【テクノロジーHRパーソン スタートアップ講座】第3講座:HRテクノロジー活用の実例

 2017年4月から6月にかけて、株式会社セルムでは、これからHRテクノロジーに向かい合う方のための全3回の講座を開催しました。
 第1講座が「HRテクノロジー概論」、第2講座が「HRテクノロジースタートアップの実務」、第3講座の今回は「HRテクノロジー活用の実例」です。第3講座は、テクノロジーを本格的に活用したHRの取組みでは、どのようなデータをつかって分析を行い、どのように活用していくのか。そのイメージをつかむことを目的としました。
 ここではその抄録をご紹介いたします。
講師:盛井 恒男 氏
株式会社日立ソリューションズ
ライフスタイルイノベーション本部 HRテクノロジーセンタ センタ長

16年間、日立製作所にてプロダクト開発に従事した後、2007年から日立ソリューションズに戻り、新事業の企画・開発を担当し、文書管理系の製品・サービスをリリース。その後、人事総合ソリューション「リシテア」で蓄積されたデータを活用して、新たな価値を提供することをミッションとして現部署に異動し、ピープルアナリティクスに関わる。その最初の成果として2017年2月に「組織ストレス予測サービス」をリリース。2017年4月からは所属部署名を「HRテクノロジーセンタ」と変え、さらなる新たな価値の創造、AI関連の技術習得、分析ノウハウの蓄積と、ソリューションの開発を推進中。

実例1:行動データの活用で組織のパフォーマンス向上

 これは、日立製作所で「組織活性化支援サービス」として既にソリューション化して展開しているウェアラブルセンサーを活用したアナリティクス事例です。ソリューション展開に先立ち、日立製作所内で名札型のウェアラブルセンサーを首からかけて、3,000名以上の営業員の行動データを集め、それによって組織活性度(「ハピネス度」)を測定しました。
 使用する計測機器は名札型のセンサーと赤外線ビーコンです。社員は出社すると名札型のセンサーを身につけ、デスクワークや打ち合わせなどの、通常業務を行います。センサーは執務室や会議室などに設置された赤外線ビーコンの信号を記録します。退社時、社員はセンサーを充電器に戻します。その際、センサーを充電すると共に日中に収集されたデータをシステムが吸い上げるという仕組みです。

 これにより、対面情報(誰と誰が、いつ何分間対面した)、身体的な動き(活動量、滞在、立ち止まり)、作業場所(会議室、打ち合わせテーブル)などがわかります。さらに対面情報からは、どちらがピッチャー(話しかける人)でどちらがキャッチャー(話しかけられる人)か、またその継続時間もわかります。これらを集計・分析することによって、組織単位の活性度、時期による活性度の推移を把握できます。この結果に、組織属性や職位、年齢なども組み合わせることにより、以下のようなことがわかりました。
「部長クラスの人は、短時間の対面の回数が多いと組織活性度が上がる」
「部長クラスの人が長時間社内に滞在すると、全体として組織活性度が下がる」
「課長クラスの人は、双方向の対面時間を長くすると組織活性度が上がる」
 また、組織活性度と、これらの組織の経営指標(受注高)との相関を分析したところ、「活性度の高い組織は受注高も高い」ということが確認できました。
 このことから、組織活性度をあげる行動を指導することが、組織の生産性をあげることにつながるとの前提のもと、ウェアラブルセンサー情報の取得と、一部の人財データ、経営指標とを組み合わせたアナリティクスを展開しています。


