HRサミット2018プレインタビューVOL.02

なぜ今、ビジネスの世界で禅が求められているのか。〜禅に学ぶ組織の作り方と人の育て方〜

臨済宗大本山 妙心寺 退蔵院 副住職 松山 大耕 氏
<インタビュアー>ProFuture株式会社 代表取締役社長 寺澤 康介

昨今、世界の多くのビジネスリーダーたちが「禅」を実践し、ビジネスに反映させている。なぜ禅はこれほどまでに惹きつけるのか。そして彼らは禅を通じて、何を求めているのか。そこで今回は、京都にある妙心寺 退蔵院 副住職として、ダボス会議への出席や、ローマ教皇への謁見、ダライ・ラマ14世との会談など、世界で活躍されている松山大耕氏に、禅の魅力や教え、禅を通じた組織や人の育て方について語っていただいた。

世界のリーダーたちが 禅に傾倒する理由とは

松山様は、『ビジネスZEN入門』という本を書かれていますが、昨今ビジネスの世界では禅の精神が求められています。そもそもそこには、どのような背景があるのでしょうか?

松山氏

禅は約2,000年前にインドで生まれ、1,500年前に中国に伝わり、1,000年前に日本にやってきましたが、いつの時代にもリーダーに趣向されてきました。武将、侍、さらに近代では政治家、経営者、アスリートなど。ではなぜ彼らは禅に傾倒したのか。その大きな理由は、禅は理論ではなく、実践体験を重んじるからだと思います。また最近でいえば、スティーブ・ジョブズ氏が禅に傾倒し、そのエピソードが広く知られるようになったことも、ビジネスの世界で禅が注目される要因でしょう。

特に、ITの先端企業が禅を取り入れ始めているのが象徴的ですね。彼らの多くが、「世界を変えよう」、「世界を良くしよう」という信念や動機を持っている。そして新しいものを生み出す過程においては、時に迷いも生じ、その都度自らに問い直さなければなりません。そうした中で、禅が心の支えになっているようにも見受けられます。

松山氏

人間は、自分の置かれた境遇とは違うものを求めたがるものです。特にIT業界は、非常にアップダウンが激しく、儲かるけれど、廃れるのも速いですよね。企業の平均寿命は5年程度で、みんなスタートアップはするけれど、後からどんどん新しいものが出てくるので、常に恐怖に慄いています。そういう中で、彼らがいる世界とはまったく違う哲学のある禅の世界に興味を持たれる方が多いのではないでしょうか。また昨今は、京都型の長期的な経営にも関心が高くなっており、国内の企業様はもちろん海外からも、組織を長く続けるための秘訣を学びに来られる方々が増えてきました。

組織を長く続ける秘訣とは何なのでしょうか?

松山氏

哲学を持っていること、これに尽きるでしょう。そしてもう一つのポイントは、動的平衡です。確固たる軸を持ったうえで、時代の流れに対して常に動き続ける、こういった状態を動的平衡と言います。つまり芯は変えず、一方で時代の変化に対応する柔軟さも持ち合わせていなければなりません。

では、良い組織を作るうえで重要なことは何でしょうか?

松山氏

ビジネスの世界では、少しでも無駄を排してスリム化していこうという流れになっていますが、ある程度、常に無駄かもしれない余裕を持って経営していくことが大事ではないでしょうか。また、優秀な人間だけを集めたからといって、良い組織ができるわけでもありません。いろいろな個性が集まって初めて、魅力的な組織は生まれます。経営者は、各役割の人をうまく生かして、組織を作っていくべきでしょう。

余分なものを削ぎ落すことで 大切な本質に目を向ける

著書の中で、仏教は「ゲイン」ではなく、「ルーズ」である、と書かれておられますが、この点について詳しくお話いただけないでしょうか。

松山氏

禅の教えとは「ゲイン」、つまり何かを得るための手段ではなく、むしろ「ルーズ」、失うためのものです。例えば、スポーツの場合、練習すればどんどんうまくなりますが、座禅をやり続けても何も得るものはありません。むしろ今まで築いてきた余計なものを削ぎ落すことで、最も大切な本質に目を向けていきます。しかも、その本質は、自らの体験を通じてのみ得られるものです。禅において最も重要なのは、「まずやる」ということ。誰かの体験の引用ではなく、実践体験をもとに自分自身で腹の底から分かるということが大事なのです。

近頃はビジネスの世界でもマインドフルネスが非常に注目されていますが、このマインドフルネスと禅の違いは何でしょうか?

