先日の新聞紙上で、エステサロンを全国展開している会社が、残業手当の計算方法に不適切な点があったと報じられた。また同社では、女性エステティシャン5人が長時間労働の是正や有休の取得を求めて外部の労働組合に加入し、会社と団体交渉を重ねてきているという。
貴社の就業規則は大丈夫?

 この「団体交渉」というのは、労働者個人と使用者(会社側)との交渉に代わり、労働組合が組合員の利益を代表して使用者と交渉、協定を結ぶ集団的取引である。団体交渉は労働組合の主要な機能であり、労働組合法で労働者の団体交渉権として保障されているため、使用者はこれを拒否することはできない(労働組合からの申入れの内容を拒否することまでは禁止されていない)。

 例えばこんなことがあった。大阪にコールセンターを置く会社の東京本社の人事部長から、ある年の年末に「外部ユニオンからの団交申し入れがあった。対応してほしい」との依頼を受けた。さっそく「団体交渉申入書」なる書類を見せていただいた。団体交渉の開催日が記載されているが、その日よりも10日ほど先送りさせてもらうことにした。その間に会社側としてどう対応するか、作戦を練るためである。
 この会社で、社員が外部の労働組合に加入、そして団体交渉に至った経緯は次のようなものである。本社から離れた大阪のコールセンターであったが、電話を受けた記録を見ると電話受付時間が9時30分~17時30分になっていたにもかかわらず、ほとんどの日で16時以降に掛ってきた電話に出た記録がなかった。調べを進めていくとオペレータの女性社員はお喋りに興じ、管理職もそれを放任していたというとんでもない状況が展開されていたことが判明した。そこで、会社としては目の届く東京にコールセンターを移転させ、管理職は交代、オペレータを東京に転勤させる異動辞令を発令した。このオペレータのうちの2人が「東京への転勤はできません。拒否します」とのことで外部労働組合の力を借りたのである。会社側としては「この期に及んで何をかいわんや。転勤拒否する奴は解雇に決まっている!」と、人事部長は解雇する気満々で事前の打ち合わせにやってきた。しかし、このオペレータ2名を解雇することができない決定的な落ち度が会社にはあった。就業規則である。会社設立にあたり高額な費用を専門家に支払って各種の規程を作らせたと人事部長は説明していたが、その就業規則の『懲戒』の欄に目をやると「正当な理由なく異動、出向を拒否したときには出勤停止」と明確に記載されていたのである。これでは労働組合対策以前の問題である。結局、この2人は出勤停止処分を経て、大阪市内の別の部署に異動させざるを得なくなった。

 最初のエステサロンのような「不適切な残業手当の計算」のように、労働基準法で定められている内容に反するものは論外として、この会社のように、法律には全く違反していないのに、わざわざ自分で作成した就業規則(実際には外部のコンサルタントに丸投げだったようだが)によって、自らの首を絞めるようなケースが生まれるのである。
 その後、この会社、あの2人はどうなったか。2人はコールセンターのあった駅前のオフィスビルから、郊外の倉庫建物にある商品管理部門に異動になっていたのだが、「すきま風が吹き込む事業場、冷たい水を使うこともある職務への異動は不当である」と、先の労働組合を通じて再度団体交渉を申し入れてきた。さすがの労働組合も、この2人の『わがままぶり』には内心呆れていたようで、1月末になって「2人とも2月末日退職、会社はそれまでの賃金を支払う」ことで決着することとなった。『異動先の職場環境では、2人とも続くまい』という人事部長のヨミ通りの結果だった。この会社の大阪地区の拠点は、駅前のきれいなビルと郊外の倉庫建物しかなかったことが、結果的に幸いした。「恣意的に過酷な環境の職場を選んで異動させた」等と、新たな申し入れを受けずに済んだ。

 『就業規則の重要性』をあらためて認識させられた一件であった。労使が常に『明朗・愛和・喜働』(ほがらかに、なかよく、よろこんではたらく)の状態であれば良いのだが、その状態が崩れたとき、会社を守れる内容になっているのか、の視点から今一度点検しておかれることをお勧めする。


社労士オフィスAGAIN 特定社会保険労務士/産業カウンセラー 関本 誠

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