと自体は問題ない。

問題なのは、応募書類の取扱いについて事前に応募者に説明をしていなかった点であろう。例えばハローワークの求人申込書にも「応募書類の返戻」という項目があり、応募書類を返すのか、会社が責任を持って廃棄するのかを記入し、それが求人票に明示されることになっている。履歴書を返却しない場合は、求人票等募集時にその旨をきちんと明示した上で、重ねて面接時に「応募書類はお返しできませんがご了承頂けますか」と直接本人に了解してもらうと良いだろう。そうすることで冒頭の例のようなトラブルはほぼ防ぐことができるのではないだろうか。

 とは言っても、できる限り履歴書は返却する方向で検討されることをおすすめしたい。何故なら、履歴書は文句なしに個人情報の宝庫であり、「履歴書を返さない→他の用途に使うのでは?→怪しい、不安だ」と考える人が出てきてもおかしくないからである。それに、採用・不採用に関わらず履歴書を返却する姿勢を見せることで、「あ、この会社は信用できるかも」と思ってもらえるかもしれない。

履歴書の適切な取扱い

返却したほうがいい理由は、もう一つある。個人情報保護法遵守の観点からも履歴書の返却をおすすめしたい。個人情報(=履歴書)は、その利用目的を特定しなければならず、本人の同意を得ることなくその利用目的の達成に必要な範囲を超えてその個人情報を取扱ってはならないとされている。(個人情報法保護法第15,16条)

よって、採用選考時の履歴書について言えば、その利用目的は「採用選考」であり、採用活動が終わればそれは応募者本人に返却するのがスジであろう。処分に比べ返却には手間も費用も掛かるが、応募者は大抵の場合会社の商圏内の人であり、丁寧に対応をしておくべきではなかろうか。(何千何百という応募者数があるケースについてはまた話は別であるが。)

 このコラムを寄稿させて頂くにあたり、周囲の皆様に「応募者として履歴書を返して欲しいと思うか」という質問をしてみた。「返して欲しい」という答えが多いことを予想していたのだが、意外にも結果は「どっちでもいい」が圧倒的多数であった。採用の現場において、応募書類のことなど特に関心が無いというのが実際のところなのかもしれない。しかし、だからこそ会社側はつい加減な取扱いをしてしまい、まれに履歴書トラブルに発展してしまうという構図があるとも言える。油断大敵、蟻の穴から堤も崩れる、である。取返しのつかないトラブルが起こる前に、履歴書の適切な取扱いに努めて頂きたいと思う。


出岡社会保険労務士事務所 出岡 健太郎

この記事にリアクションをお願いします!