松山氏

マインドフルネスにも禅にもいろいろな立場があるので、一概に比較はできませんが、マインドフルネスは功利主義的な文脈で捉えられているケースが多々あって、意味がないとは言いませんが、「禅」の考え方とは違うと思います。例えばマインドフルネスには、集中力やパフォーマンスを高めたり、うつ症状を緩和する効果があるとされていますが、効果を求めて実施することは何かを得ようとする「ゲイン」の考え方になります。一方、もっと根本的な生き方の面で変えていこうとするのが、禅の考え方です。

つまり何かの症状が出たときに、特効薬を飲めば、一時的には良くなったように見えますが、それでは根本的な解決にはならないということですね。

松山氏

おっしゃる通りです。物事を究めるためには、目の前にある短絡的な利益を求めるのではなく、それを実践すること自体を目的にしなければなりません。

ビジネスに禅を取り入れるという観点で言うと、ビジネスはある種のお金儲けですが、そこに対して禅はどのように結びついていくのでしょうか?

松山氏

私はお金を儲けるという行為自体を悪いとは思いません。それは社会の評価であり、良いことをしているから儲かる場合が多いわけですから。問題は儲け方と使い道なのです。単なるお金儲けや、それを私利私欲のためだけに使うのか。あるいは、本当に社会から必要とされる良いものを作って売り、それを将来の世代のためにきちんと投資するのか、では大きく異なります。禅や仏教は、欲そのものを否定はしていません。私利私欲にまみれた小欲は良くありませんが、長期的な視点で社会全体のためになる大欲を持つことは、むしろ良いことであると考えています。

感動体験を通じて リーダーのセンスを磨く

VUCAの時代を迎え、ビジネスの状況がより混沌としてきている中、組織を牽引する次世代リーダーをいかに育てていくかが、多くの日本企業の共通した課題となっています。 グローバルに活躍できるリーダーを育成するためには、何が必要となるのでしょうか?

松山氏

グローバルリーダーは、周りがお膳立てして教育することによって生み出せるものではありません。リーダーのセンスは与えられるものではなく、さまざまな気づきの中で、自ら磨いていくものです。よって組織は、そういった気づきの機会を与えることに注力すべきでしょう。そこでキーワードになるのが、「感動」です。リーダーの資質で最も大切なのは、感動できること。感動できるというのは、それだけのモチベーションを持てるということだと思います。近頃こちらの退蔵院には、企業研修で来られる方々も増えているのですが、1泊の研修を終えると、皆さん口を揃えて「ご飯がこんなに美味しいとは!」とおっしゃいます。普段はテレビやスマホを見ながら、あるいはおしゃべりをしながらご飯を食べる方も多いでしょう。しかしここでは、居住まいを正して、食事だけに集中していただきます。そうするとご飯の香りや甘みが感じられ、ちょっとした野菜の灰汁も良い味わいになってくる。そして、それがささやかな一つの感動となるわけです。情報をたくさん与えれば、感性が磨かれるというわけではありません。むしろ情報を遮断して狭めていくことで、感覚はより研ぎ澄まされていきます。

今回のHRサミット2018では、「禅に学ぶ人の育て方」をテーマにご講演いただく予定ですが、お話のポイントを一部ご紹介いただけないでしょうか。

松山氏

多くの企業は人を採用する際、「できる子」=スペックで選ぶと思いますが、それが失敗の素なのです。禅の世界では、スペックなど問いません。「できる」だけではなく、「やる」を重視します。結果がどうであれ、「やる」ことに意味があるのです。どんなに頭脳明晰な人が頭の中で考えたことを口にしても、それは単なる借り物の言葉に過ぎません。いかに実践できる人を育てられるか。そして企業は社員一人ひとりに対して、そうした機会や環境を提供していかなければならないと思います。

HRサミット2018での講演情報
B18 9/21(木)16:50 - 18:00 禅に学ぶ人の育て方

松山 大耕氏
臨済宗大本山 妙心寺 退蔵院
副住職

1978 年京都市生まれ。2003年東京大学大学院 農学生命科学研究科修了。2007年より退蔵院副住職。日本文化の発信・交流が高く評価され、2009年5月、観光庁Visit Japan大使に任命される。また、2011年より京都市「京都観光おもてなし大使」。2016年『日経ビジネス』誌の「次代を創る100人」に選出される。2011年には、日本の禅宗を代表してヴァチカンで前ローマ教皇に謁見、2014年には日本の若手宗教家を代表してダライ・ラマ14世と会談し、世界のさまざまな宗教家・リーダーと交流。2014年世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)に出席するなど、世界各国で宗教の垣根を超えて活動中。

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