実例2:就業管理情報からメンタル不全予防

 こちらも既にソリューションとしてリリースしているものですが、リリース前の実証実験を事例として紹介いたします。メンタル不全とは、とらえにくい心の問題のように感じますが、実は働き方や労働環境に強く影響されるものであることがわかっています。そこで、メンタル不全で休職した人に近い働き方をしている人を検出し、メンタル不全の危険度を高めている要因を特定できれば、その要因を取り去るなどのケアを早期に行うことができるはずです。
 収集したデータは、就業管理(出社時刻、退社時刻)、残業、休日出勤状況、有給休暇の取得、本人評価と上長評価の差異の有無、本人および上司の人事異動や勤務地の変化、昇格直後かどうか、などです。収集したデータは、分析の際にノイズとなる異常値データを除外(データのクレンジング)したり、データの粒度(データの詳しさ/粗さ)を揃えることから始めます。単位の異なるデータを比較できるように正規化したり、季節性による変動(例:8月は夏休みなどで休暇日数が増える)があればそれを吸収するなどのデータ処理も行いました。
 分析対象データとして、約1万人強のデータを集めました。うち184名が休職者のデータです。正解データは多い方が機械学習の精度があがりますので、少し収集期間を広げて集めました。データ総数に対して休職者数が多くなっているのには、そんな理由があります。この184名のデータが機械学習する際の正解データとなります。このデータを8割と2割に分け、8割を機械学習にかけて休んだ人とそうでない人の違いを学習させました。これが、従業員の休職する確率(過去に休職した人との類似度)を算出する予測モデルとなります。その後、残しておいた2割のデータをこのモデルにかけて休職確率を算出したところ、25名が過去に休職した人と類似しているとの結果が得られました。実際に休職していたのは、検出された25名のうち19名だったので、正解率は75%。2割の検証データの休職者数は36名でしたので、再現率53%の精度だとみることができます。つまりメンタル不全に陥る人のうち、約半数に対して休職に至る前に手が打てる可能性があるということになります。
 機械学習が学んだ休職者の特徴をいくつかご紹介しますと、年休取得率、休出率との相関が強いことがわかりました。遅刻率(朝定時に来れない)、年齢も重要項目として比較的上位にランクされました。性別や配偶者の有無は重要度が低く、休職には影響していないものと考えます。
 複数企業での分析結果をみると、この特徴は業種に関係なく同じ傾向が見られます。複数企業での分析結果から、この手法による予測モデルは概ね同等の精度を確認できたことから、実用化可能と判断し、ソリューションとしてリリースしています。


実例3:組織のパフォーマンス向上に関する研究事例

 企業のデータ分析に対して期待することのアンケート等を見ると「パフォーマンス向上」への期待が最も大きいようです。しかし、何を「パフォーマンス」ととらえるかは企業によって、あるいは部署によってもバラバラです。営業利益や受注高をパフォーマンス指標にしている企業も多いですが、間接部門ではこの指標では計測することができません。組織の従業員の離職率やメンタル不全者が少ないことがよい組織を判断する指標にならないか……等、皆さん異なることをおっしゃいます。
 そこでこの研究では、部門を問わず利用している従業員サーベイ(ビジネス推進力やコミュニケーション、モチベーションといった要素を測定)を利用することにしました。サーベイ項目の回答を数値化し、項目ごとの重みづけをして合計した後に(これを個人のパフォーマンス値とする)、組織ごとにまとめて、組織の数値を算出しました。この数値と業績データの相関を確認したところ、正の相関が確認できたことから、この数値を組織のパフォーマンスとしてとらえることにしたのです。

 次に、人財データ(「説明変数」とする)と、個人のパフォーマンス値(「目的変数」とする)を機械学習させ、説明変数の組合せと重みづけからパフォーマンス値を予測するモデルを作りました。その結果、パフォーマンス値に影響の高い説明変数は、「1.自己研鑚の時間<多い方がよい>」、「2. コミュニケーションの時間<多い方がよい>」、「3. 実働時間<やや長い方がよい>」、「4. 休暇<少な目がよい>」という結果が得られました。
 余談になりますが、今回の研究途上で、従業員サーベイ項目の中では「一緒に働く同僚・上司・部下と、良好なコミュニケーションを取り、良好な関係を構築している」「一緒に働いている同僚は、仕事を完成させるために協力し合っている」という項目が業績と特に高い相関関係があることもわかりました。従業員サーベイの中にはスキルやモチベーションを問う項目もあるのですが、それよりもコミュニケーションや関係性といった項目のほうが業績に影響するのだという結果を得ています。海外の論文には「資質よりもコミュニケーションのありかた」が業績に貢献するという報告もあります。また、Googleからは、職場の「心理的な安全性」があるかどうかが組織としてのパフォーマンスに関係するという研究報告が発表されており、こうした要素も見える化し、マネジメントに活用できるよう検討していきたいと考えています。


最後に:HRテクノロジーの正しい使い道

 人財データの経営への活用は、日本国内でも確実に始まっています。ピープルアナリティクスを活用する企業とそうでない企業の格差はますます開いてしまいます。まず始めることが重要です。
 何から始めるのか。まず、目的(=やりたいことは何か?何を証明したいのか?)を明確にすること。今あるデータを使って、目的を達成するための分析を始めること。さらに、今後分析が本格化したときに必要なデータが揃わないということのないよう、人財データの蓄積を始めることです。
 分析結果がすぐに効果につながらないこともあります。しかし、そこで終わりにしてしまっては意味がありません。粘り強く継続して、分析結果を裏付けとして施策を進めることを経営の仕組みにしていく、あるいはシステム化・自動化してこそのピープルアナリティクスであることをご理解いただきたいと思います。