連続テレビ小説「マッサン」をいつも楽しく拝見している。その第2週の放送で、次のようなシーンがあった。
主人公の亀山政春が2年間のスコットランド留学を終えて職場に戻ってくるのだが、妻のエリーを紹介した途端、歓迎ムードの職場の空気が一変する。社長は自分の娘と政春を結婚させ、将来的には会社を任せるつもりで留学に送り出していたのだった。
留学の費用は全部返してもらいます!

 そして、怒った社長夫人が政春に向けて放った言葉が、
『留学の費用は全部返してもらいます!(怒)』
である。

ドラマは大正時代の話であるが、平成の世の現代においても、これに似たような話はよくある。例えば、自社で仕事をするために必要な資格を会社が費用負担して取得させたのに、その社員がすぐに退職を申し出てきて、「辞めるなら資格取得費用を返せ!」というようなケースである。
 劇中のマッサンの運命はさておいて、現代の日本社会でこうした修学費用等の返還請求はOKなのであろうか。

 これについては、参考になる行政通達がある。その主な内容は次の通りである。
 『“見習中に仕事を辞める場合、採用日からの費用全部を見習労働者が負担する”という労働契約は、労働基準法第16条に違反し無効である。』(S23.7.15基収2408号)

 労働基準法(以下労基法)第16条では、労働契約中に労働者が退職をするような場合に、その労働者に対して一定の違約金を定めたり、一定額の損害賠償を支払うことを予定する契約を結んだりすることを禁止している。使用者が労働者を不当に拘束することを防ぐ趣旨である。
 この趣旨に鑑みると、退職労働者に対して資格取得費用等を返還請求することは、労働者の退職の自由を制限することに繋がるのでNGだ、ということになりそうだ。事実上その後の労働を強制させる、いわゆる御礼奉公制度的なものは違法であると考えられる。

 しかし、それでは企業側はせっかく目をかけて、期待して手塩にかけて育てた従業員の、その裏切りとも言える行為に対して、ただ涙するしかないのであろうか。
 もちろん、必ずしもそんなケースばかりではない。例えば次のような裁判例がある。
 『“社員留学制度で留学した社員が、帰国後一定期間を経ずに退職をする場合、留学費用一切の費用を返却すること”という誓約は、一定期間勤務すれば返還義務を免除する旨の特約付の金銭消費貸借契約が成立していると解され、労基法第16条には違反しない。(東京地裁H9.5.26判決「長谷工コーポレーション事件」)

 つまり、会社が費用負担した修学等が、今後の労働力確保目的で行われたのであればアウト!であるが、その費用は会社が“貸し付けた”ものであり、その後の一定期間の労働は返済義務を免除する条件である、というものであれば労働契約とは別の問題であるからセーフ!という訳である。この考え方は企業側にとって大いに参考になるだろう。

 いずにせよ外見上はやっていることは同じように見えるので、何だか誤魔化された気にもなるかもしれないが、使用者側の意思が労働力の確保(労働者の拘束)にあるのか、そうでないのかという点は、やはり大きな違いであると言えるだろう。実際には労基法16条違反かどうかの判断は、その他様々な条件も合わせて総合的に判断されることになるが、資格取得や研修参加が会社側の強制だったり、その後の継続勤務を強いていたりしているような場合は、それは労働者の拘束目的であり労基法16条違反である、と判断される可能性が高いと思われる。

 人手不足の現代、教育訓練に力を入れることで人材の流出を防ごうとする取り組みを考える所も多いかもしれない。そのためには修学費用等の援助の制度を導入することも有効な手段であるが、その際には以上の点にご留意いただき、トラブルにならないようにしたいものである。


出岡社会保険労務士事務所  出岡 健太郎

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